卯の花姫物語 3-④ 古寺の魔手  

古寺の山中
 遊郭町と云うた処でも同様である。其所の場末の所で夜の金儲けを当て込んだ売春婦の五六人もが夜鷹を張っておった場所を差して女郎町と云う名前が付けられたので、お医者も他の商売も皆その程度のものであったと考えてよいのである。
 卯花姫が囲まれておった古寺の坊舎も同様である。今でも古寺千軒と云う言葉が残っている程繁昌した所であったと云うて見た処で人家の二十か三十戸位のものが関の山であったろう。そうしてあすこは正別当の処で僧兵も何百人の兵力であったと云うが、大たいは五十人位の荒法師がいたら関の山であったろう。
 又其地方に残っておる文献に(大たい旧藩時代に書いたものらしい何等かそうした意味の云い伝いを基として書いたものと思う)拠れば、どれを見ても前九年の役に安倍貞任に味方して、官軍方に不利を与えた に依て焼き打ちに打滅された上に向後千年の間御山を禁じて封じられたので、それ依頼 山の御山となつて終わったと云う意味に書かれておるが、あれは直接貞任に軍事上の味方をしたと云う意味ではないが、貞任が姫を隠してくれたので朝敵の同類と見なされたと判断するのが正しい味方であるのである。
 処が古寺の数いた坊主共の一人に、大忍坊覚念と云う大胆不敵の荒法師がいたのであった。痴漢性の男で日頃の行状が治まらない坊主であった。金さえあれば夜鷹の張り場に行って、酒と女にうつつを抜かしておると云う者であつた。処がどんな所にも六でもない図類が造りと云うものは出来るものである。やっぱり此山にも六でなし仲間で、大忍坊が手下に丁度よい中忍坊に小忍坊、こ木坊にべら坊、つっかい坊に厄介坊に、のっぺら坊の様な類ぐいの、いずれとしても六な者でない奴等がいてあつたのだ。
 姫が同勢は、女ばかりの十人足らずの主従で、ここの坊舎に厄介になって住居いをしておると云う存在であった。とても六でもない事件が始まらないではいられる道理はなかったのである。始めの内はじわじわと折りにふれ、事にふれて近寄って来たい素振りが判ってきたが、こちらはなる可く避る様にとつとめて逃れておった。
 そこで覚念も姫が美人であるのは勿論知らない訳がないのであるが、姫と古寺の一役僧との身分違いでは余り甚だしい相違にも過ぎるので、第二の美人の家来桂江が艶色に目を付けて、惚れ込んで一生懸命片想いに熱を上げていた。燃し戦争最中の間には結局、戦局がどんな事になるか判らない。このため、馬鹿なことを仕しては、万一の場合に後悔を残しては大変だと云う思いの観念もあるので、惚れてはおったが余り露骨なことはしないで通してきた。が、今となっては安倍方は完全に打滅されて、其残党の捜索が厳重を極めている今日である。此の頃になっては大変である。日頃ねらっていた彼が態度はがらりと変わった。桂江を狙って向かってくる彼が魔の手はまるで肉に飢えた飢虎が子羊を狙って追いかけるような露骨ぶりとなってあの手此の手で迫ってくるので、其毒爪を払いのけて身をまっとうする桂江が苦しみは又大変な事であったのだ。
 何とかして払いのけておる内に、彼が毒爪は最後の手段を打ち出して迫って来た。曰く、逆賊である御身が、いつ迄でも俺が要求に応じないとすれば止む得ないから、国府へ訴人して御身主従を国府の軍兵に召捕らせ、俺は訴人の功による御賞賜に願って妻に貰う様にする。それがいやならお前が心一つで主人も家来も助かるのではないかと云う。のツぴきさせない手ずめの迫り方であった。
 事巳にこれ迄でに至っては、絶対絶命の場合となって終わったのである。何んとしても吾等主従は、忍ぶ隠れ人であると云う弱みにつけ込まれた要求であるから、自分が一身ばかりの事ではない。大切なる主人の身にかかわる重大事である。すげなく跳ね付けなどしたならば大変である。どんな事態になるか判らない。愈々、桂江も決心を極めた。其うした要求を一応おさえておくには外の云い分けなどはどんな事を云うたとて効き目があるものではない。最後の手段は色仕掛けで騙しておくより方法がないと覚悟した。そこで一時のがれに、承知をするから身体の要求だけは月の経りによつて十日の間おけ免して貰う事を約束して別れたのであった。
2013.01.05:orada:[『卯の花姫物語』 第3巻 ]

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