―――物陰から源右エ門を見ていたおせきが、たまらずに駆け寄って来る。
【お せ き】 旦那様・・・・。
――― 源右エ門は、はっと我に帰り、後ろを振り向き、「おお、おせきか」と力なく微笑む。
【お せ き】 旦那様!
【源右エ門】 おせき、わしもほどほどまいったわい。今日は、十月の十日。上杉様と約束した期限の日まで、あと一ケ月もなくなってしまった。
のう、おせき。お前も聞いておろうが、堰の開設は、首尾よく成功したときは、堰の総元締めとなり、苗字帯刀も許される。しかし、期限までにできぬ時は、はりつけ獄門の刑になるのが掟じゃ。いや、わしは、はりつけになるのを恐れもしない。ただ、この栃の木堰は、寺泉村と成田村、そして五十川村の悲願なのだ。今までの村の衆の苦労が、それこそ、水の泡となる。それが、何よりも悔しいのだ。
―――― 間 ――――
【源右エ門】 さあ、とにかく家に入ろう。
――― 源右エ門が我が家に入ると、およしは、源右エ門の体を気遣いながら、居間まで導く。その間、おせきは、夕闇の中に一人立っている。そして、何事かを決心したように、「はっ」としながら、天に手を合わせて祈りを捧げて、家の中に駆けていく。
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