【お よ し】 おせき、六つの年から、我が子と思って育てたのに、こんなことになろうとは。何の因果で、こんなことに・・・・。
――― おせき、泣き崩れるおよしの肩に手を添え、涙を流しながらも、居住まいを整えて
【お せ き】 勿体のうございます。父の臨終から今まで、重ね重ねのご恩、死んでも忘れはいたしません。とりわけ、結んでいただきました惣三郎様とのご縁は、私の最高の想い出でございます。 最後に、一つだけお願いしとうございます。この手紙を、惣三郎様のもとにお届けください。
――― おせきは、懐から書状を取り出し、源右エ門に差し出す。源右エ門は「ああ、必ず送り届けるぞ」。この間に、およしは、奥の部屋に駆け出し、一揃いの白い内掛けを持って来て、おせきの前に差し出す。
【お よ し】 (嗚咽をしながら)この晴れ着はな、お前の婚礼の時に着せようと思って、ようやく出来上がったものだ。まさか、あの世へのたび装束になろうとは夢にも思わなんだ。せめて、これを身につけて行ってくれ。
【お せ き】 今の今まで、ご心配を下さって、ありがとうございます。ありがたく頂戴いたします。(嗚咽)
――― その場に立って、およしに着せてもらう。それを見ながら
【源右エ門】 ほんに、東国一の花嫁じゃ。
――― 着替えを終えると、おせきは、改めて正座しながら、二人の前に三つ指をついて
【お せ き】 お父上様、お母上様、長い間、私を育ててくれてありがとうございました。このご恩は、一生忘れません。お二人の末永いお幸せを、あの世からお守り申し上げます。それではさようなら。
――― ここまで言うと、おせきは、深々と頭を下げ、小走りに玄関を出て、深い闇の中に消えていく。およしは、玄関まで追いかけ、「おせきー」と叫びながら、柱にすがり、泣き崩れる。源右エ門は、その場に伏して泣いている。
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