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(22)国鉄時代の終焉 ~ 線路を残す決意

  • (22)国鉄時代の終焉 ~ 線路を残す決意

 これまでの成田駅の歴史を整理すると次のように区分できるのではないかと思います。第1期は明治末から大正11年の成田駅開業までの「希望に溢れた時代」、第2期は大正末から昭和22年頃までの「戦争によって左荒線の夢が潰えた時代」、第3期は東京オリンピックが開催された昭和39年頃までの「鉄道全盛時代」です。しかし第3期には既に国鉄改革が叫ばれ、昭和43年には国鉄諮問委員会が長井線を含む廃止対象83路線を公表したのでした。

 

 第4期の昭和40年代から山形鉄道開業の昭和63年までは国鉄時代が終焉し、「線路を自分達で残す決意をした時代」といえるかもしれません。県や市町が昭和43年に長井線存続期成同盟会を設立し存続運動を展開する中で、地元がどのように動いたのか。羽前成田駅協力会の動きを中心に紹介したいと思います。

 

 写真は昭和47年1月の成田駅です。この年、貨物列車を牽引していた蒸気機関車はその役目を終えることになります。96を見送る駅員の姿がその後の困難を予感させるようで印象的です。

 

 

【おらだの会】写真提供:小笠原弘氏(昭和47年1月撮影)

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 → 「さよならSL」との再会:おらだの会 (samidare.jp)

2022.03.22:orada3:コメント(0):[羽前成田駅100年物語]

誰もいませんでしたが

  • 誰もいませんでしたが

3月14日

先人の思いを感じました。いつまでも残して欲しい駅です。

 

3月16日

私は毎日歩いているのですが、久しぶりに成田駅まで歩いて来ました。昔のままの駅なのでホッとします。駅の中は誰もいませんでしたが、歩いてまた帰ります。少し元気のある80歳です。

2022.03.20:orada3:コメント(0):[停車場ノート]

散歩の帰りは電車で

3月9日

 昭和52年に東京から来た時、一年ぐらい成田駅前で仕事をしていました。今は病院もできて昔の面影はありません。長井から成田は散策コース。長井から歩いて来て少し疲れたので電車で帰ります。成田駅で30分ほど休憩して、たまには長井線に乗ってみようと思います。

 

3月11日

 東日本大震災から11年。久しぶりに小国町からここフラワー長井線に来ました。来る度に昔のままの思い出がよみがえります。また来ます。(小国町 石山)

2022.03.18:orada3:コメント(0):[停車場ノート]

ローカル線の魅力を考える3(伊藤桃さん語録から)

  • ローカル線の魅力を考える3(伊藤桃さん語録から)

・無人でも、どこかあたたかい、人の温もりがする駅でした

・お仕事で世話になったことのある人のサインを駅ノートに発見

・手作りで駅舎を飾り付けている様に沢山の愛を感じて幸せな気持ちになりながら見ていました。

・外は寒かったけどポカポカになる出会いがある羽前成田駅でした

・最上川橋梁についてなど国鉄長井線からの歴史を知ることができました。

・リボンマグネットを購入。少しでも応援できるのはありがたい。

・友達が言っていた「おたくはいつでも推しに投資したい」が身にしみます。

 

 喫茶店でスマホだけを見ている人達も多く見かけるようになった。そんな時代にありながらいやそんな時代だからこそ、季節の光と風に改めて感動し、初めて出会った人と共感できる時間と場所を共有できること。それがローカル線の最高の魅力なのではなかろうか。だからこそ「応援したい」、「また来たい」という感情をもって帰るのだろう。

 

 7年前のスマイルプロジェクトの際にお会いしたお客様から、「フラワー長井線が地元の人に愛されていることを強く感じました。地元の人に愛されている鉄道ってほんとに素敵ですよね。」と言われたことがあります。ローカル線は、私たちの故郷愛を映すものなのかもしれません。最後に問われなければならないのは、私たちにとって駅とは何ですか・・・。

 

