昭和42年まではトンネルがなく九十九折の砂利道であった宇津峠は実家の川西町小松から小国まで車で1時間半かかり、そのうち宇津峠だけで30分かかる難所だった、小学生の頃3兄弟であった我が家、休みには順番で父について小国に行ったものでした、そのころ開通前の宇津トンネルの写真が実家のアルバムに残っている現在は新宇津トンネルになり当時の宇津トンネルは廃道になっている、昨年手ノ子側落合の地蔵堂から旧越後街道宇津峠に入りその先旧宇津トンネルの写真を撮ったが小国側は撮り損ねていたので撮ってきた・・昭和42年日本は高度成長の頃、小国の不便さゆえにいろんな商売が成り立っていてたが道路の開通によりより多くの業者が簡単に入るようになり競争がはがしくなっていく・・この時を境に小さな個人の商店経営は苦しくなっていくのでした・・
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