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インフルか。。。

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1月24日(火)  早朝は雪 しだいに激しく降り 夕刻は一時晴れ  夜にまた雪

 

5時45分に目覚めた。

除雪車が来て行ったなぁと、外の様子を見ると、30~40㎝も積もっておりびっくり。

9時までかかって除雪した。

 

娘の園から、インフルエンザA型を発症しているという連絡があった。

相方が休みで、娘を連れて小児科医院へ行った。

 

お昼ごろ、支払いやら用足しで、銀行などを周ってから帰宅。

そして、今日二度目の除雪作業を1時間半ほど行う。

 

相方と娘が帰宅し、インフルエンザA型との診断とのこと。

さぁ、体調が低迷してる母にうつったら大変だし、十分に注意をし、所毒などマメにして感染を防がねばならぬ。

 

午後も事務手続きや支払い。

 

娘は処方された薬を飲み、早めに寝せる。

伝染しないとよいなぁ。

 

 

 

 

 

1月25日(水)  朝方雪から日中は晴れ

この日も除雪で始まる一日。

 

朝、不燃ごみの入った重い袋をゴミに出そうと道路に出ると、お隣の旦那さんが「もういったぞはぁ」と言ってくれた。

今日は早いなぁ。

これ、収集所まで行ってだめと判ったら、ガッカリする。

教えてもらって助かった。

 

午後から、建物の周囲の雪片づけ。

裏側は、軒が低いので、落雪式の屋根から滑り落ちた雪は、地面から屋根まで続いてしまう。

ある程度雪の降り方が落ち着かないと危険なのだ。

 

それが終わると、駐車場にしている場所を除雪機で飛ばす。

30㎝から40㎝の雪なのだが、雪が湿っていて重たいのが、除雪機で飛ばす感触からも分かる。

とりあえずお天気は落ち着いてきたようだ。

 

 

 

 

 

1月26日(木)  晴れ

 

インフルエンザのため、少なくても娘は金曜日まで登園できない。

相方は出勤し、私は車の定期点検を予約しているので、さてさてどうする。

ばあちゃんいるから、1時間ちょっとお留守番できる?

そう尋ねたら、ビデオを見ていられるということなので、出かける。

 

ディーラーさんの店に10時30分に行き点検を受けた。

その間、珈琲をいただいて、読書など。

外を眺めていると、会社の小型のローダー車でお店の周りと、前の道路の歩道の除雪をしている。

車道と歩道の間に壁になっている雪もきれいにしている。

雪国では、こういうちょっとした気遣いで、車で道路へ出るのも安心できるようになるし、歩行者だって嬉しいと思う。

大切なサービスの一つだと思えるなぁ。

 

たちまち小一時間経過してお昼に帰宅。

 

昼過ぎに、母が調子が悪いらしく、「どこ悪いか判んないんだげんどよぉ」と言う。

まさかインフルでは、と思うが熱はなさそう。

こちらも動けないので、姉にお願いしてかかりつけ医院へ連れて行ってもらった。

身支度も時間がかかるようになっており、14時半~2時間ほどで帰ってきた。

幸いインフルでもなく、どこがどうということでもないらしく、薬を貰って帰ってきた。

このところこうしたことが多くなってきた。

 

除雪機の部品が一部壊れたので、はずして直してもらうことになった。

なんだか、いろいろ壊れたり調子が悪かったり。。。

 

夕刻に、ハウス式の車庫の雪を落とす。

ビニールが古いため雪の落ちが悪いのだ。

19時に終了、一安心。

 

 

 

 

 

1月27日(金)  晴れ  午後から小雨  夜になって雪

 

朝方強い冷え込み。

日中は緩んだものの、昼ごろに突風のような強い風が吹いた。

どうも、天気の変化が大きいような感じ。

 

夜中に相方が発熱。

これは、インフルの可能性が高い。

一人朝食を食べて、除雪作業、お寺の前が狭くなってきたので幅出しをする。

 

娘に朝食を食べさせようとするが機嫌が悪く、あまり食べない。

 

医院へ行った相方は、やはりインフルA型とのこと。

いやはや、私も厳重に予防しなければならない。

 

午後3時ごろから除雪。

除雪機のシューターの先を取っているので、ものすごい勢いで遠くへ飛んでゆく。

そのかわり、微調整ができないので駐車場と裏側を片づける。

夕刻前に、機械屋さんがやってきて、壊れた部品を溶接して持ってきて取り付けてくれた。

これで一安心。

 

