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映画「いのちの山河」…深沢村政と上田市政の狭間にて

  • 映画「いのちの山河」…深沢村政と上田市政の狭間にて

 

 「深沢晟雄さんについて、私も及川和男さん(故人)の本(映画の原作=『村長ありき』)を読んで非常に感動した記憶がございます。基本はやはり、特に地方自治体に関していえば、住民自治というのは中心になるべきだと思いますので、それをやるために誰かがその仕事の委嘱を受けてやるということでしょうから、そういう立場にあるだろうと。やはり基本は、住民が自分で自治をやっていくことが基本になるということを、まず頭に置いてやらなければならないということは思っております」(平成26年3月定例会会議録より)―

 

 映画「いのちの山河」(大澤豊監督作品、2009年)を見ながら、ふいに冒頭の言葉が頭によみがえった。この映画は「国保法(国民健康保険法)違反ではあるだろうが、憲法(第25条)違反ではない」として、全国で初めて老人と乳児の医療費無料化に踏み切った元沢内村長(現西和賀町)の故深沢晟雄(まさお)さんが掲げた「生命尊重行政」をテ-マにした物語である。しかし、ここではあえて感動的なこの映画の内容には触れずに、今回の花巻市長選で3選を果たした上田東一市長の軌跡を跡付けるための“メモランダム”のつもりで書き置きたいと思う。

 

 2014(平成26)年、前職を大差で破って初当選した上田市長は「新しい風」のスロ-ガンを掲げて、さっそうと登場した。当時、市議だった私は「平成の風の又三郎が誕生した」とエールを送った。その上で上田市長が出馬に際し、深沢元村長を尊敬する人物のひとりにあげていたことに関連し、こうただした。

 

 「その深沢さんは政治に哲学を持たないやつは私は信用いたしませんと言っておりました。もう一つ、民主主義というものは、住民は何を考え、何に苦しみ、何を願っているのかを十分聞いて、住民全体の地域課題と生活要求を徹底的に分析して、そこから不易と流行、変わらぬものと流行をしっかりと見据えて行政を推進していかねばならないと。これはまさに上田さんが選挙期間中におっしゃられ、今もずっとおっしゃっていることと、まるっきり同じ文章を僕は読んだというような感想を持ちまして意を強くしました」(3月5日、一般質問)―。この私の質問に対する“初心”ともいえる上田市長の答弁が冒頭発言である。市民の期待は大きくふくらんだ。そしてあれから、8年―

 

 「議員各位には、今後ともご指導あるいは協力をしながら、花巻市民の福祉向上のために一緒に働かせていただきたいと思います」(2月10日、令和4年第1回臨時会「開催前報告」)―。3選を果たした上田市長の口から真っ先に飛び出した言葉に私はわが耳を疑った。「ご指導あるいは協力をしながら…」ではなく、「ご指導あるいは協力をいただきながら…」の言い間違いにちがいないと思った。HP上に掲載された文言に今度はわが目を疑った。その通りだったからである。空耳でも何でもなかった。

 

 「住民自治どころか、地方自治の一方を代表する議会側を指導する」―。まさに巧まずして、口から滑り落ちた“本音”なんだろうと思う。市議時代、上田市長が「その質問はいかがなものか」などど議員の正当な質問権に露骨に介入してきた”悪夢”を思い出したからである。聞かされたこっちの方が逆に腰を抜かしてしまったという次第である。今回の「3選」劇とは一体、何であったのかー。「風の又三郎」の正体見たり。深沢村政に背を向けるような逆風が一段と強まりそうな気配である。

 

 

 

 

 

(写真は映画「いのちの山河―日本の青空Ⅱ」のポスタ-=インタ-ネット上に公開の写真から)

映画「ボストン市庁舎」…「皆さん、助けを求めて下さい」~ウォルシュ市長の感動スピ-チ

  • 映画「ボストン市庁舎」…「皆さん、助けを求めて下さい」~ウォルシュ市長の感動スピ-チ

 

 「市民のための行政はどうあるべきか。そして民主主義とは…」―。節分の今日(2月3日)、ドキュメンタリ-映画「ボストン市庁舎」(フレデリック・ワイズマン監督、2020年)を盛岡でみてきた。多様な人種と文化が共存する大都市ボストン。警察、消防、保健衛生、高齢者支援、出生、結婚、死亡記録、ホ-ムレスの人々の支援、同性婚の承認など数百種類ものサ-ビスを提供する市役所の舞台裏…。カメラは市庁舎の中へ入り込み、市役所職員とともに街のあちこちへと動き出す。4時間半に及ぶ大作。市民の幸せのために奮闘する市長、マ-ティン・ウォルシュ(現バイデン政権の労働長官)と市職員の姿に身じろぎをしないまま、見入った。

