衛星搭載機器開発の仕事は1977年10月から始まった、まだ新米見習いのわたしは当時技術試験衛星Ⅲ型イオンエンジンの電源装置の機器開発を担当する先輩についてそのイオンエンジン装置の試験をする地上側の支援装置設計からでした、あれから搭載機器の電源装置を主に40年勤めましたが60歳以降は別の道と10年前から決めてました、そしてとうとう還暦60歳、この3月から第二の人生、住まいも仕事も新規生まれ変わりで始めます、第二の人生は天元台勤務、軽井沢のスキー講師も行けるときは行きたいですね、そして休みは完全リタイヤまでアート修行でガンバって行こうと決めました、昨日最終面接で久しぶりの天元台行きましたがさすがに標高が高く雪質が違います、天元台は6キロもある超ロングのスキーが楽しめる、ノンストップで出来るかなこの歳で、スキー出来るのも楽しみです。
ART MEET OKITAMA 2017に向けて
3月18日(土)から26日(日)にナセBAよねざわ市民ギャラリーにて置賜文化のアート展覧会があり申し込みしました。搬入まで作品できればいいと思っていたのですが、郵送されきた案内資料見てびっくり!24日のキャプション締め切りのときに写真添付とありました・・・なんでもぎりぎりで追い詰められないと出来ない性格なのでまだほとんど未完成、あわてて作品作りです明日のキャプション用写真提出期限まで出来るかなー???・・・現状3作品の申し込みのところまだ半分の出来・・今夜が山です、しかも明日は還暦後の仕事となる天元台の面接日・・・なのでそれが終わってのキャプション提出になる・・まぁいつもことですががけっぷちのときに力がでます。
還暦
昨日とうとう還暦となりました、干支が一巡し再び生まれた年の干支に戻ること、子・丑・寅・卯・辰・巳・午・未・申・酉・戌・亥の十二支の〝支〟と、十千の〝千〟となる甲・乙・丙・丁・戊・己・庚・辛・壬・癸の10種類、干支は十二支と十千の組み合わせで60種類あることから、干支が一巡するには60年掛かる、ゆえに、生まれてから干支を一巡し再び生まれ年に還る、という意味があります。還暦は赤ちゃんに戻る年とされています、たしかにボケがはじまり近くのことから忘れて、昔のことだけは忘れない、性格や好きなことも昔に返って行く行くようでこの歳になって実感する、昔は寿命が短いから隠居して後進に道を譲る歳であった、現代もこの60歳定年が多いが、現状年金が65歳からだから雇用延長してゆるく勤めるのが通常、その年金も崩壊寸前で65歳になったら支給が70歳となり、70になれば75歳とかになり一生働けとなるのかなと思うこのごろ、昨日長男夫婦から還暦祝いの花が届いた、娘夫婦からは電話で孫電話、一人暮らしにはこたえます・・・春に旅行計画なので無性に春が待ち遠しい・・