二人は安静に、かつ私と母とは隔離(オーバーだけど)して予防。

 

ドタバタしていたら、明日のご法事のことを、施主様から電話が来るまで忘れていた。。。

お迎えに上がるか?と言うことだったのだが、この状態ではとてもそうもいかず、ありがたいけれど自力で行くことにした。

2017.03.25:dentakuji:コメント(0):[なあまず日記]

357 『生きなおす、ことば』

  • 357 『生きなおす、ことば』

書くことのちから   ―――横浜 寿町から

 

大沢敏郎:著

(太郎次郎社エディタス  2003年9月18日 初版印刷、10月10日 初版発行)

 

 識字学校、という場があることを知らなかった。

 それよりも、現代の日本の社会で、読み書きがができない人が少なからずいるという認識はなかった。様々な身体的・知的障害があることによって読み書きができないということではなく、学ぶ機会がないまま生きてきた人たちがいるということ。

 生きて行く上で、もし自分がそういう状態だったらどうなるのだろうと、このパソコンの文字を打ちながら考える。

 

 学生時代出合った人のことを思い出した。

 学校自体は首都圏の街中にあるのに、一般教養科と専門科目の一部が、隣県の田舎にキャンパスがある学校に通っていた。田んぼが広がる学校の近くに小さな戸建てを安い家賃で借りて学生生活が始まった。
 その敷地内に、前の住人が残して行ったけっこうな量の様々な廃棄物があった。何か事情があったのか、そのせいで家賃も安かったのかもしれない。管理している不動産屋が片づけのための人夫をよこしてくれるという。

 5月ごろ、浅黒く日焼けした、初老という感じの人のよさそうな人(おじさん)が、やってきた。

 テキパキと片づけ、一緒に車を運転してきたもう一人の人と、10時にお茶にした。

 自分は山形の田舎からでてきたばかりで、田舎言葉でもあったし、ぼそぼそとしゃべっていると、その浅黒い伯父さんは、言葉が関東とか関西とかではなく、聞いたことのないようなイントネーションの言葉だったのを覚えている。

「おじさん、どこの生まれですか?」と尋ねると、人懐こい笑顔のまま「ずっとずっと南の島からだよ~」と言った。

それ以上は尋ねなかったのだが、作業に来た二人の話を聞いていたら、この伯父さんの方は、読み書きができないということに気がついた。

思い出すに、そのおじさんは、現在の私ぐらいの年齢ではなかっただろうか。

相方に指図を受け確認しながら仕事をする、もちろん運転免許はないのだろうから、こうして誰かと組んで仕事をしていたのだろう。

 

この本を読んで、なぜか、その時のことを思い出した。

 

耳で覚えた言葉はもちろん話せるわけだが、今、いろんなこと、職を得る・住む場所を求めるにも、情報を文字で見なければわからないし、多くの書類で物事は決裁されているから字が書けなければ、更に煩雑な手続きが必要となる。

読み書きが当然できるということが、社会で生きることの前提になっているのだ。

けれど、なんらかの事情でそれができない人がいて、そのための場がこうしてあるということ、それは「生きなおす」ということなのかもしれない。

 

2017.03.19:dentakuji:コメント(0):[お寺の本棚]

重い雪

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1月19日(木)  晴れ

 

朝の積雪は10㎝足らずで、さっとスノーダンプで入り口を払う程度だ。

今日も引き続き、お寺の建物の周囲の雪片づけを行う。

 

それから、ご葬儀の準備を始めた。

年始からも、お亡くなりになる方が多く、この度も斎場の都合がどうしてもつかず、四日目のご葬儀である。

それまで、ご自宅で過ごされるようなご家庭だと、家が非日常的な出入りになり大変ではあるものの、葬祭ホールの通夜室を使用せざるを得ないご家庭だと、移動の時間や経費がかかってしまうということがあり、なかなか大変だ。

 

お昼は、珍しく相方が作ったお弁当。

なのですが、これ、出勤時 玄関に(自分のを)忘れてゆきました(^^;

それで私が頂くことになったというわけです。

 

13時30分から、市役所で市の外郭団体の役員会があり出席。

今年度は、何かと用が重なり、出席できないでいたので、今日は久々に出席。

 

約1時間半の会議を終えてから帰宅し、再びお葬儀の準備を行い、建物の裏側で雪を片づけた。

週末の天気は下り坂で、また雪が降りそうである。

 

 

 

 

 

1月20日(金)  曇り

 

