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橋上化と新図書館はやはり、ワンセット…行政開示文書で、”疑惑”が明らかに!?

  • 橋上化と新図書館はやはり、ワンセット…行政開示文書で、”疑惑”が明らかに!?

 

 「JR花巻駅橋上化(東西自由通路)と新花巻図書館の駅前立地とは全く別の構想だ」―。上田東一市長がことあるごとに否定してきた橋上化と新図書館のワンセット(表裏一体)“疑惑”が実はその通りであったことが、この間の経緯を記録した行政開示文書で明らかになった。議会答弁や記者会見などでの市長発言の信憑(しんぴょう)性も疑われかねない事態で、この二大プロジェクトに対する市民の目はさらに、厳しくなりそうだ。ちなみに、橋上化に伴う約40億円の総工費のほとんどは国庫補助金と市側の負担で、JR側の持ち出しはほんのわずかである。

 

 発端は平成29(2017)12月にさかのぼる。5年以上も前のこの時期、市側の建設部と図書館を管轄する生涯学習部の合同チ-ムとJR東日本盛岡支社との間で「JR花巻駅周辺整備基本計画調査定例会」という名の組織が結成された。翌年の平成30年8月に解散されるまで計9回の会議が持たれ、この間に橋上化と図書館とを一体で進めることが双方で合意された。たとえば、開示文書ではこんなやり取りが。「図書館や都市施設(バスタ-ミナル)の配置によって、階段口や通路の導入口が変わってくる」(平成30年1月、第2回会議)、「駅舎、図書館複合、店子等全体事業を紐づける理論武装が必要になる」(同4月、第6回会議)…

 

 こうした話し合いを経て令和2(2020)年1月29日、「新花巻図書館複合施設整備事業構想」(いわゆる、賃貸住宅付き「図書館」構想)が突然公表されることになったものの、議会側や市民の反対で「賃貸住宅」部分の白紙撤回に追い込まれた経緯については当ブログで随時、言及してきた。橋上化と図書館との「ワンセット」論議が急速に進展したのはこの前後。突然の計画変更によって、双方の応酬は激しさを増すようになる。開示された文書は全部で116ページで、生々しいやり取りが記録されている。

 

 「図書館が決まらない限りは、自由通路の整備は進められないということか。図書館がOKとなれば、自由通路もOKとなるのか。市民的にも議会的にも自由通路整備をやろうとなったとしても、図書館が決まらないうちは自由通路だけ先に進むのはまずいのか。議会の図書館に関する動きはどうか。落としどころはどこになるのか」(JR側)、「我われにもわからない。個々の議員の考え方もあるので…。自由通路側だけ進んで、図書館が進まないということもこちらとしては上手くない。セットにすることで図書館的にも自由通路的にも良い」(市側、令和2年8月)

 

 「いずれにせよ、反対する人はいる。我々が説明する際に土地購入の可能性があると言えば、突破口になる可能性もあるので協力をお願いしたい」(市側、令和2年9月)、「大元の『賑わいある図書館』というところから、借地(50年間の賃貸借)プラス複合施設ということを想定して協議させていただいてきたと認識している。その後だんだん、(JR)用地を買うことを検討するとか、図書館単体という形など状況が色々変わってきているので、根本的な部分が心配である。いざ、建てる時になった時点で何か話が違うということになるのが怖い」(JR側、令和2年10月)

 

 公開された開示文書の最後の日付は令和4(2022)年7月6日。ここに至る約1年半以上、交渉が行われた形跡はうかがわれない。コロナ禍の影響があったにしてもこの長期の”空白”は一方で、「ワンセット」プロジェクトの難しさも浮き彫りにした。最後の文書にはこうある。「建設場所を決定してからにはなるが、用地売買における協議が整わないうちは当市としても基本設計に入れないと考える」(市側)、「用地を売るかどうかは決定事項ではない。あくまで可能性のレベル。花巻市がどの範囲まで購入したいのか図面で明示してほしい」(JR側)―。当然と言えばそうであるが、議会中継や市長答弁、地元紙が報じる関連記事、新聞投書などを綿密に分析するなどして、橋上化を主導したいJR側の剛腕ぶりが伝わってくる。「駅前か病院跡地か」―いま市民を二分する図書館の“立地論争”についても、JR側は先刻承知のはずである。

