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A Child Is Born!! 三度(みたび)! 

  • A Child Is Born!! 三度(みたび)! 
わたしもあーいうお子さんに蚊帳吊りたい、首吊りたいというフレーズ(あやかりたい、あやかりたいの間違い)と、死んだおじいさんに似て長命の相がございます、という落語のフレーズをいいたいのですが、とうとう今年3人目のターゲットが現れました。(実際は言いませんよ!)

この間富山からお花のお祝いを頂いた彼に、女の子が生まれたのです。周りがほとんど男の子だったので、女子誕生は嬉しいですね、富山でも。

彼は、私がバンドを結成した頃富山から山大工学部にやってきました。そして米沢にビッグバンドはないか、確か青年会議所だか商工会議所だかに問い合わせて探し出してやってきました。20歳ぐらいでしたが最初からうまいトロンボーンでした。
子供にも逢いたいが、またトロンボーンも聴きたいなぁ、と思います。

写真はうちの息子の「うんでくれてありがとう」という衝撃的なママへの手紙です。「ドコモから」というのは不明です。



2009.07.03:mameichi:コメント(0):[嗚呼うましコーヒー]

本日の絵葉書 7月3日 其の75   

  • 本日の絵葉書 7月3日 其の75   
別格官幣上杉神社遷座大祭記念 消防組第九部ノ奉祝飾物

タイトルは「富士の巻狩」と「仁田四郎の奮勇」とありますので、曽我兄弟の仇討の後、仁田四郎が曽我の十郎を打ち取る場面でしょうか。
戦後まではかなりポピュラーな芝居だったらしいですが、私たちの年代まで到達しなかったのはなぜでしょうか。忠臣蔵は何とか分かるのに。
取りあえず、大正12年ごろは有名な物語だったのでしょう。
2009.07.03:mameichi:コメント(0):[米澤絵葉書繁盛記]

愛珈琲を、

  • 愛珈琲を、
明日より「伝国の杜」の中の米沢観光物産協会の売店で、販売していただくことになりました。
伝国の杜の直営の売店「ミュージアムショップ」には川中島の絵葉書も取り扱いいただいております。
機会がありましたら昨日20万人を突破した天地人博を、是非覗いてください。
2009.07.02:mameichi:コメント(0):[嗚呼うましコーヒー]

本日の絵葉書 7月2日 其の74    

  • 本日の絵葉書 7月2日 其の74    
別格官幣上杉神社遷座大祭記念  上杉神社祭器庫

子供のころなぜ米沢にも正倉院があるのだろうと思っていたのは私だけでしょうか。
しかもコンクリート製の。

構造様式は単層寄棟造、屋根薬掛瓦葺、正面一ヶ所、入口鉄扉、両開階段踊場付、軒布裏、化粧隈木付、内部周囲及天井板張

植樹された木は若々しく、春日神社側の焼けただれた木は痛々しく見えます。
斜面山はまだ所々雪で覆われています。
2009.07.02:mameichi:コメント(0):[米澤絵葉書繁盛記]

豊川炭鉱馬車鉄道再び!

  • 豊川炭鉱馬車鉄道再び!
ここ数年気になっているのは、この鉄道のことです。

最近新潮社から「日本鉄道旅行地図帳」という便利な本が出たらしいのです。残念ながら最近本屋に行かないので、まだ未見です。廃止された旅客鉄道の前線全駅が掲載されているのが謳い文句なのですが、豊川~は掲載されているのでしょうか。多分されていないということで、ここは話を進めます。

豊川炭鉱馬車鉄道は明治32年7月25日米沢停車場より糠野目まで開通、その後9月16日に開業式を行い12月8日に赤湯まで開通した馬車鉄道です。しかも年内に積雪のため運休、翌年諸般の事情により再開せずに廃止に追い込まれた不運な鉄道なのです。
ちなみに豊川炭鉱は現在の飯豊町手ノ子辺りにあった炭鉱のことをさし、飯豊町に合併する前は豊川村でした。始めはこの炭鉱の鉱石を米沢に運搬する目的で企画した鉄道だったのですが、、、

今から3年前、冬になりバンド活動も暇になったので、子供の頃米沢大年表で見た馬車鉄道のことを調べ始めました。ネットというのは便利なものでその頃の申請書類のリストなども検索できるようになっています。しかし残念ながら上記鉄道は載っておらず、社長をしていた川西町皇太神社の蔵田家に確認したところその筋の資料は今はないとのことでした。以前その調査をした川西町元フレンドリープラザ館長、故竹田又右衛門氏に取り次いでもらったところ、その話を川西町の文化財保護協会の総会のときにしゃべってくれということになりました。

そういうことは勿論初めてなので躊躇しましたが、やらせていただきました。そのことで何か分かることがあれば、是非ご連絡を頂戴したいと思います。

写真は晴れた日の米坂線風景です。