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一生の思い出になります

  • 一生の思い出になります

11月19日

 歴史的駅舎に感動。一生の思い出になります。(埼玉県男性)

 

11月23日

 エキタグ全駅訪問完了! 

 

11月27日

 ずっと残して欲しいです。(仙台市より)

 

 

【おらだの会】冬の駅舎も一生の思い出になるかもしれません。写真は昨年1月10日の羽前成田駅です。(写真提供:M.Nさん)
 

2026.01.05:orada3:コメント(0):[停車場ノート]

新年あけましておめでとうございます。

  • 新年あけましておめでとうございます。

 新年あけましておめでとうございます。

 

 写真は待合室に飾られた七福神の切り絵と笑門来福の門松です。切り絵は昨年、初めて個展をやっていただいた桑原重雄(仙台市在住)さんの作品。ミニ門松は山形鉄道社長であった野村浩志氏からいただいたものです。野村氏は昨年春に亡くなられ、地域おこし協力隊に鉄道写真家の米屋こうじさんが着任されました。新しい出会いと別れがあった年でもありました。

 → 描くことは生きること:おらだの会

 → 駅に残る思い その1(笑門来福):おらだの会

 

 また山形鉄道にとっては大変な一年でした。社員の退社が相次ぎ減便を余儀なくされる中で、フィッシング詐欺に遭遇。けれども存続のために実施されたクラウドファンディングは、全国からの支援を得て、当初の目標額をはるかに超える780万円超を達成しました。こうした全国からの支援に対して、社員はもとより地域としてどのように応えていくのかが問われることになりそうである。

 

 今年は東北大震災から15年目となります。羽前成田駅の第1次改修(復元)事業と鉄道写真家・広田泉さんが主催した「元気が出る鉄道写真展2011」が開催された年です。この二つの事業は、おらだの会にとっては大きな転換期となったものです。しかも2026年は、おらだの会が発足して30年目の年でもあります。広田泉さん、米屋こうじさんがつないでくれた「縁」を確かめ合いながら、来年もそしてこれからもローカル駅舎に生まれる物語を紡いでいきたいものです。本年もどうぞよろしくお願い申し上げます。

 

 

【おらだの会】駅茶は冬の間はお休みとしております。室内の見学等をご希望の方は、本ブログの「問合せ」欄から事前にご連絡ください。可能な限り対応させていただきます。また電飾については1月10日までの点灯となりますのでご了承ください。

2026.01.02:orada3:コメント(0):[停車場風景]

「駅」のはなし(完) ローカル駅舎に生まれる物語

  • 「駅」のはなし(完) ローカル駅舎に生まれる物語

 『駅のはなし』に出会ってから、想い出したことがある。2016年5月に行われた「ちゃぶ台写真展」での広田さんの挨拶である。「この写真展を通して、山形鉄道やおらだの会の皆さんとよりしっかりと付き合ってくれる仲間の輪が、少しでも大きくなってくれることを願っています」と。広田さんの意志は、10年の歳月を重ねた今でもしっかりと伝わっている。花見や芋煮会などには、それこそ「また来たよ」と顔を出してくれる関係が続いている。また山鉄応援クラファンにも多額の協力をされたと聞いている。

 → ちゃぶ台写真展の民俗学的考察?!:山形鉄道 おらだの会

 

 日本の原風景とも言われる美しい風景の中に2本のレールが続いている。そんなジオラマの中を心地良い振動と走行音と共に眺めていく。そのゆったりとした時間の中に、自分たちが忘れかけていたものや旅の本質に気づかされることがある。ふと降り立った駅には、地元の人たちが集まっていて、見ず知らずの私をその語らいと酒席の輪の中に誘ってくれるのだった。無縁社会と言われる世相にあって驚くべき事だった、私が探し求めていた「ふる里」が、ここにあった。

 → 停車場憧憬 懐かしき村:山形鉄道 おらだの会

 