 

 「歩いて回れる珠玉の街」―。米ニュ-ヨ-クタイムズ紙は「2023年 訪れるべき世界の都市52選」のひとつとして、盛岡城址を中心にしたまちづくりを手がけている盛岡市をロンドンに次ぐ2番目に選んだ。そういえば、図書館の駅前立地を進める市側の言葉の中にこんな文言があった。「国土交通省的には駅前に東西自由通路を整備し、なおかつウォ-カブル(歩きたくなる空間)に整備することの受けがよい」―。だったら、花巻城址に隣接し、中心市街地に直結する「病院跡地」の方がよほど「ウォ-カブル」ではないか。

 

 同紙のHPは秋の紅葉の時期に盛岡城跡公園で撮影した動画とともに「東京から新幹線で短時間で行ける距離にあり、人混みを避けて歩いて楽しめる美しい場所」などと盛岡の魅力を紹介している。花巻城址と背中合わせの文教拠点「イ-ハト-ブ図書館」も後に続きたいものである。

 

 

 

 

(写真は黒く塗りつぶされた開示文書。“のり弁”とも呼ばれる)

 

 

 

《追記》~本音がポロリ

 

 「JRは花巻駅の橋上化をやりたいと思っており、橋上化の話が進めば、土地の売買について真剣に話をしてくれる可能性はある。橋上化がなくなった際には、駅前に図書館を建設することについてもどうなるか分からない」(会議録から)―。開示文書を裏付けるように上田市長は令和4年6月、ある市政懇談会の場でこう述べた。その後の9月定例会で伊藤盛幸議員(はなまき市民クラブ)がこの発言の真意を問いただした際、上田市長は反問権を振りかざしながら語気を強めて、このワンセット“疑惑”を否定した。本音とは、こんな風にしてポロリと口からこぼれるものである。

 

 

図書館を考えるシンポジウム…「イーハトーブ図書館をつくる会」が21日に開催

  • 図書館を考えるシンポジウム…「イーハトーブ図書館をつくる会」が21日に開催

 

 「図書館はどうあるべきか。その根本の議論を深めたい」―。新花巻図書館をめぐって、市民の議論が二分する中、女性を中心にした有志が「イ-ハト-ブ図書館をつくる会」(代表・瀧成子代表)を立ち上げ、1月21日に「夢のイ-ハト-ブ図書館を目指して」―をテ-マにシンポジウムを開く。瀧さんは「会としては早池峰山など北上山系を望む花巻病院跡地への立地を希望している。しかし、場所論争に前のめりになるのではなく、50年100年先の図書館像をみんなで話し合える場になれば…」と話している。

 

 パネリストは生粋の“花巻人”である瀧さんのほか、「新花巻図書館整備特別委員会」の委員長を務めた伊藤盛幸市議、東日本大震災震災で被災後に当市に移住、「花巻は宝の山」という造園家の日出忠英さんの3人。「つくる会」では今後、賢治ファンを含めた全国規模の署名運動を展開し、行政側への要望活動や議会側への請願・陳情などを通じて、「文化とまちづくりの拠点」としての図書館のあり方を模索していきたいという。本好きが高じて、昨年夏に市内桜町の自宅に私設図書館を開設した四戸泉さんも「つくる会」に期待するひとり。単刀直入にこう“直言”する。

 

 「4年前、花巻にUターンした当時は図書館は駅近派でしたが、住めば住むほどこんなにJR花巻駅の利用者が少ないと思ってもいなかった。だいたい、市長も役所の方々も地元出身者が多いはず。高校生たちが駅前に欲しいのは図書館なんかの堅苦しい公共施設でなく、友達同士で自由にワイワイ騒げ、飲食できる民間の複合施設だと思う。私が図書館を使い始めたのは浪人時代で、あとは大人になって資格試験の勉強の時。駅近図書館に設置するメリットは駅を利用する層が多数を占める都会です。だから、岩手県立図書館は成り立つが、花巻ではマイカ-通勤族が主流なんで、成り立たない」

 

 「つくる会」ではこうしたざっくばらんな“図書館論議”を積み重ね、宮沢賢治のふるさとにふさわしい「夢のライブラリ-」を誕生させたいとしている。初回のシンポは予約優先の定員45人。病院跡地周辺の探索ツア-にもぜひと呼びかけている。合言葉はー「死ぬまでに行きたい世界の図書館15選」へのノミネ-ト!

