毎朝通勤途中上杉神社を散歩していくようになって2週間になるがいつも寒さに耐え懸命に生きている野良ネコたちを目にする、そして自分の前をにゃーにゃーと急いで通り過ぎる猫、その先にはボランティアで清掃している?おじいちゃんがいます、ねこは遠くてもそのじいちゃんを見つけて進んでいきます、おじいさんはポッケからさりげなく餌を放って去っていくようですが、朝ほんわかしたいい気分になります。
VWバス
レトロ感たっぷりのVWバスを見に行った、友人の工房で改造中のもので依頼者はカフェをやってる方、VWバスは人気あり憧れます。このフォルクスワーゲン開発者はフェルデイナンド・ポルシェ博士でしたヒットラーの命でフォルクス『国民』ワーゲン『車』として大人2人子供3人がゆったり乗れる構想、価格も破格で、そんな困難な開発を引き受けたのでした、時は第二次大戦でシュビムやキューベルワーゲンと軍用に転用され耐久性抜群で部品は少量と開発エピソードが書かれた雑誌をみて車買うならワーゲンかなと思っていた頃、入社2年目運よくアメリカシカゴへ海外出張、ここでボロボロのワーゲンやチョップトップといって屋根を詰めた個性たっぷりのワーゲン改造車を目にしてしまい、買うならやっぱりワーゲンと決めたのでした、帰国し出張あぶく銭+親父に少し借りて71年モデルのVW1300を手に入れる、1977年二十歳の時でした、初めて手に入れたマイカー、バタバタという空冷特有のエンジン音に体中の血が沸騰するような感覚だったのを今でも鮮明に覚えている。あーーお金に余裕あるならほしいなーワーゲン今でもワーゲンミニカーは見つけると買ってしまうのです・・。わが青春の一コマ愛車前で1977年か1978年ころだったな
朝の上杉神社
天元台スキー場行き社バスは上杉神社前で乗るようになり、早めに行って毎日神社内を散歩するようになった、神社の参道から日が昇る景色も毎日変化があり面白い、ぶらぶらと神社入り口の灯篭はいつのものかとか写真に収めては、何気に社名を調べたりしている、灯篭は大正13年7月竣工とあり両神社百円献燈會員氏名が刻まれていて各銀行店長名や織物関連会社などがみられ往時の時代背景などを感じます、中央の両羽銀行は明治11年(第八十一国立銀行)から両羽銀行となり明治29年に創立、当時の資本金は30万円、初代頭取は米沢士族の池田成章となって昭和40年には行名を「山形銀行」に改称し、今日に至っています。
休日は大忙し
1週間ぶりの休日で朝一は人形作り、そしてひさしぶりのそば打ち、あんまりやってないと感覚おかしい、スキー仲間の検定合格祝いでうちくることになっていて、そばでも出そうと準備していたが来る日のスキーこぶ練習で仲間の人がじん帯断裂の大けがで病院搬入等で延期になる、せっかく準備したからそば打ち練習、そして掃除して、スキー行ってスキー仲間にあって、確定申告出し行って、まどかの風呂行って、ワーゲンバス改造見に行って、ブログ書いて、またクラフト人形作りと休みは貴重で時間が足りない。そういえば玄関に野菜おいてあった、福島のスキー仲間がおいて行ってくれたもの、ありがたや・・米沢スキー場の大半は福島の人です。。雪ないところで安泰して遊べるってわけ、地元米沢はスキーしてる間に雪積もって家入れないとか除雪で大変でスキーして遊んでる場合でないという人が多いのです、福島は冬でも路地野菜があるっていいですよね、でも私は雪あるとこが四季がはっきりして好きなのです。