3月4日、イオングループが企画した体験型福袋「憧れの鉄道職員になれる一日体験社員」の御一行様がおいでになりました。羽前成田駅では芋煮と山鉄オリジナル弁当の昼食を楽しんでおられました。また3月4日の地元紙によれば、白鷹町のふるさと納税の返礼品として、山鉄一日入社体験を加えたとのことです。今回おいでになられたイオンのお客様は、楽しんでいただけたのだろうか。またふるさと納税などでおいでになるお客様に、心に残るものとなることを願うものです。
30年前の今泉駅 ②
♪幸せ来る橋 幸来橋を 左に眺めて梨郷を過ぎて 今泉あたりで人待ち顔は 米坂線の誰を待つ♪
今泉駅は米坂線と長井線の交差点であり、圏内からの乗客で賑わっていました。各学校それぞれの制服を着た女子高生は、まぶしく見えたものである。また長井にあった大企業に勤める人たちも列車通勤が多く、他町から来る女子工員との出会いの場でもあったという。おらだの会の某会員夫婦も、今泉駅で出会ったとのこと。ホームにはKioskの売店が見える。寒い中で喰ったしょっぱい掛け蕎麦のうまかったことが忘れられない。
【写真提供:山形鉄道 1986年9月5日撮影】
30年前の今泉駅 ①
今泉駅前の雰囲気は、今とほとんど変わっていないようですが、屋根の色合いと煙突は面白い形をしています。宮脇俊三という鉄道作家(?)が1980年に発表した「時刻表昭和史」という本があります。その中で、昭和20年8月15日に父親と一緒に、今泉駅前の広場で玉音放送を聞いたことが記載されています。また今泉駅前で有名なラーメン屋さんといえば「かめや」さんですが、昭和28年創業で当時は一杯35円だった、とお店のHPにありました。もう一つのエピソードとして、今泉駅前の某旅館さんが駅弁を売っていたと聞いたことがあります。どんな駅弁だったのか食べてみたい気がします。「30年前の今泉駅」のさらに30年前のことでしょうか。
【写真提供:山形鉄道 1986年9月5日撮影】
停車場憧憬 出稼ぎから
春になって
出稼ぎから父が帰って来る
両手に大きな荷物を抱えホームに降りて来る
父のジャンバーから
プーンと都会の良い匂いがしたのを覚えている
嬉しかったお土産はグローブだった
父に遊んでもらった記憶は少ない
けれども妙に重たい何かを伝えていた
自分に厳しい人だった
愚直に働く人だった
亡くなる前に、ひとしきり私を見ていた
「後は頼んだぞ」と言っているような気がした
あれから何年経っただろう
私も父と同じ年齢になろうとしている
こんな息子を父は何とみているのだろうか
父と母その人生の美しさ 今更ながら見ゆるものあり
何事も語ることとてなけれども 笑みて応えし父の遺影