今日は、母の眼科通院の付き添いで、10時まで市立病院へ行く。

足腰が弱っている母の移動は大変で、時間に間に合わせようと思うと、かなり早めに声を掛けておかないといけない。その、余裕を持った時間を、だんだん長く取らなければいけなくなってきた。

今日は視野検査を行い、視力は0.8程度あるのだが、全体で四分の一ぐらいの視野が見えにくくなっているとのこと。
何かを見る時に、眼だけ動かさないで、顔を動かして対象を見るように意識しなければいけないのだが、若い時から眼は良くて、長年身に付いた感覚は、簡単に修正できないと思う。ゆえ、たびたび声を掛けるようにしたほうがよさそうだ。

 

お昼に帰宅して、14時に約束の保険に関する話があり、担当者の方が来宅し、1時間ほど。

引き続き、ご葬儀の準備を行った。

 

 

 

 

 

1月21日(土)  雪のち曇り 昼ごろから晴れ

 

お葬式の準備は思っていたより時間がかかってしまい、未明まで。

というのは、書くものがとても多かったため。

なんとか終えて、仮眠して6時に目が覚めた。

 

10㎝ほどの積雪だが、市道の除雪車が来て行ったので、除雪作業。

雪が湿っており、大変重い。

 

8時前に、当初出席予定していた、介護施設の会議に欠席のため、伺って施設長さんとお会いしてご挨拶。

今年度、二か月に一度とはいえ、土曜日の午前中開催が定例になっているため、お勤めの関係上、1~2回しか出席できていなくて、申し訳ないかぎりである。

 

10時から、米沢市内の葬祭ホールで御葬儀。

斎場が手配できる時間の関係上、御葬儀を先に行い、その後で出棺し14時から火葬となる。

Z寺様の伴僧で、12時前に告別式と忌中法要を無事に終えることができた。

 

昼食をとって、私は斎場へ。

火葬のご供養をさせていただき、お見送りをして一旦お寺に戻らせていただいた。

 

16時から、檀払い。

通常、葬祭ホールの会場で行うのだが、その会場もいっぱいとのことで、大きなコンベンションホールでの檀払いとなった。

故人とご家族の人柄や交友関係の広さから、そうとう多くの参会者である。

私の父の交友関係との重なりもあり、知人も多く、ご挨拶をいただいた。

17時半に会場を辞して帰宅。

 

一息ついて着替えをして、娘を園に迎えに行ったら、もう18時15分になっていた。

とにかく無事に御葬儀を終え、多くの人と言葉を交わさせていただいた。

合掌

 

 

 

 

 

1月22日(日)  晴れ時々曇り  午後から小雪

 

朝は強い冷え込み。

少々疲れているのに、5時半に目が覚めてしまった。

今日は日曜日だがお勤めの予定が無く、雪片づけが無くゆっくりスタート。

 

午前中、新しいカレンダーを掛けていなかったことに気がついた(今頃)(^^;

頂いたものを、配置を考えながら掛ける。

これは、毎年父親がやっていたことだった。

客間の、通常は開けない襖のところに、ずらっと並べて掛けていたもので、私の友達が来るとたまげて笑っていた。

お付き合いのある業者さんから頂くので、義理堅く(というのか)掛けていたのだと思う。

 

午後から親族一家が来宅し、しばし談笑。

夕刻に買い物に出かけて、帰宅してから夕食を作り、母親と二人で夕食。

この頃、母親との会話がかみ合わなくて、あまりしゃべる気力がなくなることが多い。

意識して話しかけた方が良いのだろうが、そこのところがちょっと辛い。

 

21時頃、相方と娘が帰宅した。

 

 

 

 

 

1月23日(月)  朝は小雪  のち、日中は激しい雪 夕刻にやや治まる

 

朝の積雪は10センチ程度で、除雪車が来ており、家の前の雪を片づける。

雪がとても重く1時間半ほどかかってしまった。

 

娘が頭が痛いと言い、熱があるようなので測ったら39℃あった。

けれども、元気はあり、午前中は熱も下がったようだった。

 

9時30分から、市民憲章団体の小中学生の書き初めの審査会お手伝いで文化センターへ。

図書館が移動してから、ここへ行く機会が少なくなって、久しぶりである。

12時までで終了し、いくつか用事を済まして帰宅。

 

家の前の積雪は30㎝を超えていた。

午前中、外の様子を見ていて、かなり降っているなぁと感じていたのだが、想像以上だった。

16時半まで得除雪作業。

18時半から、福祉施設の会議があり出かけた。

近道して裏道に回ったら、雪で道が半分ぐらいに狭くなっており、しかも前方ですれ違う車の接触事故があったようで、帰って時間がかかってしまい、10分遅刻した。会議は20時前に終了。

 

帰宅すると、娘は再び熱が上がったとのことで、居間で寝ていた。

今年はまだ流行していると言うほどではないらしいが、インフルエンザの恐れもあるので、翌日診てもらうことにする。

 

 

 

 

 

2017.03.17:dentakuji:コメント(0):[なあまず日記]

雪の晴れ間に

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1月16日(月) 晴れ

 

先週から降り出し、一気に積もった雪!

