卯の花姫物語 3-⑨ 桂江が家経に助けられる

桂江が危難を家経に助けられる
 重ねて覚念は桂江に向かって、さあこれから彼の荒寺に行って御身をせしめてくれる。女と云う者はそうした後はおとなしくなるものである。
 さあ者共本街道は人通りがあると面倒だから、裏道を担いで行く様にと云うて指図をしながらぺらぺらとうわさべっておった。その後ろから息急き切って登って来た一人の武士が、物をも云わずに鉄の軍扇でいきなり頭を一つがん・・と云う程ぶんなぐって、間髪もいれぬ早業で足を払ったから大木が倒れる様にばったりその場に倒れてしまった。あっと云うて一同の者が仰天した処を、片つ端から件の軍扇でばたばたと二、三人をたたきのめして終わったから、残りの奴輩らは叶わじと後を見ずに逃げ失せてしまった。つづいて先に打ち倒された奴らも、起き上がっては逃げして一人も残らず逃げ散ってしまったのである。
 塵打ち払って悠然として辺り見まわした件の武士縄付きのまま転がされておった女の縄をといてくれたり、口割をとってやったりして互いに顔を見ておっと驚いた。
 やがて桂江は、あれ・・いえあなたは家経様・・。ああどうしてこんな処へお出でになって助けて下さいましたとは、何の引き合わせで御座いましたと云うて泣き乍ら家経が膝に縋りついて、又も嬉し泣きに涙を滝の様にしぼったと云う事であった。
 やおら家経、言葉を改て申す様、この度主君義家公父君と共に多賀の国府を引き上げて帰る出発に際して、姫が許へ最後の文み使いを承わって、古寺を差しての急行の途中であったが、計らず御身が危難を助けたとは、とても不思議な縁であったぞよと云うて、二人で互に喜び合ったのである。続いて桂江も、姫が文み使いを承わって多賀の国府を差して行く旅の途中であった事を語ったのである。家経更に八幡殿は今迄己に多賀城を御出発なされたのである。其君の命を奉じて国府を立つ時は、使命を果たしての帰りは国府へ廻らず直ちに相州鎌倉へ到着する可くの君命を受けて来たのであったと云うて、いざや之から両人同道で古寺へ行って姫へ直ちに御文みを届けて君命を果たさにやならぬと云うて、二人連れ立って古寺を差して道行きした。
2013.01.05:orada:[『卯の花姫物語』 第3巻 ]

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