 

 「自分たちの仕事は市民のために扉を開くことです」、「私がやってるのはただの市の仕事ではありません」、「この市を改革して、それが成功すれば、それが州に広がり、最後には国に広がるんです」、「もし困ったことが発生したら、市長の私に電話を。通りで私を見かけたら声をかけて」、「皆さん!助けを求めて下さい。助けるのが、我々の仕事です!」…。ウォルシュ市長の感動的な演説の残響音がまだ、頭にこだましている。

 

 「“ボストンの奇跡”を、『イ-ハト-ブ』(賢治の理想郷)でも…」―こんな願いを込めて支援した小原雅道氏(61)は先の市長選で敗北した。3選を果たした上田東一氏(67)は25日開催の花巻市議会3月定例会の冒頭、「市政方針」演説をする。どんな言葉が語られるのか、期待したいと思う。

 

 「この映画は民主主義が機能している姿を描いていると思う。人々が集まり、あらゆる議論をし、時には妥協して前進するということがボストン市庁舎では行われている。彼らは相手を軽蔑するのではなく、敬意を持って接しようとしている。行政がちゃんと市民のニ-ズに応えていて、自分たちがやっていることに責任を持っている」(パンフレットから)―。ワイズマン監督のこの言葉が印象に残っている。たとえば、大麻ショップのオ-プンをめぐる住民との議論の場面は約20分も続いた。エキサイティングなやり取りに手に汗を握りながら、ふと思った。足元の「市民参画」という言葉の何とも空虚なことよ、と…

 

 

 

(写真は市民を前に演説をするウォルシュ市長=インタ-ネット上に公開の映画の一場面から)

「イーハトーブ」のミレーがまいた、賢治の「マコトノクサノタネ」~20,792粒が芽吹くとき

  • 「イーハトーブ」のミレーがまいた、賢治の「マコトノクサノタネ」~20,792粒が芽吹くとき

 

 ♪日ハ君臨シ/カガヤキハ/白金ノアメ/ソソギタリ/ワレラハ黒キ/ツチニ俯(ふ)シ/マコトノクサノ/タネマケリ…日ハ君臨シ/カガヤキノ/太陽系ハ/マヒルナリ/ケハシキタビノ/ナカニシテ/ワレラヒカリノ/ミチヲフム♪(宮沢賢治「精神歌」)―

 

 今回の選挙戦最終日(1月22日)午後3時12分、私は先導車の中から次のようなライン発信をした。「足下に何か、地殻変動みたいな予兆を感じる。そのシグナルは町いく人たちの、ちょっとした仕草の変化である。まさみちさんに向けられる身ぶり手ぶりがどんどん、大胆になっている。身震いするような感覚―。『イ-ハト-ブ』(夢の国)への第一歩を踏み出しているのかもしれない」

 

 分厚い雪に埋もれた「イ-ハト-ブ」の世界に20,792粒の「マコトノクサノタネ」がまかれた。今回の花巻市長選で敗北した小原雅道氏(61)が雪中を這いまわるようにしてまいた、ひと粒ひと粒である。私自身、その「マコトノクサノタネ」のひと粒たらんと欲す。20,792粒の「タネ」たちはいま「ケハシキタビ」の中途にいるが、やがて萌芽をへて、いっせいに花を咲かせるにちがいない。立春はもう目の前である。

 

 「2022年1月22日15:12」―。私はこの瞬間の気持ちを永遠に心の奥底に刻み続けたい。「種蒔(ま)く人」(ミレー)がいなければ、花は咲かない。「イーハトーブ」のミレーはまさみちさん、その人であった。

 

 

 

 

《追記―1》~「イーハトーブ」のミレ―と「種蒔く人」(コメント欄に写真)

 

 19世紀フランスの画家、ジャン・フランソア・ミレーは1850年、マタイ伝の教えを「種蒔(ま)く人」という連作で表現した。今度は「イーハトーブ」のミレーが今回の選挙戦で語りかけた言葉に、私たちが耳を傾ける番である。その聖書にはこうある。

 

 「ある日、種をまく人が、種まきに行った。まいているときに、1つの種は道端に落ちたが、鳥がそれを食べてしまった。また、別の種は石だらけで土の少ないところに落ち、一旦はすぐに芽を出した。ところが、土が少ないため充分な根っこを張ることができず、太陽が出てくると枯れてしまった。また、別の種はイバラの間に落ちたが、イバラが伸びて覆(おお)いふさいだので実を結ばなかった。ところが、別の種は耕(たがや)された良い土地に落ち、実を結んで、あるものは100倍、あるものは60倍、またあるものは30倍にもなった。耳のある人は聞きなさい」(マタイによる福音書第13章)