やっと晴れ間。

となれば、もう雪片づけをしなければ。

玄関前と駐車場などは毎日できるが、裏側は晴れ間が出ないとできません。

 

建物の裏は、軒が広くて、もともと萱ぶきの面積の広い屋根から落ちた雪は、軒下から繋がって落ちてこない状態になるのです。

なので、足場のない屋根に慎重に登って上から落としてゆきます。

屋根の状態がわかっていないととても危険、段取りを間違えると一気に落下する。

 

青空、気持ちよい!

一度、軒先からこけて転落したものの、無事に一日を終えた。

もし、こけた時に、運悪く屋根から雪の塊が落ちてきたら・・・、そう考えると怖いです。

さて、明日も雪片づけだぁ。

 

 

 

 

 

1月17日(火)  曇り

 

さぁ、今日も雪片づけ!

建物の前の雪も相当な雪の量!

こちらは軒がかなり高いのだが、それでも落ちた雪が軒に着いた。

しかも、手抜きして囲っていなかった一ヶ所があり、そこに雪囲いをしなければならぬ。

ホームセンターから木製のラティスとダンプレート買ってきて、貼り付けたら、恰好がついた。

ちょっと長いけれど、丈夫なんだし、まぁいいでしょうということで。。。

今日も一日雪片づけで終わり。

 

 

 

 

 

1月18日(水)  晴れ時々曇り

 

今日も雪片づけ。

建物の東側と、ハウス車庫の周囲を飛ばす。

あとは、建物の西側が気にかかる。

本堂と奥座敷とつなぐ場所が低いため、毎年苦労する場所がある。

l気にかかって入るのだが、午後はちょっと休憩をしたい。

 

夕刻前に伯母の家へ二七日のお参りに行く。

 

帰途、家から電話が入り、檀家さんから電話連絡があったとのこと。

帰宅して確認すると檀家さんより訃報であった。

 

19時過ぎにお宅に伺い、枕経をお上げして、日程についてご相談。

斎場が混みあっていることもあって、四日後に火葬・葬儀を行うことになった。

 

この夜は強く冷え込む。

雪が降らないとよいのだが。。。 

 

 

 

 

2017.03.12:dentakuji:コメント(0):[なあまず日記]

356 『なめくじ艦隊』

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志ん生半生記

 

古今亭志ん生:著
(ちくま文庫 1991年12月4日 第1刷発行、2001年1月30日 第11刷発行)

 

落語家 5代目志ん生の半生記。

1890年生まれで、1973年に83歳で亡くなっている。

私は、子供の頃、テレビかラジオで噺を聴いた可能性はあるのだが、記憶が定かではない。

父と母方の祖父がお寺の奥座敷で、お祭りなどの御札づくりを何日もしている時、いつもラジオがかけてあり、落語の時間がよくあった。
後に思えば、志ん生の噺も聴いたような気がする。

 

後に、落語のテープが売られるようになり、成人になった私は、よく聞くようになった。

姿は見えないが、もう、高座に出て噺始めると なんだか可笑しいのだ。

まるで見えているように感じたものだ。

 

さて、「なめくじみたいに、切られようが突かれようがケロンとして、ものに動せず、人にたよらず、ヌラリクラリとこの世の中の荒波をくぐりぬけ・・・」というように、自分の半生を振り返って自らをなめくじに例えて語っている。
まさに、志ん生の噺に出てくるとぼけた登場人物以上に面白い。

湿地ですぐに水浸しになるような長屋に住むことになってしまい、ナメクジが大量発生して悩まされてというエピソードがある。

そのヌラリとした風貌が、ナメクジのようであり、なかなかにしぶとくもちょっと物悲しくも可笑しい、半生にふさわしいなと思ったのだした。

 

 

2017.03.11:dentakuji:コメント(0):[お寺の本棚]