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クラファン返礼品が届きました  成田駅の宝物に

  • クラファン返礼品が届きました  成田駅の宝物に

 フラワー長井線存続プロジェクトの返礼品が届きました。同プロジェクトは昨年の10月3日から12月30日まで行われたものですが528人の方から、7,856,490円の協力を得ました。おらだの会は「全駅硬券入場券セット」を申し込んでいました。使われている写真はすべて米屋こうじさんの作品です。裏面は市町毎のフラワーライナーが走る写真が使われています。これは成田駅の宝物になりそうです。

 

 表面のご挨拶には「フラワー長井線がより皆さまに愛される鉄道となるよう、また末永くご利用いただけますよう努めて参ります。」とあります。社員の皆さんにとっても大変な経験だったはずで、これからの一致団結した組織経営に期待したいと思います。そして私たちもまた、継続して応援していきたいと思う。

2026.06.03:orada3:コメント(0):[成田駅の宝物Ⅱ]

駅名看板に隠された秘密?

  • 駅名看板に隠された秘密?
 7月のある日、駅茶に関西からのお客様がおいでになった。その方は、「羽前成田駅&西大塚駅比較展」を熱心に見られていたが、旧事務室にある2枚の駅名看板を見つけて撮影をしていた。そして「この看板は上書きされていますね。」と言う。見ると確かにそれらしき痕跡が確認できた。行き先を示す「ながい」の下には「こぐは」、「こぐは」の下には「ながい」という文字が見えるのである。つまり下書きの看板とは逆向きの表示になっているのである。


 国鉄時代は看板などは駅の職員の手作りであった、と聞いたことがあった。とすれば、前のものに上書きして使うことは容易に想像できる。けれども行き先駅名が違っているのである。表示からすればこの駅名看板は、線路の西側か待合室の内部又は車寄せの上部に設置されるべきものである。残念ながら今のところ、この看板が使われていた写真や記録は発見できていない。
 防雪林の所にすれ違い線があったというが、この看板がもう一つのホームがあったことの証拠品であれば面白いと思うが。さて、この看板は何を語っているのだろうか。たかが看板、されど看板である。
 関西からおいでの方から教えてもらったもう一つの秘密は次回紹介します。
 → たかが駅名板、されど駅名板:おらだの会
 → 
成田駅の宝物(32) 国鉄時代の駅名看板:おらだの会

2025.07.10:orada3:コメント(0):[成田駅の宝物Ⅱ]

成田駅の宝物(32) 国鉄時代の駅名看板

  • 成田駅の宝物(32) 国鉄時代の駅名看板

 「成田駅の宝物」に真打登場、今回は駅名看板が宝物です。成田駅にはこの看板が2枚あります。以前はホームのベンチに立てかけていたのですが、ソジル(損傷する)のが心配で、駅の旧事務室内に置いています。

「なぜドールちゃんと一緒の写真を掲載するの、変なおじさん!」と言われそうです。この看板は旧国鉄時代のものですが、ドールちゃんとも不思議なマッチングを見せていると思いませんか。「昭和萌え」とか「昭和映え」と言われますが、駅名看板もきっとその一つですよね。

駅名看板は旧事務室でご覧になれますが、ドールちゃんは異人さんに連れられて遠くの国に行っちゃいました。

2023.12.19:orada3:コメント(0):[成田駅の宝物Ⅱ]

成田駅の宝物(31) 昭和30年頃の成田駅画

  • 成田駅の宝物(31) 昭和30年頃の成田駅画

 写真は、駅茶(旧駅事務室)南側の壁に掛けられている羽前成田駅の絵画です。成田駅においでになった方が撮影したものを、傾き補正をして送ってくれたものです。その方も「いい絵ですね」と驚いていましたが、改めて見ると駅舎の中にこんな立派な油絵が飾られていることはすごいことだと思います。

 

 駅舎の修繕工事が終了した頃に、地元の作家が寄贈してくれたもので、昭和30年頃の風景とのことです。この頃はホームまでの出越部分に木製の床がテラス風に造られていたようです。母屋とトイレ小屋の間に柵があることや空に張られた電線が当時の雰囲気を伝えてくれます。

 

 ホーム側から駅舎全体の風景を記録したものはとても珍しく、大切に残していきたいものです。

2023.09.27:orada3:コメント(0):[成田駅の宝物Ⅱ]

成田駅の宝物(30) 昭和17年の切符

  • 成田駅の宝物(30) 昭和17年の切符

 切符マニアが飛び上がって喜びそうな切符を寄贈いただきました。かすれてはいるものの日付は昭和17年3月15日と読めます。見所は「東京市内ゆき」、「3等4圓60餞税共」、「二月一日ヨリ増税40餞」、「下圖省線内」の文字と朱鉛筆が引かれていること。

 

 ウィキペディアによると、東京市は1889年(明治22年)5月1日から1943年(昭和18年)7月1日まで存在し、その後は東京府と統合されて東京都になったと記されています。また鉄道省は、1920年(大正9年)5月15日から1943年(昭和18年)11月1日まで存在していたそうです。

 

 混雑に紛れて寄贈してくれた方から詳しいお話を聞く時間を作れなかったことが残念です。先にいただいた777の切符と共に成田縁に奉納したいと思います。どうもありがとうございました。

 

 

 

【おらだの会】777の切符についてはこちらをごらんください

  777の贈り物:おらだの会 (samidare.jp)

  長井線を走っていた機関車は:山形鉄道おらだの会 (samidare.jp)

2023.05.28:orada3:コメント(0):[成田駅の宝物Ⅱ]