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本日の絵葉書7月20日 その86

  • 本日の絵葉書7月20日 その86
大正十一年十月廿九日 米澤市五大祝典余興仮装行列
大正堂書店発行

大名行列一行である。
右の人が持っている旗には「景勝公~」らしい文字が見える。
明治の川中島の写真よりも、若い人の体格が格段に良くなっている。
徴兵制と関係がありそうに思う。
籠の御紋はもちろん竹に雀はしなよく止まる、である。
2009.07.20:mameichi:コメント(0):[米澤絵葉書繁盛記]

本日の絵葉書7月19日 その85

  • 本日の絵葉書7月19日 その85
大正十一年十月廿九日 米澤市五大祝典余興仮装行列
大正堂書店発行

上杉神社遷座大祭より1年前の大正11年に五大祝典の催しが行われました。
その五大とは
1、米沢市庁舎竣工、市区改正竣工
2、県立米沢工業試験場開所
3、県立米沢工業学校創立25周年記念
4、米沢織物同業協同組合事務所落成
5、米沢・今泉間軽便鉄道工事開始

ではないかと思われ、大正8年の大火から立ち直っていく姿が見えます。

写真は「福神団」ということで、大八車に乗っかった鏡餅とともにかなりおめでたい面々が顔をそろえています。
屋根に上っている子供たちの様子もいい感じです。
2009.07.19:mameichi:コメント(0):[米澤絵葉書繁盛記]

本日の絵葉書7月16日 その84

  • 本日の絵葉書7月16日 その84
別格官幣上杉神社遷座大祭記念  海産物商組合大鯛山車

元気のいい居丈夫の魚屋の大将が大勢写っています。
そして鯛の張りぼての見事なこと、うまくデフォルメされています。
場所は豆いちから歩いて30秒、現在の八百勘本店、当時のカネ上佐野水産だと思います。
後ろの建物はその後タクシー会社(ツバメか?)の車庫として、八百勘さんが移ってくるまで使われていました。
そして角には大町交番がありました。この辺を通るといさば臭い匂いがした記憶があります。
写っている学帽の子供は健在であれば90歳以上でしょう。

2009.07.16:mameichi:コメント(0):[米澤絵葉書繁盛記]

本日の絵葉書7月15日 その83

  • 本日の絵葉書7月15日 その83
別格官幣上杉神社遷座大祭記念  祭礼の雑踏

上杉神社の東北堀と松岬神社の間の道路には今も縁日が立ちます。
この写真とは違って現在は松岬神社側に店が並びます。

現在では店全体の道具はトラックで運んできますが、その昔は最低の商品と道具のみを汽車で運び、店を作る細木はその土地の親分の仕込みでした。
場所決めも間違いが起きないように決めていたそうです。昨日の写真のような大きいサーカス団などが来る場合、その材木の数も半端でないので、その材料を集める親分の器量が問われました。

子供たちの晴れ着を着たうきうき気分が伝わってきます。
2009.07.15:mameichi:コメント(0):[米澤絵葉書繁盛記]

本日の絵葉書7月13日 その82

  • 本日の絵葉書7月13日 その82
別格官幣上杉神社遷座大祭記念 神社通奉祝門

左の旗には「本部矢野・・・」と書いてあるので、多分矢野サーカス(曲馬団)だと思われます。
現在日本には木下、キグレ、柿沼、そして平成8年に旗揚げしたポップサーカスの4団体があります。矢野は木下の弟が始めたサーカス団で、平成8年に休止しました。
ポップサーカスは7月18日より8月30日まで庄内イオン三川駐車場にて公演するとのことです。

子供のころは場所柄シバタサーカス(新潟の新発田が本拠地だと聞いたことがあります)が松川橋の下の河原に来り、柿沼、キグレ、木下もやってきました。旧二中グランドにもいろいろ来たような気がします。授業中象が啼いたりして落ち着かなかったと聞いたこともあります。
現在の市役所のセブンイレブンあたりにも来たような気がします。キグレだったかなぁ。

お祭りの頃の子供たちのやんちゃな笑顔が印象的です。
2009.07.13:mameichi:コメント(0):[米澤絵葉書繁盛記]