 伊藤桃さんはブログで「(羽前成田駅は)山形鉄道で一番思い出深い駅」といい、駅ノートに「また来たいです」と書き残していかれました。桃さんとの出会いに感謝して、そして再会の日を楽しみにして、このシリーズはこれにて終了致します。お付き合いくださり有難うございました。

 

 桃さんの停車場ノートへのメッセージはこちらからどうぞ

⇒ 【#山形鉄道 #羽前成田駅 】羽前成田駅編ラストは…1枚目が一番好きな写真!!おらだ... | 伊藤桃のオフィシャルブログ『B dreamygirl』Powered by Ameba (ameblo.jp)

 

 

【おらだの会】写真は山形鉄道スマイルプロジェクト(2015年10月25日)当日に、登録有形文化財登録証が授与され、鉄道写真家・広田泉さんなどもお祝いに駆けつけてくれた際の記念写真です。

当日の様子はこちらから

⇒ 成田駅イベント情報:山形鉄道 おらだの会 (samidare.jp)

2022.03.16:orada3:コメント(0):[駅茶こぼれ話]

ローカル線の魅力を考える2(伊藤桃さん語録から)

  • ローカル線の魅力を考える2(伊藤桃さん語録から)

 鉄道アイドル・伊藤桃さんがインスタグラムに書いた言葉からローカル線の魅力を考える第2弾。それは各人の「イメージ」を現出させる「構造物」又は「小道具」が存在することである。特にイメージ系として国鉄、昭和レトロといった感情をお持ちの方にとっては、木造駅舎は最も強い印象を与えるものかもしれません。ここで桃さんの感性に響いたモノを駅レポから拾ってみましょう。

 

・しぶい!!登録有形文化財にも登録されている、1914年の国鉄長井線開業時からかわらぬ木造駅舎の西大塚駅です

・駅舎だけでなく、ホームの雰囲気もレトロ

・長井駅!ホームにある、この上屋の感じがよき…

・まるで今も使われているような駅務室、ずっと変わらぬ羽前成田駅

・うぉぉまさに国鉄時代、この素朴さがかえってよい

・まさにおばあちゃん家

・まるでタイムスリップしたよう…レトロな味わいは残しつつ、キチンと英語表記の駅名標

・駅務室ちらり覗き見、かっぱ号(の看板)気になる…

・無人でも手入れが行き届いている出札口。おお、昭和29年1月1日の台帳もありました!

 

 さて長井線の17駅の中で有人駅は4駅だけである。しかも昔のままの姿が残っているのは西大塚駅と羽前成田駅の2つだけである。けれども駅ノートを見るとホームだけの駅にも、途中下車している人の多さに驚くことがある。ここで、「駅とは何だろうか?」と勝手に自問することになる。

 

 未知なるものへの憧れは旅に出る最も大きな衝動であろう。「ぶらり途中下車」して「駅めぐり」をしたいと思うのは、駅が未知なるものへの入り口、「どこでもドア」だからではなかろうか。その駅舎を通してその土地の何かに出逢いたいからなのだと思う。それは道の駅や新幹線の駅では味わえない感覚ではないだろうか。

 

 ローカル線で本物の旅を味わいたいと思う旅人にとっては、駅は無人でも手入れが行き届いていればいい。昭和29年の台帳やかっぱ号の看板などちょっとした小道具があればいい。窓辺に野の花の一輪挿しがあればもっといい。そして次の列車を待つ間に、ホームをわたる風に吹かれながら、旅の想い出を書きとめる駅ノートがあれば良いのだと思う。

 

 伊藤桃さんのブログはこちらからどうぞ

【#山形鉄道 #羽前成田駅 】2枚目:長井駅をでた列車は…渋い木造駅舎が魅力の羽前成... | 伊藤桃のオフィシャルブログ『B dreamygirl』Powered by Ameba (ameblo.jp)

 

 

【おらだの会】写真は『駅ノートイラスト展』より

 ⇒ 駅ノートに思うこと  四季の郷駅:おらだの会 (samidare.jp)

2022.03.14:orada3:コメント(0):[駅茶こぼれ話]