 「ローカル線には都会の人を惹きつける魅力があり、地域をまとめる力がある」と教えてくれた人がいた。人口減少の嵐が日本全土を席捲する中で、駅をとおして域外の人とつながり、駅をとおしてこの地に生きることの意味と幸せを確かめてみようではありませんか。写真は米屋こうじさんの作品で「駅を愛する人々」とのキャプションが付けられた作品です。来年もそしてこれからもローカル駅舎に生まれる物語を紡いでいきたいものです。皆さん、どうぞ佳いお年をお迎えください。

 → 木造駅舎『絆』展  駅舎を愛する人々と共に:おらだの会

 

2025.12.31:orada3:コメント(0):[駅茶こぼれ話]

長井線存続クラファン、終了間近

  • 長井線存続クラファン、終了間近

 フラワー長井線存続プロジェクト(クラウドファンディング)の締切は12月30日。終了まであとわずかとなりました。同事業は10月3日にスタートしましたが、目標250万円に対して現在733万円超とのこと。1人でも多くの「応援したよ」が、フラワー長井線と沿線地域の未来をつくります。おらだの会も「各駅硬券セット」コースで心ばかりの応援をしました。

 

 山形鉄道のHPに「最後に」として次の挨拶文が記されています。

「皆様の応援が未来のフラワー長井線を支えます。この美しい地域の鉄道をともに守り、ともに活気に満ちた地域を作る手助けをいただければ幸いです。

『地域づくりは、百年後の子どもたちへの贈り物である』

私たちは今、設立以来最も厳しい状況です。歯をくいしばり、未来の子どもたちのために力を尽くします。ご支援どうぞよろしくお願いします。」

 

 全国からの応援が届くのを見て、きっと社員の方も感謝の気持ちで一杯でしょう。そして地元の私たちも応援しましょう。未来の子供たちのために・・・。

 

 

【おらだの会】写真は12月27日の羽前成田駅です

2025.12.28:orada3:コメント(0):[イベント情報]

「駅」のはなし(8) 駅舎は絢爛たる爛熟期へ?

  • 「駅」のはなし(8) 駅舎は絢爛たる爛熟期へ?

 戦後復興期には店舗や食堂などを第三者が負担して建設、運営する「民衆駅」が生まれた。昭和48年の国鉄法改正施行によって、国鉄自体が駅舎内での諸施設の運営を行う「駅ビル」が登場。さらに昭和50年代後半からは、地方都市における公民館やギャラリーなどとの合築による「コミュニティーセンター」が生まれている。そうした歴史を踏まえて、『駅のはなし(交通ブックス104)』は、あとがきで次のように締めくくっている。

 昭和62年(1987年)4月、国鉄が解体しJRへと経営が引き継がれていった。鉄道は新たな時代へと突入し「鉄道ルネッサンス」を迎えた。その間駅舎は大きく様変わりしていった。駅舎は出会いや別れといった列車にまつわる古典的な役割の場に加えて、市町村の出張所や集会所、図書館やギャラリーセンター、物産館や温泉を併設するなど、駅舎は地域のコミュニティセンターへと様変わりしつつあり、大都市では多機能の複合施設を備えた駅ビルスタイルへと変貌しつつある。新生JRの誕生は、駅舎黄金時代への幕開けとなった。駅舎は、爛熟期へ向かって、それぞれに声高に個性を主張し始め、試行錯誤の途についたばかりである。10年先か20年先か、駅舎は絢爛たる爛熟期を迎えるであろう。楽しみである。

 フラワー長井線も公民館との合築による改築を行ってきた。それは国鉄時代の駅舎が廃屋に近い状態だったから、公的施設との合築として整備するしか手段がなかったからである。さらに令和3年には長井市役所と長井駅、山形鉄道本社の合築も行っている。それらは存続の危機を脱出するための必死のあがきのようなものである。「駅舎は絢爛たる爛熟期を迎えるであろう」というが、多くの路線が廃線となり、廃駅の危機にあるのが実状であろう。ローカル線の存続意義、駅の意味、そしてここに生きる意味を考える必要があると思うのだが。

【おらだの会】写真は1986年(昭和61年)9月5日の時庭駅。写真帳には「はなはだしい荒れ方であった」と記載されている。1996年(平成8年)に公民館と併設で新設されている。山形鉄道は1988年(昭和63年)10月に開業した。

2025.12.25:orada3:コメント(0):[駅茶こぼれ話]