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おせきの物語 ⑦

---舞台には、二人だけ。中央に歩み寄りながら、スポットライトが二人を照らし出す。
【惣 三 郎】  おせき様
【お せ き】  はい(小さな声で)
【惣 三 郎】  わしは、源右エ門殿に、初めて参ったその時から、わしの妻はこの人だと思っていました。おせき様は、私と夫婦になることに不満はありませんか?
【お せ き】  とんでもございません。私も、惣三郎様にお会いしたその日から、この人の妻になりたいと心に決めておりました。私は、本当にうれしゅうございます。
【惣 三 郎】  ほんとにか。(おせきうなづく)旦那様は、わしらの心を見抜いていてくれたんじゃな。
【お せ き】  ええ、ほんとに。私は、旦那様と奥様に、この命を助けられた身。何も恩返しができないのが、申し訳なくて・・・。
【惣 三 郎】  それはわしも同じことだ。わしは、旦那様の恩に報いるためにも、お前をきっと幸せにしてみせるぞ。おせき、わしは、仕官となってお前をもらいに来る。それまで、待っていてくれるな。
【お せ き】  はい、きっとお待ちしております。惣三郎様、愛する人を待つことは、少しも辛くはございません。立派になってお帰りになるのを、おせきは、いつまでもお待ち致しております。

【惣 三 郎】  おせき!
【お せ き】  惣三郎様!
――― 惣三郎、おせきの肩を抱き寄せる。ちょうどのそのタイミングに、舞台上手より、村人が風呂敷を持って来て、二人のラブシーンを隠す。ライトが消えて、幕が降りる。
2012.07.07:orada:コメント(0)

おせきの物語 ⑥

【源右エ門】  皆の衆、ちょっと聞いてくれ。実はな、ここにいるおせきと惣三郎が、夫婦の約束を交わしたのじゃ。みんな、二人を祝ってやってくれ。
――― 村人口々に「ありゃ、ほんとが」「いやあ、めでたい」「ほんにのう」などと言い、うなづきあう。おせき、恥ずかしそうにしている。

【村  人】  何じゃ、旦那。おれ、おせき様と一緒になる気でえだったじば。
【村  人】  ばが、お前みてえな、おせき様と一緒になんかされっかそ。
   ―――― 村人「んだ、んだ」
【村  人】  んじゃ、おれあ、○○と一緒になんべ。なあ、えがんべ○○。
     ――― と○○の方に歩いていって、肩に手を置こうとするが
【村人(女)】 わたしだって、選ぶ権利あんなだ。(と肩をすかし、村人こける。一同大笑い。)
【村  人】  ほんに、おせき様は、いい娘だもの。惣三郎様もうれしがんべげんど、一番うれしいなは、旦那様とおよし様だべ。
【村  人】  ほだほだ。旦那様なんか、ほんとはおせき様ば、嫁になぞけっちゃぐねえなだべ。(源右エ門の顔を覗き込む。)
【村  人】  ほんによ。おせき様が肺炎になった時なんか、およし様と旦那様、三日三晩看病しった、つうでねえか。
【村  人】  んだんだ。そしてよ、そんでもえぐなんねくて、長井村の医者まで、おぶってしぇでったごで。あの、もさもさ雪の降っとぎよ。
【村  人】  ほんにな。あの晩なんぞ、およし様は、貴船明神さ、お百度踏んだったけもな。
【村  人】  ほだほだ、おせき様こんげにちゃっこい頃でよ。ほんとの親だて、あんげなごどさんにぇ。
――― おせき、およしの方を見て、下を向く。およし、目頭を押さえている。(間)
【村  人】  それにしても、俺ゃ、結婚相手間違ったえ。おせき様みでな人ど一緒になればえがったえ。
【村人(女)】  なに言ってんなだ、父ちゃん。父ちゃんのおがげで、十一人も子供生ましぇらっちぇ。ほら、十二人目の子供、こごさえだぞは、なんじょすんなだ。
――― 腹を叩いて見せながら、夫の腕をつねる。「いててて、わりがった、わりがった」村人達大笑い。
【源右エ門】  夫婦喧嘩もそれぐらいでいいだろう。
【村  人】  んだんだ。ようし、みんな、おせき様と惣三郎様の結婚を祝って、盛大にやんべ。
―――― 村人「ようし、やんべ、やんべ」と言いながら、また獅子踊りを始める。
【村  人】  さあ、みんな、明神様さいくぞ。
――― 「おー」一同下手に下がる。おせきと惣三郎が二人残る。村人がこれに気づいて、
【村  人】  おせき様もあえべ。
【村  人】  お前は、ほんとうに鈍いなあ。気い使わんなねごで。
――― 村人「んだんだ」「ほんにお前は馬鹿だな」と言いながら下手に下がる。祭りの音が、次第に遠ざかる。舞台には、二人だけ。中央に歩み寄りながら、スポットライトが二人を照らし出す。
2012.07.07:orada:コメント(0)

おせきの物語 ⑤

【お よ し】  ほんとにねえ、あなた。ほんとにお似合いの夫婦だよ。
【源右エ門】  おせきよ、わしは、やっとお主の父との約束を果たせるぞ。およし、酒じゃ、酒を持って来い。
――― およしが、「はい」と言いながら、目頭を押さえながら席を立ち、酒を取ってくる。この間、遠くから、祭囃子が聞こえてくる。

【源右エ門】  惣三郎殿、おせき、形ばかりじゃが、婚約の盃じゃ、さあ。
【惣 三 郎】  有難き幸せにございます。おせき様を、必ず幸せにしてみせます。
【お せ き】  旦那様、奥様、ありがとうございます。
――― おせき、最後は声にならない。祭りの音が聞こえてくる。盃を交し合う。

