「新図書館」構想⑧ 「詩歌文学館」余話(1)…「するべじゃ」の鶴の一声

  • 「新図書館」構想⑧ 「詩歌文学館」余話(1)…「するべじゃ」の鶴の一声

 

 「うん、いい計画だなぁ。検討するべじゃ」―。詩歌に特化した日本で唯一の図書館「日本現代詩歌文学館」は当時、北上市長だった斎藤五郎さん(故人)の鶴のひと声で産声を上げた。いまから40年近く前の昭和58(1983)年12月15日、北上市議会全員協議会は割れるような拍手と「市長、やりとげろよ」という檄(げき)に包まれていた。文学館の設立が満場一致で承認された瞬間である。その1年ほど前、当時、北上駐在だった毎日新聞の佐藤章記者(故人)は「北上近代詩歌資料館(仮称)建設基本計画」と題した手書きの紙片を胸にしのばせ、斎藤市長に設立を“直訴”した。自身、詩人でもあった佐藤記者と文化的な素養が豊かだった斎藤市長とが意気投合したのは当然のことだったのかもしれない。

 

 平成2(1990)年5月20日、文学館は市制施行30周年事業として、正式にオ-プンした。民間協力団体「文学館振興会」が立ち上げられ、最高顧問には作家で詩人の井上靖氏が就任、会長には「政界の3賢人」と呼ばれ、文部・厚生両大臣や衆議院議長も歴任した灘尾弘吉氏(いずれも故人)が名を連ねた。「托鉢行脚」と称して、建設費の半分に当たる3億円の資金集めや資料収集の実働部隊が全国に散った。18年前には最大200万冊が収蔵できる「研究センタ-」も完成。今年1月末現在の収蔵数は図書や雑誌類が約133万5千冊、その他の写真や原稿などがざっと9万2千点にのぼり、まさに「日本一」の規模を誇っている。

 

 佐藤記者が設立の経緯をまとめた『詩歌文学館の出発』の中には斎藤市長「語録」や設立に協力した著名な詩人などのエピソ-ドがびっしり、詰まっている。たとえば、現在89歳でなお健筆をふるう詩人の白石かずこさんの追悼文の一節から―。

 

 「五郎さん、もう少しで五郎ちゃんと云いそうになる。日本現代詩歌文学館建設のため、はじめて北上にいった日に丸顔で元気で、気さくで太陽のように明るい斎藤五郎市長にお逢いした。市長さんというのはテレビにでてくるのをみても新聞に写っているのをみてもどれもお役人で管理職の匂いをプンプンとさせ、人間味をかいて、どこか偽善的な空気があり、という今までのイメ-ジを根底からくつがえしてしまった。…何より道を歩いている子供たちが斎藤市長と逢うと『五郎さん』『五郎さん』と呼びかけ、挨拶するときいて驚き、よろこび、尊敬の気持ちでいっぱいになった」―

 

 半導体記憶装置フラッシュメモリ-の世界シェア2位のキオクシア(東京、旧東芝メモリ)が北上市北工業団地に建設していた新工場が来月から本格的な量産体制に入る。県内一の「工業都市」のイメ-ジが強い北上市だが、一方で文学館建設を決断したのも同じ斎藤市長だった。当時、「五郎さん」は地元紙にこう語っている。「東芝などの企業進出で北上市は、工業都市としての発展がほぼ約束されたと思う。しかし、せっかく文学的な風土があるにもかかわらず、その象徴になるものがない。“工業砂漠”だけにはしたくない」(昭和59年1月25日付「岩手日報」)―。関係者は当時、建設場所として盛岡と花巻両市を有力候補に挙げたが、「(石川)啄木と(宮沢)賢治がいるから…」とそっぽを向かれたという後日談が語り継がれている。同じ時期、「工場砂漠」という言葉を口にした、その勇断に胸を突かれた。現在、足元で進行中のわが「新図書館」構想との気の遠くなるような隔絶に絶句させられたのである。

 

 平成6(1994)年11月、黒沢尻工業高校の移転に伴い、その跡地に自然美豊かな「詩歌の森公園」が誕生した。10数年の歳月と総工費約26億円をかけた大事業だった。「言霊の館」とか「北の詩歌の正倉院」などと呼ばれる文学館はその中心に位置している。「文学館運営審議会」の建物の基本構想の中にこんな一節がある。「耐震、耐火はいうまでもなく、多くの人に感動を与え得る建築物であることを不可欠条件とする」―

 

 広大な敷地内には池や水の流れ、築山などが配置され、井上靖記念室や俳人の山口青邨の居宅を移築した「雑草園」などがある。そして、文学館の前には本県が生んだ日本の彫刻家の第一人者、舟越保武の彫像「EVE」(イブ)がひっそりとたたずんでいる。そういえば、2頭のライオン像が置かれたニューヨーク公共図書館の建物は19世紀から20世紀にかけたボザール様式の傑作といわれ、オープン当時(1911年)は米国一の総大理石建造物として、話題をさらった。

 

 

 集合住宅と一体化した「新図書館」構想が論議の的となる花巻市議会3月定例会が本日(28日)開会した。私は太陽のような「五郎さん」の笑顔を思い浮かべながら、わが上田東一市長が“図書館”議会で、どんな答弁をするのか―固唾(かたず)をのんで見守りたいと思っている。見上げると、集合住宅のベランダに洗濯物がヒラヒラと舞っている。そんな光景が目の前にちらつく。これはまぎれもなく「悪夢」そのものである。

 

 

 

 

(写真は日本一の「日本現代詩歌文学会」。池のふちに建つのが舟越の「イブ」像=北上市本石町で。インタ-ネット上に公開の写真から)

 

 

 

 

2020.02.27:masuko:[ヒカリノミチ通信について]

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