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軽井沢プリンスホテルスキー場
軽井沢駅南口からすぐの軽井沢プリンスホテルスキー場、駅から巡回の無料バスがあり日帰りのセンター前にいけます、センター前は平日無料の駐車場があり、すぐ前がゲレンデです、正面にコブバーンがあり、その左ゲレンデには、ポール体験が出来るようポールバーンがセットされていて誰でも体験できます、今日は立春、日射しが強くなったと感じますね、この三日間は、休み取ってコブ練習してます。同じようにコブばかり滑っていたシニアのかたと一緒に滑って、コツ教えてもらいました、少しずつ恐怖心が無くなってきたけどもねまだまだです、コブはプリンスゲレンデとあわせ4連ですかね、以前は上級バーンにもあったそうですが、危険過ぎてやめたんだそうです。
初のスノーボード
昨日は、スクール内のスノーボードの講習会でした、スクールでは、スキーインストラクターの技術向上にイントラスタッフのスキー講習をほぼ毎日やってますが、スタッフでボードはじめてのかたむけ体験講習を始めた、還暦も過ぎて今さらボートやる気は全くなかったのですが、孫がやるかもしれないし、とりあえずどんなものか体験してみました、立っているのがやっとこさで、勝手に回るわではじめはこけまくり、とにかく両足固定される感は、スキーしてる側からするとありえない感覚です、何だかんだで始めてスキーやる方の気持ちになれますね、ちょとでも手を持ってもらうと、物凄く安心する、先生は天使に見えます。リフト乗って、思った所に何とか滑ってこれるようになりました、楽しかったです、
イザベラ・バードの通った道(山形県川西町編)その21
今日で2019年1月も最終日!はやいものです、昨年"川西町主催のバードが歩いた桃源郷を歩く"に参加したのが7月14日140年前とおなじ日、ようやく川西町編の終わり川西町洲島の舫い石のあるところの投稿になります、ここは昔、最上川を渡る渡し船のあった場所、大きな板碑が転用され、船をつなぐ舫い綱を通す穴ががあいてます、そもそも板碑は、鎌倉から室町時代にかけて建てられた供養塔ですが戦国期以降急激に廃れ、廃棄されたり他の用途に転用されているものです、この場所の対岸は、高畠町になり、写真には千代田クリーンセンターが見えます、その近くには伊達家の墓に板碑など残っています、この板碑も、元は何処にあったのか気になりますけどね、かなり大型の板碑です、小学校から付き合いのある幼なじみは、置賜の板碑分布は全て調べ尽くしているようだから聞いてみようと思います。ハードの通った道、置賜散策は、これで飯豊町と川西町が終了し、小国町一部に高畠町、南陽市が残ります、このペースだとあと2年くらいかかりそうです。
2019.01.31:li-no:コメント(0):[イザベラバードの通った道]
軽井沢で寮生活
一晩で1メートル以上積雪がある雪国に比べ、軽井沢は降っても5センチくらいかな、一昨日朝、ここきて最大の積雪でしたけどもね、軽井沢プリンスホテルの寮前の道路珍しくまっ白、米沢に比べたら、なんでもない積雪です、夕方帰宅したころは、とけてましたね、一昨日プリンスホテルスキー場は自然雪が降りとても滑りやすかったです、やはり人工雪と自然雪はちがうな、軽井沢で寮生活もあと半月ほど、思えば山形から東京都日野市旭ヶ丘の東芝日野寮にはいったのが1975年のこと、間もなく東芝の宇宙事業部発足に伴い川崎市幸区にある東芝小向に転勤、寮は横浜市鶴見区駒岡寮にはいりました、バス停のすぐ近くにあった居酒屋、寮近くの銭湯には、屋台の焼鳥やさんがいて風呂かえりに一杯、たまのぜいたくと酒好き先輩と行ったな懐かしい、寮の裏は坂になっていて、スケボーしてました、そんな思い出がよみがえる、寮生活は4年半ほどあれから40年、また寮生活になるとは、今日は、朝のプライベートレッスンに午前の一般、午後から修学旅行生相手の講習です、あと半月頑張ります--