 

 お問い合わせは~0198-22-7291(事務局、新田まで)

 

 

 

 

(写真は未来の図書館を考えるシンポのチラシ)

 

風土が生み出す図書館…「こども本の森 遠野」、そして「イーハトーブ図書館」~今宵は満月!?

  • 風土が生み出す図書館…「こども本の森 遠野」、そして「イーハトーブ図書館」~今宵は満月!?

 

 「まるで、大木の洞(うろ)に入ったみたい」―。遠野市のまちのど真ん中に誕生した「こども本の森 遠野」に足を踏み入れた瞬間、天井まで届く本棚よりもその本たちを支える大黒柱の重量感に圧倒された。それもそのはず、この図書館は元呉服商の建物をそのまま再利用する形で建てられ、不足する資材は県内の古民家から調達された。著名な建築家、安藤忠雄さんが設計し、2021年夏に同市に寄贈された。子どもたちが寄贈を呼びかけた36カ国からの約350冊を含め、収蔵数はざっと1万3千冊。貸し出しはしない。「本の森」の中で読書するのが、ここの流儀である。

 

 「読書を通して得られる知識や体験はスマ-トフォンで得る情報とは比べものにならないくらいの価値があります。遠野には私たちの多くが忘れてしまった『心の世界』が残っています。子どもたちには古い民家を再生したこの図書館で、たくさんの本を読みながら、過去を学び、いまを考え、未来を想像して欲しいと思います」―。安藤さんは開館に当たり、こんなメッセ-ジを寄せている。「遠野と東北」「自然とあそぼう」「将来を考える」「生きること/死ぬこと」…。13の本棚テ-マを見上げているうちに「さながら、夜空に月や星を見る」ような不思議な感覚になった。

 

 ふと気がつくと、小学生がおおいかぶさるようにして本を読みふけっていた。近くの椅子に座り、目の前の童話を手に取る。『かわいそうなぞう』(土家由岐雄著)…いまも読み継がれる絵本童話である。太平洋戦争のさ中、上野動物園の檻(おり)が爆撃され、動物たちが逃げるのを防ぐために行われた「戦時猛獣殺処分」―。ライオンやクマなどが次々に殺され、最後に3頭の象が残される。毒入りの餌を与えようとするが、象たちはまるで察知したかのように口にしない。次第にやせ細り、やがて餓死してしまう。上空を敵機が旋回している。「戦争をやめろ」と叫ぶ飼育員の言葉で、この悲しい物語は終わる。

 

 ところで、あの小学生はまだ本に熱中している。一体、どんな本とにらめっこしているのか、ちょっと気になる。「(宮沢)賢治コ-ナ-」の前で足が止まった。おなじみの作品がずらりと並んでいる。ふいに「Fantasia of Beethoven」(ベ-ト-ベンの幻想)という例のエピソ-ドを思い出した。いま、新花巻図書館の立地候補地のひとつとして注目を浴びている旧総合花巻病院の中庭に賢治が設計し、自らこう命名した花壇があった。当ブログでも前に紹介したことがあるが、私は自信満々の賢治の言葉がとても好きである。賢治はこう豪語している。

 

 「けだし、音楽を図形に直すことは自由であるし、おれはそこへ花でBeethovenのFantasyを描くこともできる」(『花壇工作』)―。遠野通いを続けているうちに「図書館とはそこの風土から生まれる」―という確信がますます、強くなってきた。病院跡地や隣接する花巻城址は賢治作品に数多く登場する、いわば“賢治精神”のホ-ムグラウンドでもある。私が病院跡地へ「イ-ハト-ブ図書館」の立地を切望する、これがゆえんである。気が遠くなるほどの「図書館像」の乖離(かいり)がいまも脳裏にこびりついて離れない。

 

