中野ブラザースという兄弟のタップダンサーをご存知でしょうか。日本の芸人のなかでも、本人たちがマニアックでストイックな感じがよく漂っていて、至芸といえるだけの実力を持った稀有なチームといえましょう。
実力通りの評価を得ているとは思えませんが、これまたコアなファンに支えられており、70歳を越えた今も現役で踊り続けているダンスユニットです。EXILEあたりが大きく取り上げても遜色のないダンスです。家の息子は「イグザエル」と言ってましたが。
彼らの振り出しは中野弘子という人が座長を勤めた剣劇劇団で、中野チンピラ劇という少年歌舞伎が振り出しでした。その時彼らの長兄も一緒にちびっ子俳優として座長を勤めており、それが後の南風カオル氏でした。
大阪ミナミに寄席の名門松竹角座が無くなり、浪花座という元映画館の舞台で営業を続けていた時のことです。松竹芸能は今では鶴瓶、オセロ、ますおか、よゐこ、安田大サーカスなどがおり、一定の地位を確保していますが、当時はまあ、吉本に押され押されてマイナー&年寄りのイメージが定着しておりました。私はそのいなたい感じで好きで、出張の折3回ぐらい見に行きました。
暁伸・ミスハワイ、夢野タンゴ・園ひとみ、正司敏江・玲児、若井はやとなどなど私好みのゆったりした芸風を楽しんでいました。そしてある日その寄席の番組に南風カオル氏のお芝居が入っていたのです。役柄が座長で若い歌手を売り出すというような出世物語なのですが、これが手馴れていて小芝居の感じが出ていてうまいのです。元吉本新喜劇の方が一人と、あと数名の座組みでしたが軽い30分ぐらいのお芝居を見せていただきました。
その後あまり名前を聞くことはありませんでしたが、東京に場所を移して活躍されていたそうです。ご冥福をお祈りします。
かたや、丁度そのころ吉本新喜劇は山田花子が売り出していた頃で、10日替りの初日に行ったりすると花子はせりふが入っておらず、石田靖や未知やすえなんかが「もう少し覚え!」といって突っ込みながらフォローしていました。
新聞の御悔み欄はどういったどういった基準でクレジットされるのか、という疑問が以前よりあります。
この人は皆さんにお知らせすることはあまりなくてもいいのでは、という人が掲載されたりします。ビッグバンドのリーダーならまだしも、たまに有名バンドのリードトランペット奏者やリードアルト奏者がのっかる事があります。業界自体ではもちろん有名人なのですが、ご近所の皆さんは余りご存じないし、全国紙でお知らせしてもしょうがない様にも思えるのですが。
昨日お客様の葬儀に参列してきました。
友人のお母さんだったのですが、珈琲とジャズが好きなモダンな84歳でした。祭壇には数々の音符がちりばめられ、優しい笑顔の遺影がありました。
店を開いて少ししてから来てくださり、「よく思い切ったなぁ、でも人生一回きりだがらなぁ。」「もういっぺん生のナベサダ聞くまでは死なんに、、」と言っておられたのですが、残念ながら旅立っていかれました。
多分ご本人が深くかかわっていたであろう、通町町内会の婦人コーラスが滝廉太郎の「花」と団伊久磨「花の街」でお送りしました。これが素晴らしかったです。
ご冥福をお祈りするばかりです。
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