姫が諌めを貞任が退ぞけた
八幡殿が人物を見込んで惚れた姫の恋愛があきらめられないのは勿論であったが、どんな父でも親はまた親である。どんなことをしても父をどこまでも叛逆人にはしたくない一念からも諦められないのも人情のならいである。生まれ賢い姫は今度勝った戦の直後こそは降参して哀願を乞うのに絶好の機会だとは頭の聡とい姫だからこそ敏感に考えついたのであったのだ。
早速父が前に行って和漢古今のためしを説いて叛逆が成就して栄えたためしが無い条理をただして諄々とそれには今度味方の勝利こそ免すべからず好機会である事迄で語ったが、貞任戦勝の勢いに気力隆々の時であったので、姫が大いに怒って汝義家が色香に迷って父を誹謗し義家に心を寄せる不届至極の不孝者奴と云うて叱ったので姫も力無く涙と共に父が前を下がって来た。
国府多賀城に於ける頼義義家の両将は一回の戦が敗戦であった位の事で不撓不抜の精神がぐらつく様な大将とは大将が違うと云う古今独歩の名将である。飽く迄叛賊征討の策をめぐらして追討の実を挙げて任務を果たさで措かぬと云う固い決心である。
名将の下に弱卒なしのたとえに漏れずと云う部下の将卒が小勢乍らの堅陣体制であったから安倍の方が如何に士気が旺盛に挙がっておったからとて、うっかり向こうから逆襲してくるなんと云う訳にもいかんのである。まず相方対峙状態と云うままになっておったのである。茲で安倍貞任も姫が諫めを怒って一旦は叱ってみたものの貞任も元来生まれが賢い知勇兼備の大将であったから落ち着いてつくづくと考えて見た。今度の戦の起こった源と云えば自分が一婦人の色香に迷って間違いを出したことから始まったのである。姫が処ばかり義家を慕おうと心を思い切らないのが悪いと云うて叱ってばかりはいられない訳だと考えた。娘がところばかりに責めるは無理だと云う事に気づいた貞任は、然らばとてこのままにしてはおかれない。どんな処置をとったらよかろうと考えた末に、あっと云うと思いついた良いことがあると一人口を云うた。
卯の花姫物語 2-⑥ 姫が諌めを
2013.01.01:orada:[『卯の花姫物語』 第2巻 ]
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