 「たとえば、鉛筆が落ちたら、その音が響くような図書館という考え方とか、いろいろ考え方があると思いますが、場合によってはザワザワしている図書館でもいいのではないかなと思っています」(賃貸住宅付き「図書館」構想を公表した直後の上田東一市長)、「そんなものは図書館とは言えない。この空間は静寂を旨とすべし。図書館の社会的有用性とは来館者数とか貸出図書冊数、そういう数値によって考量されるべきというのは、いかにも市場原理主義者が考えそうな話です」(フランス文学者で、図書館通の内田樹さん=2020年4月9日付当ブログ)

 

 「本の虫」みたいなあの遠野の小学生は今日も「こども本の森」にいるだろうか。この周辺には「とおの物語の館」や「市立図書館・博物館」、「市民センタ-」「元気わらすっこセンター」などの文化施設が点在し、一帯が「一大文化拠点」の趣(おもむき)を呈している。「こんな立地環境こそが本来、想像力を養う小宇宙なのかもしれない」―こんなことを考える今日この頃。さすがは『遠野物語』(柳田國男著)のまちである。

 

 本日(1月7日)の夜空はウルフムーン(神の化身・オオカミの遠吠え)と呼ばれる満月。雲に隠れていたその月が夜半、中天にまん丸い顔を見せた。願かけのキーワードは「新たなスタート」。新成人となった若者たちと手を携え、今年こそは「イーハトーブ図書館」の実現を!

 

 

 

 

(写真は読書に熱中する小学生。これこそが私が思い描く「夢の図書館」の光景である=2022年秋、遠野市中央通りの「こども本の森」で)

 

 

 

 

 

 

謹賀新年…「私の夢の図書館」セレクト5~「イーハトーブ図書館」の実現に向けて!!??

  • 謹賀新年…「私の夢の図書館」セレクト5~「イーハトーブ図書館」の実現に向けて!!??

 

 明けましておめでとうございます。図書館“騒動”に明け暮れた昨年でしたが、今年の初夢にもまたぞろ、本たちの隊列行進がたち現れそうな気配です。おそらく、その本たちはみんなピカピカと光り輝いているはずです。さ~て、2023年のスタ-ト…夢枕には予想通り、病院跡地に完成した「イーハトーブ図書館」のオープニングセレモニーの光景がすっくと姿を見せました。世代を超えた人たちの喜びが周囲に満ちあふれています。白雪をいただいた霊峰・早池峰から後光が射し込んできました。”降臨”の瞬間…。初夢はふくらみっ放し。「私の夢の図書館」セレクト5ーへどうぞ。

 

 

●日本一の「イ-ハト-ブ図書館」の実現へ

 

 花巻市は将来都市像として「市民パワ-をひとつに歴史と文化で拓く/笑顔の花咲く温(あった)か都市(まち)/イ-ハト-ブはなまき」というスロ-ガンを掲げている。「イ-ハト-ブ」とはいうまでもなく、宮沢賢治が思い描いた理想郷「ドリ-ムランド」(『注文の多い料理店』広告チラシ)を指す。賢治ファンだけではなく、観光客の誘客も期待した“賢治”ライブラリ-を

 

●「死ぬまでに行きたい世界の図書館15選」へのノミネ-トを

 

 旅行口コミサイト「トリップアドバイザ-」がかつて全米を沸かせた映画「バケットリスト」(棺桶リスト)にあやかって、「死ぬまでに行きたい世界の図書館15選」を公表。日本では「まちとしょテラソ」(長野県小布施町立図書館)と「京都マンガミュ-ジアム」(京都市)が見事選ばれた。「イ-ハト-ブ図書館」もぜひ、この棺桶リスト入りを目指して。ちなみに第1位は「ヴァスコンセロス図書館」(メキシコシティ)、「テラソ」は堂々の第6位

 

●『つづきの図書館』のような図書館を

 

 本書は当市出身の童話作家、柏葉幸子さんの作。「図書館のつづき」ではなく、自分の本を読んでもらった本の側が読書好きのその少女の「つづき」を知りたくなったという奇想天外な物語。図書館から本たちが飛び出してくるような、そんなワクワクする光景が目に浮かぶ。さて、「イ-ハト-ブ図書館」からはどんな主人公たちが街なかに繰り出してくることか

