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越中富山を旅する‐其の2

  • 越中富山を旅する‐其の2

江戸初期から日本海を行き来する北前航路が生まれ、ここ岩瀬では江戸前期の寛文年間に港町が形成されたそうだ。岩瀬は加賀藩の領地で御蔵があり、米や材木を大坂や江戸に運んでいた。

岩瀬浜駅から少し戻るように歩いていくと、松月という大きな料理屋が見えてきた。門前には大輪の菊の花が飾られ、老舗の貫録を醸し出す。お客様を見送る女将さんも大店のそれで、一瞬江戸時代にタイムスリップしたかのような空気感を覚えた。その隣に七福亭という団子屋があるのだが、しまっており名物飛び団子??は5/10~10/5の期間の販売という判じ物のような数字が並ぶ。三角のどら焼きが並ぶ菓子屋を左に曲がるとそこは旧北国街道。古の風情が広がる。

最盛期は20件以上の廻船問屋が連ねていた大町新川町通りの中で、国指定重要文化財の「森家」が一般開放されているので訪ねてみた。男二人で完全に「鶴瓶に乾杯」と同じ状態に陥る。案内人の方が出てこられて、立て板に水でするすると流れるようにお家の説明を事細かにしていただいた。森家が戦後この建物を手放してからは、倉敷紡績の大原家に移され、現在は富山市に移管されているらしい。説明が細かで早すぎて、若干分からないことが多々あった。30分ぐらいは喋り続けられたろうと思う。とにかく立派な商家を後にして街並みをとぼとぼと歩くと三味線屋などがあり、絶対芸者衆で賑わったであろうことは容易に想像がつくというものだ。

東岩瀬駅からまた富山駅北に戻ろうとしたのだが、丁度電車が行ったあとで15分待つ羽目に陥る。そして15分という時間が中々長いことを知る。この辺がクルマから公共交通機関へ移行するところの難しさの一つかもしれない。

富山駅に戻り、車で市内の南側を走らせて、富山地方鉄道富山市内線を見て回る。路面電車の線路はどうなっているのかと言えば、道路の下に砂利が敷いてあり、そこに普通の鉄道同様枕木が敷いてあってその上にレールが乗っかっている。それをアスファルトなどで覆い隠し線路だけが道路上に現れているのだ。但し一回覆い隠せばそう簡単には調整できない。だから結構保線が悪くて線路がぐにゃぐにゃなところもあるんだなどと話していた。

そうしたら、アスファルトを剥がして、修復をしている個所を偶然見ることが出来た。それはまごうことなき普通の鉄道線路が道路の下に埋まってている図であった。

話はどんどんマニアックに進む、、、、、

 

2014.11.20:mameichi:コメント(0):[嗚呼うましコーヒー]

越中富山を旅する‐其の1

  • 越中富山を旅する‐其の1

米沢を出たのが深夜3時。NHK第一のラジオ深夜便を聞きながら車を走らせる。
小松、飯豊、小国、坂町の順に米坂線を辿っていく。新潟から北陸道へ。

新潟は長く遠い。やっと富山へ入って越中境で朝食。白海老かき揚げ蕎麦を頂く。蕎麦は信州風の黒くて平べったいもので、汁はあくまでも濃く甘い。この辺とは全く違った味であったがそれはそれで美味しく頂けた。ここで約30分ほど仮眠、気持ちよくまどろむ。

目的地は友人宅で富山市の手前にある上市町。なぜここに行こうと思ったと言えば、いつもその友人は私がやっているバンドに駆けつけてくれるのだが、彼がどのようなところに住んでいるのか興味があったのだ。そして彼が新居を建てたというのでお祝いに行くことにした。

ところが聞いていた住所を携帯のナビに入れたが、その家が見つからない。居たのは一羽のダチョウだ????それでも近くにある新しい家を見当を付けて訪ねたら、大当たり!