 

 

 

《追記ー2》~市長選の票数は何を物語っているのか(コメント欄に写真)

 

 今回の市長選で3選を果たした上田東一氏が初陣(2014年)の際、当時3選を目指した現職を破った時の得票数は31,749票で、11,198票差の大勝だった。無投票を1期をはさんだ今回の得票数は22,676票で、初陣に比べて9,073票減らした。一方、3選阻止に挑戦した小原雅道氏の得票数は20,792票で、その差は1,884票の僅差だった。この数字は何を意味するのか。

 

 選挙戦に密着取材した私は中盤戦のある日、玄関を開けて手を振っている女性に気が付いた。私が知的障がい者施設の園長をしていた時の入所者だった。候補者は選車から飛び出し、すぐに駆け寄った。真っすぐに相手の目を見つめ、がっちりと握手する姿をとっさにカメラに収めた。「誰ひとり取り残さない、優しさを後回しにしない」(リーフレットから)。「20,792票」の1票1票は候補者に「変革」を託す票の積み重ね……まこと、賢治がいう「マコトノクサノタネ」(精神歌)なんだと、確信した瞬間だった。言葉の真の意味で、小原雅道氏は今回の市長選に「勝った」と私は思っている。

 

 

 

 

(写真は雪の壁に阻まれながら、街頭演説をする小原氏=1月18日、花巻市の笹間地区で)



 

「イ-ハト-ブ」建国事業は先送りに…花巻市長選で小原氏、敗北

  • 「イ-ハト-ブ」建国事業は先送りに…花巻市長選で小原氏、敗北

 

 花巻市長選は23日投開票され、現職の上田東一氏(67)が新人の前市議会議長、小原雅道氏(61)に競り勝ち、3選を果たした。確定得票は上田氏が22,676票、小原氏が20,792票。米軍普天間基地の「移設」問題が最大の争点になっていた沖縄県・名護市の市長選もこの日投開票され、移設に賛成する現職が再選された。国政も含め、民意の座標軸が変革を好まない方向に動いているのかもしれない。

 

 

 

 

(写真は敗戦の弁を語る小原氏(12月23日午後9時半過ぎ、花巻市下小舟渡の後援会事務所で)

花巻市長選告示…ドキュメント「まさみちが往(い)く」~選挙戦最終日

  • 花巻市長選告示…ドキュメント「まさみちが往(い)く」~選挙戦最終日

 

 今回の花巻市長選を“密着”取材しようと思ったのは、現場抜きの原稿はあり得ないという職業病(記者根性)のせいもあるが、何か予兆とか予感めいたものを感じたからでもある。その正体を知りたいと思った。

 

 「まさみち」さんこと、立候補者の小原雅道氏(61)の弁舌が選挙戦中盤から微妙に変化してきた。「市職員こそが車のエンジン」「ワンマンとリ-ダ-シップは違う」「どこでも、賢治さんを感じることができる町に」…。「公約」の棒読みから次第にアドリブが多くなってきたからである。「自分でもよく覚えていない」とまさみちさん。だから、本物なんだと私は納得した。仮衣装を脱ぎ、ひょいと素顔が表に飛び出した瞬間だった。無意識こそが“進化”をもたらすの謂(い)いである。

 

 素顔は素顔を呼ぶ-。終盤戦、周囲の状況にも次第に変化がみられるようになった。たとえば、「手振り」―。最初は手のひらを遠慮がちに動かすだけの仕草だったが、それが両手の動きに変わり、最後は大きな輪を描く「OK」マ-クに。まさみちさんに向けられる身ぶり手ぶりがどんどん、大胆になっていった。つまり、双方の距離が次第に狭くなっていくのを実感したのである。

 

 「予兆」とか「予感」はこうした変化の中から生まれた。私は市議2期目のスロ-ガンに「いざ、『イ-ハト-ブ』の建国へ」―を掲げた。いま考えて見ても、大層なお題目ではあるが、その建国事業がこの1週間の選挙戦の中で少し、実現に向けて動き出したと感じたのである。「イ-ハト-ブ」とは“夢の国”(ドリ-ムランド)を夢想した宮沢賢治の造語である。「子どもたちには夢を/若者には希望を/お年寄りには安心を」―。小原氏の政治理念は賢治が生涯、追い求めた「本当の幸せとは何か」というテーマと見事に通底している。花巻の未来を決するであろう、この大事業に実際に着手できるかどうか―23日に決まる。

 

 

 

 

(写真は赤ちゃんを抱く女性と話し込むまさみちさん。この笑顔の中に私はまさみちさんの“素顔”を見つけた=1月22日午後、花巻市南新田のきらきらモ-ルで)