 

●たとえば、「ホ-ムレス」など〝変な人”でも自由に出入りできる―「誰にでも開かれた」図書館の実現を夢見て

 

 この“変な人”発言は市主催の若者世代対象の図書館WSで出された。揚げ足を取るつもりはない。米国映画「パブリック-図書館の奇跡」は寒波の中で、ホ-ムレスが図書館を占拠するという筋書きになっている。どうして、図書館側はホ-ムレスの要求を受け入れたのか。図書館の役割とは何か―「イーハトーブ図書館」がそのことを考えるきっかけになれば

 

●「成長し続ける有機体」としての図書館…進化する図書館とは

 

 インド図書館学の父と言われるランガナ-タンの言葉。賢治自身、「わたくしといふ現象は/仮定された有機交流電燈の/ひとつの青い照明です」(『春と修羅』序)と書いている。有機体とは実に永久不滅の現象で、その意味では「賢治」そのものが不滅ということでもある。世代を継ぎながらの「賢治本」の集積に終わりはない。「イ-ハト-ブ図書館」は永遠に進化し続ける

 

 

 

<注>~「まちとしょテラソ」

 

 図書館を闇夜を照らす行灯(あんどん)にたとえて「照らそう」をイメ-ジした命名。Terra(ラテン語で地球や大地の意)とSow(英語で種をまく意)を組み合わせた図書館像も浮かび上がる。小布施町は「テラソ」を中心にした「まちじゅう図書館」運動も展開している。2011年、「Library of the Year」大賞受賞。館長は2013年から公募方式に。開館は2009年7月

 

 

 

 

 

 

(写真は棺桶リストに選ばれた「まちとしょテラソ」=インタ-ネット上に公開の写真から

 

もう、忍耐の限界…駅前立地の「白紙撤回」を求めて、街頭へ~被爆地・ヒロシマでも”立地”論争!!??

  • もう、忍耐の限界…駅前立地の「白紙撤回」を求めて、街頭へ~被爆地・ヒロシマでも”立地”論争!!??

 

 怒りや絶望感さえも通り越したような、この鬱々(うつうつ)たる気持ちを何と表現したらよいのだろうか。「鬆」(す)―。水分が不足して繊維ばかりのスカスカの状態になった大根の切れ端を見ながら、ふとこの言葉が浮かんだ。「(大根に)鬆がとおる」などという。骨が劣化するあの老人病の年齢に達したせいばかりでもあるまい。新花巻図書館とJR花巻駅橋上化(東西自由通路)をめぐる上田東一市長の“詭弁”(きべん)の数々については、当ブログでも再三触れてきた。終わりが見えないコロナ禍の中で、上田流の居丈高で中身の「スカスカ」手法はもう臨界点を超えたというのが本音である。

 

 「白紙撤回」と「市政刷新」と…。師走入りした12月中旬、82歳の老残はこんなのノボリ旗を立てながら、JR花巻駅前でマイクを握った。同憂の士を募って、「駅前図書館の白紙撤回を求める市民有志の会」(「白紙撤回の会」)を立ち上げたばかりだった。「叛逆老人は死なず」と「さらば、お任せ民主主義」の2本柱を掲げた今夏の市議選で惨敗して以来、約5カ月ぶりの辻立ちである。「JR交渉はもう、やめろ」、「賢治のイ-ハト-ブが泣いているぞ」…。上田市政に危機感を抱く同憂たちもそばで、大声を張り上げている。「不退転」の決意がビンビンと伝わってきた。

 

 賃貸住宅付き「図書館」という奇怪な構想(”上田私案”、のちに「住宅付き」部分は撤回)が降ってわいてから、間もなく丸3年になる。この人にとっての「図書館」の出自とは実は、”不動産”物件だったことがいまや白日も下にさらされつつある。さらには、高校生の”政治”利用(世論誘導)という強権発動にまで手を染め、その”暴走”は止まるところを知らない。「白紙撤回の会」は神出鬼没の”忍法”の術を駆使して、市民の皆さんの前に突如、現れるはずです。2本のノボリ旗に気が付いた時には、ほんのちょっとでも耳を傾けてください。市政を自分たちの手に取り戻すためにも…