早速お宅拝見、シンプルではあるが、随所に彼のこだわりが感じられ本当に立派なお家だった。その後2か所ほど仕事上の視察を終えて昼食は回転寿司でパクパク頂く。

それから今回のメーンイベントである富山ライトレール、通称ポートラムに試乗をすることになった。元々は冨岩鉄道という私鉄で、その後富山地方鉄道に合併、そして国鉄に編入され富山港線として2006年まで通常の鉄道として営業していたのだが、路面電車化(LRT)して現在に至る路線なのだ。富山駅北から岩瀬浜までの7.6キロの短い区間である。

国鉄時代最盛期には年間500万人もの利用客があったが、自動車交通の進展により利用者が激減、車両や駅舎の老朽化、運転本数の減少により更に利用者が減少する負のスパイラルに陥っていた。だが、北陸新幹線富山駅などの整備に合わせて、再生を図るため路面電車に変更されたのだ。

なぜ路面電車化されたのか?路面電車化がどういうメリットがあるのかを考えてみたい。まず路面電車はワンオペでそこそこの人数(座席28人、立席52人)を運ぶことが出来る。LRTは従来の路面電車よりも低床で、線路から約30センチである。それによってホームが低く作られゆるやかなスロープは高齢者や車椅子・ベビーカー利用者でも安心して乗降できるのが大きな特徴だ。

また以前の富山港線時代は朝夕の通勤通学時間帯以外の日中は約1時間間隔ぐらいだったのが、現在は日中でも15分間隔となっており、少し待てば次の電車が来る。ほかにもICカードを使えば割引もあり、高齢者はカードを使うことで半額になる。今後富山地方鉄道市内線との相互乗り入れも検討されており、今後も発展を考える鉄道なのだ。

なぜこの鉄道に乗りたかったのかと言えば、自分の町に何か役に立つヒントが隠されていないかどうかということだ。例えば米坂線をLRT化したらと、、、、。難しいのはまず電化が基本条件になるのだが、不思議に南米沢も西米沢も、そして米沢駅もターミナルなのに何故か街らしい街がが形成されなかったということだ。今でも高校生の降りる場所としてしか機能していない。なぜだろうか。

等と考えつつ、今エボラ治療薬で駿の会社「富山化学」を右に見て、競輪場を過ぎると終点岩瀬浜駅。北前船が出入りする大きな港だった街には多くの海鮮問屋が軒を連ねていた話はまた次回。

 

 

 

 

 

11月1日は豆の市です。

  • 11月1日は豆の市です。

寒くなって、ホットコーヒーの美味しい季節となってきました。
毎月恒例の豆の市ですが、今回はハニーという3種類の珈琲を20%オフいたします。
またイタリア・ローカー社のウエハース製品もお買い得ですので、是非皆様でお越しくださいませ。

2014.10.31:mameichi:コメント(0):[嗚呼うましコーヒー]

もちで繋がる。

  • もちで繋がる。
昨日UカフェのTさんが餅を持っていらっしゃいました。しかもK餅屋さんとW餅屋さんの味噌餅を食べ比べしようと^_-☆
食べてみると、それが全く違うのです。大きさ、豆の硬さ、味噌の味、餅の質感。
結果、餅は餅屋(^_^)vだということになりました。

Tさんが帰られてから少しすると、吉島のラーメン屋『もちや』のR子さんがやって来ました。こちらは元々餅屋だったのが商売替えをして現在ラーメン屋をやっているのです。
その後やって来たご夫妻が壁に貼ってある『もちや』のメニュー表を見て『ここ美味いんだっておととい聞いたのよ!』それを聞いたR子さん『私がそのもちやです。』
実はそのご夫妻の旦那さんは、もちやさんを私に繋いでくれた観光協会のA君の元上司Tさんでした。

みんなテーブルで珈琲を飲んでいたら、その後初めていらっしゃった裏若き女性が『今実家はカフェをしているが、元々は餅屋だった。』という衝撃的事実が語られました\(^o^)/
調べてみると現在はベルという鶴岡の高校生御用達のカフェですが、以前はその名も『美人屋餅店』という店だったそうです。勿論いらした工学部院1年の方も美人さんだったのは云うまでもありません。

餅だけに伸びて伸びて、いろいろとくっついてるようです。
2014.09.25:mameichi:コメント(0):[嗚呼うましコーヒー]

臨時休業

  • 臨時休業
結婚式にお呼ばれしました。甥っ子の挙式以来二年ぶりです。白いネクタイを捜すのに苦労しました、黒いのは常に出ているのに(; ̄O ̄)

というわけで、20日は豆いち臨時休業です。明日のご来店をお待ちしておりますm(__)m
2014.09.20:mameichi:コメント(0):[嗚呼うましコーヒー]