アルバム整理してたら山口百恵ちゃんがでてきた、76年正月撮った写真のネガ入れですが、中三トリオの桜田淳子、森昌子に比べ最初はそんなでもなかったがあれよあれよと綺麗に大人になっていくのを覚えている、三浦友和さんとの映画シリーズ『絶唱』とかほとんど観たな、なつかしい、結婚後いっさいマスコミに出てこない、ふつうならまた一儲けするんだけど、潔い辞め方、家庭優先で生活を守る生きかたはさすがです・・2歳年下でまだかわいいでした75年頃このあときれいに変わっていくのでしたね、恋してたのね。。
ヤマハギターN-1000
1975年の世界歌謡祭で中島みゆきさんがグランプリ『時代』を歌ったときに弾いていたギターN-1000,当時インタビューの中で、ギターのイニシャル『N』は、中島の『N』ではなく、NEW-新しいと言う意味だったようです。
今はこんなに悲しくて 涙も涸れ果てて もう二度と笑顔にはなれそうもないけど そんな時代もあったねといつか話せる日が来るわ あんな時代もあったねときっと笑って話せるわ だから今日はくよくよしないで 今日の風に吹かれましょう ・・・ほんとに心にじーーーんと響きます。みゆきさん当時23歳、おとうさんが脳溢血で倒れ一月たっても意識戻らず、病院から会場に行ったということでした。そのギターN-1000昨日アートステーションで持ち主のバンドメンバーが弾いてギターレッスンも少し受けて弾かせてもらいました、思いがけないいいクリスマスプレゼントとなりました・・
ねぇーこは♪こたっつで♪♪丸くなる♪
実家で飼うことになった年齢不詳猫、何年前か誰も覚えていないが伯父が拾ってきた子猫で声が出ないいわば障害を持った猫である、おばは猫が嫌いでもっぱら伯父が可愛がっていたが3年前の暮れに交通事故でなくなった、いらい一人暮らしとなった伯母の話相手となりかた寄せ合って暮らしているうち大事な大事なパートナーとなった。しかし伯母も歳となり、周りに面倒かけるからと老人施設に入ることになったが、猫が気がかりなで行けないでいた、親戚から猫は保健所で里親を探してくれるということで保健所に預けることで了解したものの、結局老猫などは引き取り手がいないから殺処分になると知り、猫が心配で施設に入らないでいた・・結果うちの父が猫をあづかるということで決着、先月になって伯母はようやく入所した、以来実家の一員となった猫、ごはんはやわらかい高級まぐろ、かつおメインの生えさ、10歳以上用からさらに18歳以上のやわらかえさに変更、歯があちこち抜けているから硬いものが食えない、まぐろなんてほとんど食べない我が実家からしてみれば一番贅沢してる老猫、食事が済むと寝るのが日課、歩くのはよろよろ、段差にけつまずき、毛づくろいしようとして後ろ足とか上げると、こけてしまう、いきもゼエゼエいう、鼻水も良くたれる、当初毛が抜けているのは病気と思っていたが毛づくろいできないせいで、毛が固まり、抜けているようだと分かった、兄が毎日毛をほぐし、ほつれた毛は切ってあげて今はだいぶ見られるようになった、猫が舌で毛づくろいするのは意味があるわけだ、今日は猫の毛づくろいを模擬できるブラシでも買いにいこう、父も文句言いながらも毎日えさやりしている、心配でたまらない伯母はひと月ぶりに猫を見に来た、ウン子さんをもらして迷惑かけてないか、ごはんちゃんと食べてるかと、泣きながら抱きついている、元気でよかった『おめーは幸せものだと』ちなみにトイレは当初屋根つきではあるが中庭においていたが、外に出るのが大変で家の中の玄関前においた、しかしそれもトイレ間にあわず、居間の座布団にしてしまうときがあり、今は居間にトイレを置くようになった、人も動物も歳取ればみな一緒だなとしみじみ思うのです、老猫の救いは顔だけは自分でくねくねと掃除できるから幼い顔つきのままいい顔してるそれみてみな、まーーぁいいかっーて!
みそもち
認知症が進んだ母に朝食作って一緒に食べている、最初の言葉はほぼ毎日、今何月と始まるので今は12月だー、今日23日だーといいながらカレンダーに×をつける、しかしそれを見ない母毎日聞かれる、もう冬至も過ぎたからこれから日が長くなっていくんだーーと・・・冬至、北半球において太陽の位置が1年で最も低くなる日で、日照時間が最も短くなります、昔はどこの家でも小豆かぼちゃ作ってたと思います、どこが美味しいかというとやっぱり母が作ったのが一番でしたね、最近は食べたことないなー、わたしも作ったことないしできません!残念! このかぼちゃ煮、昔から「ん」のつくものを食べると「運」が呼びこめるといわれています。にんじん、だいこん、れんこん、うどん、ぎんなん、きんかん、みかん、なんきん(かぼちゃ)、……など「ん」のつくものを運盛り といい、縁起をかついでいたのです。運盛りは縁起かつぎだけでなく、栄養をつけて寒い冬を乗りきるための知恵でありました。もうすぐクリスマス、中津川の米が美味しかったので、知り合いから購入、そしてここ置賜地域だけで食べつがれてきた味噌餅を購入、味噌もちは地元で6次産業を行っている『まっすぐ屋』さんのものです、昨日は加工所に伺いいろいろと話聞かせてもらいました、いつももありがとうございます、早速孫たちに米と味噌もちと絵本送りました、そして今日朝食は味噌もちにしてみた、そこで母いわく、味噌もちは山仕事でみそなど持っていけなくても、中にくるみだのゴマだの入ってすぐ食べれる簡易携行食だったのだと、さすがーは母、”ほほー”となります、というか昔の置賜人すごいなー、おそらくビンボー藩上杉だったからこその知恵だったのかな・・因みに実家母との朝食はとりあえず写真撮りためてます・・・半世紀もたったら面白いと思うのです。