ちゃぶ台写真展の民俗学的考察?!
ちゃぶ台写真展の開会式の際の、広田泉さんの挨拶が今も胸に残っています。「この写真展を通して、山形鉄道やおらだの会の皆さんとよりしっかりと付き合ってくれる仲間の輪が、少しでも大きくなってくれることを願っています。」と。
話は赤坂憲雄さんという民俗学者の論文に移ります。「東北学/もうひとつの東北」という本の中で、赤坂さんは、「故郷は遠くにありて思うもの」と詠まれた時代からムラの消滅は始まっていたと指摘。故郷を棄てた棄郷者には懐かしい茅葺き家や景色もなく、故郷に残った望郷者はイベントをうつのに疲れている。明治期から始まっていた故郷消滅の危機は、人口減少社会の現在では日本全国を覆う課題である。赤坂氏は、それに対して、棄郷者と望郷者が協同して新たな再生の仕組みを模索する必要があると指摘している。
振り返れば東北は、日本の中央集権国家の建設と高度経済成長のために、効率化を基準に地域の固有の暮らしや文化を切り捨てて来た。ローカル線もその一つであろう。棄郷と望郷の場所は停車場であり、ローカル線ではなかったろうか。時代の中に消え去ろうとしているものを、鉄道写真家や地元の人達が手を組んで、鉄道を守ろう、地域を守ろうと、立ち上がって行こうとしているのが、現在の鉄旅番組のブームとなっているのではなかろうか。その際に最も大事なのが、地元の私達が外に開かれた心を持ち、単に観光イベントではなく、自らの基本を大切に伝えて行くことではないか、と思う。藻谷浩介氏の「里山資本主義」にも通じるものがあると思われる。
おらだの会は、平成8年に発足し、自分達にとって成田駅とはなにか、故郷をどうするのかを問い続けて来た。今回の事業をとおして、広田さんの思いを改めて知り、私達の故郷の状況と地域の思いを紡ぎ合わせながら、駅舎と鉄道、故郷を守って行きたいと思う。山形鉄道沿線地域はもとより、全国の思いを同じくする皆さんと連係して、運動して行きたいものです。今後ともどうぞよろしくお願いいたします。
匠建(ショウケン)の社員が、熊本地震の被災者を激励すると共に、今回の事業を契機として新たな「縁」が生まれ、一人一人が幸せな思い出を重ね合わせる事が出来るように願い、「成田縁」を制作、提供してくれました。機会がありましたら覗いてみて下さい。