卯の花姫物語 3-⑥ 古寺山中の三

古寺山中の三
 たたみかけて要求の実行を迫られた桂江は、約束をしたのは事実でもあって見れば云う可きすべがない進退慈に極まった。返答に困った桂江は、又も日延べを願ったのだ。覚念、からからと笑って、やい先達っては俺が妻になる事に承知であるが月の経わりであるから十日待ってくれと云うから仕方がないと思って免るしたが、又も日延べを願うとは御前が月の経わりは千年万年もつづくのか。今日と云う今日こそは又もその手に騙けてはおるものか。一旦女房になると承知した上に、実行延期の日延も過ぎて終わった今日である。正しく御前には亭主である夫が妻をどうしようと何が不思議であるものだ、そこの道理が判らないか、そんな事をも知らないなら手をかけて教えてやるとやにわにむんずと手を捕った。
 桂江も絶体絶命の場合である。守り刀を抜いて死んでしまおうかとも思ったが、一旦慈を逃げて行ってその場の様子を主人に報告した上に、吾が身の為に事の破れを生じた責任を負うて自殺して責めを果たさんと思った。桂江は、やおら捕らえられた手を振りもぎった。流石は奥州一の女丈夫の美人と云われた桂江は、ただの名ばかりの女丈夫と違って実力を持っての女丈夫であったから、そうなってからは勇気百倍になったのである。又もかかってきた覚念が六尺の大男を跳ね飛ばしたと見る間も早く、脱兎の様な早さに走って寺に帰って右の一件を姫に報告したのである。
 桂江重ねて其の様な破綻を出して、主君を窮地に陥らせたのは皆我が身の為に生じた事件である。其責任は一死を以て果たしますと云うて、己に守り刀に手を掛けんとした。姫は慌てて押し止どめ、これや桂江決して間違ってはくれるな。たとえ之が為めに事の破れとなって国府の軍勢押し寄せ来るとも、之れ必ず御身一人の為めとは云う可き道理ではない、之れ皆天なり命なりと云うものである。御身に先立たれては生きて甲斐なき吾身である。そちが俺が云う事をきかずに死ねば、我身も直ぐに後を遂うて死にますぞと云われて、桂江漸く主人を死なしていられないと気づいて、死を思い止またのであったのだ。それはそうで一応済んで治まったが治まらないのは大忍坊覚念の方である。全くの交渉破裂の状態となって終わったのである。
2013.01.05:orada:[『卯の花姫物語』 第3巻 ]

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