やせ馬に一輪車

  • やせ馬に一輪車

昭和の初期生まれの母や父の話を聞くと、戦前はまだ江戸時代さながらの暮らしで、何でも手作りなわけで、背負子はじめ一輪車も自作、そして米つくりでたくさん出てくるわらは、草履やわらじなど生活にかかせないもので藁細工は、農閑期の農家にとって大切な仕事の一つでありました。子供はわらを柔らかくするために木づちでトントンとわらをたたいて、力のあるお父さんがイチコ、わら靴、草履など一年使う分を作るのでした、こうした農家の技や藁の効用が人々の間から忘れられてしまうのはとても寂しいことですよね、コメを作り残ったわらは、牛、馬の寝床となり糞尿の混じったわらは肥料として畑に返す・・草履や藁靴は、最後は燃やして灰になり畑に戻る。自然のサイクルができてましたね・背負子は梯子のような木の枠に、荷物を取り付けて運ぶ運搬具で背に当たる部分の枠には藁縄(わらなわ)を巻いてクッションにしています。枠を背負うための背負縄(せおいなわ)や、荷物を枠にくくりつけるための荷縄(になわ)がありますが、背負縄には布きれを混ぜて肩への当たりを和らげることもありました。地方により名称は様々です。西日本では負子(おいこ)、北陸・九州などでは背板(せいた)、東北では痩馬(やせうま)です。

2024.03.06:li-no2:[気ままなつぶやき]

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