【源右エ門】  きょうは、貴船明神のお祭りじゃ。ほんにめでたいのう。
――― 源右エ門、およしとうなづきながら、互いに涙ぐんでいる。祭りの音が、次第に近くに聞こえてくる。村人が下手より、源右エ門の家に向かって来て、戸を叩く。
【村  人】  旦那、源右エ門の旦那、お獅子様が来たぞい。迎えてくだせえ。
【源右エ門】  おお、来たか。今行くぞ。およし、お神酒の用意をしろ。おせき、惣三郎、さあ、行こう行こう。
――― 四人が外に出て迎えると、下手より、獅子と村人たちがやって来る。口々に大声で叫びながら、やがて、獅子が源右エ門の前あたりで威勢よく踊る。獅子にあわせて、歓声が上がる。獅子舞がひと段落ついた頃。
2012.07.07:orada:コメント(0)

おせきの物語 ④

【源右エ門】  おお、おせきか。
【お せ き】  旦那様、お帰りなさい。お疲れでしょう。晩御飯の用意が出来ております。さあ、家にお入りください。

――― 源右エ門は、「ああ、そうだな」と言いながら、家の中に入っていく。家の中では、およしがご飯をよそり、惣三郎が正座して、源右エ門を待っている。

【お よ し】  あなた、お疲れ様。
【惣 三 郎】  源右エ門殿、お帰りなさい。
【源右エ門】  ああただいま、いやあ腹が減った。早速いただくか。

――― 四人が食事をする。しばらくして

【お よ し】  あなた、工事の方は、いかがですか。
【源右エ門】  うん、いままでのところは順調だが、これからが問題だ。あの、こぶしが原がなあ・・。それより、およし。今日の味噌汁は、ちょっと甘いなあ。
【お よ し】  今、部落の婦人会で、減塩食品を勉強しているんですよ。しょっぱいなは、体に悪いんだってよ。

―――――  間   

【源右エ門】   ところで、惣三郎殿は、いくつになられた。
【惣 三 郎】   二十と一でございます。
【源右エ門】  そうか、二十一か。そなたの父上に、わが子に学問を教えてくれと頼まれてから、早二年じゃのう。学問はもう十分じゃ。わしは、何も教えることがのうなった。
【惣 三 郎】  源右エ門殿に教えていただいたこの二年。私にとりましては、長いようで、短いものでございました。このご恩は、一生忘れません。ところで、源右エ門殿。私はこれから、米沢に参って、剣の修行をいたし、藩の仕官になりたいと思います。
【源右エ門】  うむ、それが良かろう。(やや間をおいて) ところでのう、惣三郎殿。そろそろ、身を固めてはどうかな。 

―――― 惣三郎、驚いて顔を上げる。

【源右エ門】  いやいや、今すぐという訳ではない。結婚は、仕官になってからでも良いが、せめて、婚約だけでもしてはどうかなと思うのじゃが。そこでなんじゃが、ここにいるおせきは、どうかな。おせきの父は、最上家の侍大将だった方だ。おせきは、れっきとした武士の娘じゃ。おせきがまだ六つの頃、上杉家に向かう途中、病に倒れた。その後、おせきは、私が、父の名に恥じぬよう教育してきた。どうじゃな、惣三郎殿。
【惣 三 郎】  おせき様をですか。いや、もったいのうございます。源右エ門殿と奥様が、それこそ大事になさっているおせき様を、私のような者の妻にとは、身に余る幸せでございます。しかし、おせき様は、ご承知のことでしょうか。
【源右エ門】  おせき、お前はどうじゃ。

――― おせき 恥じらいながら

【お せ き】  惣三郎様は、旦那様が選んでくれた方でございます。惣三郎様さえよろしければ、私には、少しの不足もございません。惣三郎様、ふつつかものではございますが、何卒、お仕えさせていただきとうございます。 ――― おせき、惣三郎共に、深く頭を下げる。

【源右エ門】  わっはっはっは、いやアめでたい、めでたい。
2012.07.07:orada:コメント(0)

おせきの物語 ③

第一幕
 舞台の下手より、手に手に鍬や鋤を持ち、笑い声を立てながら、源右エ門、村人がやってくる。背景には、葉山の山並みが照らされ、敬虔で荘厳な姿を映し出している。

【源右エ門】  いやあ、皆の衆ご苦労だったなあ。
【村  人】  今日はだいぶ、はがえった。旦那の顔も、ニコニコだったな。
     ――― 村人一同、笑い出す
【源右エ門】  皆の衆がよくやってくれる。わしは、それがうれしくてなあ。わしらの村は、土地が狭い。そして、その土地もやせていて、ろくな米もとれない。しかしのう、ここに堰を作って野川の水を引けば、この土地は、見事な土地に生まれ変わるだろうよ。のう、わしには、秋の真っ青な空に、黄金の稲穂が出そろうのが目に見えるようじゃ。

―――村人たち、観客(荒地)を見ながら、「ほんにのう、そのとおりじゃ」と言いながら、うなづきあう。

【源右エ門】  皆の衆、もう少しだ。宜しく頼むぞ。
【村  人】  ああ、もちろんだども。

【村  人】  ほんじゃ旦那様、今日は、ごめんくだせえ。
【源右エ門】  ああ、ゆっくり休んでおくれ。助三、今夜はかかあに、ゆっくり背中でも流してもらえや。
【村  人】  そうだ、助三。新婚だからって、あんまり疲れっこどすんなよ。
【村  人】  ほだほだ、お前、この頃、やしぇだんでねえが。

――― 一同、笑いながら帰っていく。一人残った源右エ門は、空を見上げて「きれいな夕焼けだ。」とつぶやく。そのとき、家の陰から、おせきが駆けてくる。
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