 

 では、皆さん、良いお年を。来年こそは宮沢賢治が「夢の国」と名づけた”イーハトーブ”の夜明けが来たらんことを!?この1年間、歯に衣着せぬ”罵詈雑言”にお付き合いいただき、ありがとうございました。新しい年も懲りずに、よろしくお願い申し上げます。

 

 

 

 

<図書館の病院跡地への立地と市政の刷新を>(設立趣意書)

 

 

 花巻城跡に隣接した旧総合花巻病院の移転・新築に伴って、眼前を覆っていた病棟が解体された結果、私たちは約100年ぶりに由緒ある遺跡など城跡のおもかげに接するという幸運に恵まれました。晴れた日には霊峰・早池峰など北上山地の雄大な姿を望むができます。目の前にこつ然と現れた広大な“空間”に身を置きながら、私たちは「図書館の立地はここしかない」と直感しました。

 

 花巻市はJR花巻駅前のスポ-ツ店用地を第1候補に挙げていますが、郷土の詩人、宮沢賢治が学んだ現花巻小学校とシニアの学びの場である「まなび学園」(生涯学習都市会館)に挟まれたこのロケ-ションこそが「文教地区」にふさわしいと考えます。私たち「白紙撤回の会」は以下の理由から、駅前立地に反対し、市民の声を行政に反映できるよう市政の刷新を求めるものです。

 

 

●当該地は来年3月(予定)に更地になった段階で、市側が取得することが決まっている。JR所有の駅前用地の取得は税金の”二重払い”(無駄遣い)に等しい。

 

●花巻城跡調査保存委員会は解体工事で全貌を現した「濁り堀」について、「一級品の貴重な遺構。現状保存が望ましい」と答申した。将来、原形を維持したまま“歴史公園”として整備すれば、図書館の環境がさらに充実する。

 

●当該地を含む花巻城跡一帯は賢治作品にも登場する、いわば“賢治精神”が凝縮されたホ-ムグランドでもある。将来都市像として「イ-ハト-ブはなまき」の実現を掲げる当市にとっても「うってつけ」の場所と言える。

 

 

駅前図書館の白紙撤回を求める市民有志の会(「白紙撤回の会」)

 

 

 

 

(写真は図書館の駅前立地の撤回を呼びかける私=2022年12月中旬、JR花巻駅前で。手にしている白紙は中国の習近平「独裁」(ゼロコロナ政策)反対で注目を浴びた“白紙運動”にあやかった)

 

 

 

 

《追記》~広島でも図書館“立地”論争(12月25日付朝日新聞「声」欄から)

 

 

 広島市立中央図書館は、平和公園に近く、街の中心部でも木立に囲まれたみどりの図書館です。閲覧室や自習室の窓からは梅や満開の桜も望め、小鳥たちが憩っています。しかし、築48年で建物が老朽化したことから、市は移転を計画。現地での建て替えを求める市民による署名活動も行われるなか、市は広島駅前の商業施設内へ移転する方針を示しました。議論は尽くされたとは言えず、拙速に判断されたとしか思えません。

 

 この図書館は、被爆についての文献資料を網羅的に収集し、多くの被曝者が被爆体験記を納めています。遺言のようにつづられたその声に触れるため、故井上ひさしさんら作家たちも通い、被爆の実相を伝える作品を生んでいったと聞きます。ここに集う人は、平和記念公園に続く静かな環境で、被爆者から私たちに残された声を聴くのです。郷里の広島で被爆した詩人、原民喜は詩「永遠のみどり」で、「ヒロシマのデルタに/青葉したたれ」とうたいました。みどりは平和です。中央図書館が今の場所で再建され、被爆地の図書館としての使命を果たしていくよう望みます(司書 竹原陽子=広島県・46歳)

 

<註>~27日付中国新聞デジタル(Yahhoo!ニュース)にこの間の詳しい経緯が掲載されている。市民無視の強引な進め方は当市のケースと類似点が多く、示唆的である。「図書館とは何ぞや」という論議を深めるうえでも貴重な報告と言える。