松山さんのこと

その当時、新宿のデング蚊で有名になった御苑、明治通りがあり、御苑に向かって左側に緑苑街という飲屋街があった頃、
松山さんと勉強会の後、ゴールデン街の後行ったり、
”ジャム”に寄った後行ったりしてた。
そこには”ナナ”という私の友人の女の子がやってた”ひとあり”という店があり、
そこにはナナの仕事仲間のファッション関係の卵達が集まっていたりしてた。
栗山氏とそこへ飲みに行ったとき、ここは玄関なので後で奥に入ろうといって1時間半くらい飲んでたら、”そろそろ、由利ちゃん奥へ入ろうか”と栗山氏が言ったので
”いや、ここが店でここしかないんだよ”
栗山氏はその店の小ささにびっくり。
そこから御苑街に入ると片側は紫色のライトがついてる
一間だけの店がずっと並んでた。おかまさんの店もあったが、
かなり怪しげだが顔なじみになってたこっちには誘いはなかった。

その反対側には”のら”や”西武門”そこを出たところに
”うらく”という店があり、うらくの店のママも美人だったが
そこは新左翼系らしく、自由法曹団の弁護士や学生がいたりとか。
例によって松山先生の”ぶどう狩り”
そのママさんも慣れたもので、サッとよけてぶどう狩りさせず、
(ぶどう狩りとは、松山さんが一瞬女性のおっぱいに触れたことを、ぶどうを狩ったといって、ワンワンといって犬のおまわりさんの唄と歌うこと)
店の女の子たちも一瞬のことといっても”松山さん駄目!”
とか”ワンワンさんたら”って言って、油断はしてない。
(つづく)