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米屋こうじさんの作品を観て

  • 米屋こうじさんの作品を観て

 駅茶で行われている「長井線今昔(記録写真&米屋こうじ展)」を観て来ました。その中で、米屋さんの上の作品が妙に印象深いものでした。私にとっては「妙に」と言わざるを得ないような奥深いものを感じるのでした。

 

 撮影地はこれまでも多くの作者が選択した場所であるし、構図も大雑把に言えば特に目立った差異はないように思います。けれども作品の前に立つと、全体に淡いトーンの世界に引き込まれるような錯覚にとらわれました。細部をみると、空の色のグラデーションが、その奥に聳える山並みを包み込んでいます。それぞれの光を放って映る木々の若葉は、油絵のように盛り上って見えるのです。霞のような淡いふる里の風景の中で、フラワー号と共に生命の歯車が確かに時を刻んでいる。そんな作品のように思えました。

 

 在廊されていた米屋さんに、着任して2か月経っての感想と作品に対するお考えを聞くことができました。米屋さんは「実際に住んでこの地域を観ると、季節が確実に進んでいることを実感する。」と語ってくれました。また、「自分の予断やこれまでの作品創りの視点を排除して、目に映るものをそのまま受け入れることを心掛けている。」とも教えてくれました。

 

 米屋さんの言葉からは、着任地あるいは撮影地に敬意(リスペクト)をもって向き合おうとする姿勢を感じました。「芸は人なり」と言います。米屋さんの次の作品を観る機会を楽しみにしたいものです。この作品展は、6月1日(日)までの会期です。ぜひご覧になってみてください。

2025.05.31:orada3:コメント(0):[駅茶こぼれ話]

「懐かしい」ということ

  • 「懐かしい」ということ

 「長井線の今昔(記録写真×米屋こうじ写真展)」もあと1週間となりました。国鉄時代の最後の駅舎風景をご覧になった方からは、「懐かしい!」の声が上がりました。年配の方々はもちろんですが、若い方からも同じような感想が寄せられます。自分が直接体験したものでなくとも、メディアなどで何となく見聞きしていることから、親しみを感じて、「懐かしい」という感情が湧いてくるのでしょうか。

 

 「懐かしい」場所は、年配の人にとっては自身の楽しかった体験や想い出に誘う空間である。それは同時に「常に新しいものを追い続けなければならない」時代に生きる若者にとっては、レトロなもののゆるさや温かみに、癒しの場を「懐かしい」と感じるのかもしれません。さらに「木造駅舎」の持つ魅力が加わるのかもしれません。かつて写真家・宮嶋康彦さんに「街歩き撮影ツアー」をお願いした時に、宮嶋さんは次のようなことを私たちに語ってくれたものでした。「都会からの参加者は,『普通』に心が癒されるもの。旅人は,長い歴史を感じたい。時間が作り上げた歴史と失われたものを感じたいものである。」と。

 → 木造駅舎の魅力 (「旅と鉄道~木造駅舎紀行」から):おらだの会

 → 宮嶋康彦さんからのメッセージ:山形鉄道 おらだの会

 

 60年振りに成田駅を訪れた方が、米屋こうじさんの写真を見てポツンと言いました。「米屋さんの写真には全部、背景に山がありますね。この山々が懐かしくて、嬉しくて、そして有難いものだったんですね。」と。長井の街は昨晩、黒獅子が街を練り歩く伝統の祭りが行われました。米屋さんの作品に感動された方も、その祭りをご覧になっているだろうと思います。「祭りは懐かしくて、嬉しくて、有難いものだなぁ。」と、奥さんに話しているかもしれませんね。(写真展は6月1日までです。どうぞお見逃しなく。)

2025.05.25:orada3:コメント(0):[駅茶こぼれ話]

囲炉裏で火を焚いていたのでしょうか

  • 囲炉裏で火を焚いていたのでしょうか

4月25日 切り絵を見に来ました。駅舎の中、落ち着きます。

 

4月27日 車窓から見た枝垂れ桜が素敵なので降りてみました。山形にはまだ春が残っている! 大変趣きのある駅舎も素晴らしいです。昔は囲炉裏で火を焚いていたのでしょうか。(あきら)

 

4月29日 これから東京、横浜に行きます。いい駅ですね。(HI)

 

 

【おらだの会】囲炉裏は、おらだの会が駅舎の整備の際に設置したものです。残念ながら火は焚けませんが、駅に降りた方や列車を待つ人を温かく迎えてくれます。 

2025.05.23:orada3:コメント(0):[駅茶こぼれ話]

みんなで桜の樹を植えないか(蚕桑駅の桜のこと)

  • みんなで桜の樹を植えないか(蚕桑駅の桜のこと)

 ゴールデンウィークも終わり、孫たちも帰京し、それぞれが日常の暮らしへと戻って行った。2025年の桜シーズンの閉幕にあたって、紹介したい桜がある。それは蚕桑駅の防雪林の間に植えられている桜である。山形鉄道を退職された友人から、その桜は平成5年頃、山鉄社員の手で植えたものであることを教えられた。

 

 当時、山形鉄道は開業間もなく、国鉄OBやJRからの出向者、そして山鉄職員の間にはぎこちないものがあり、社長に対して組織改善の嘆願書なども出されたという。そんな時に、社員が協力して桜の樹を植えたのである。友人が入社間もない頃で、その後の職業人生の中でも、一番記憶に残っている事だと語ってくれた。

 

 「みんなで桜の木を植えないか」と、最初に声を上げたのは誰だったろう。その声を上げるまで、その人はどれぐらい悩み、どれほどの勇気が必要だったか。さらに「みんなで一緒にやろう」と続けてくれたのは誰だったのだろう。組織の中で新しい風を吹き込むことは大変なことである。けれどもこの桜の樹は、そうした困難を乗り越えて植えられたのだ。

 

 30余年の歳月が流れ、山鉄社員にもこの桜の由縁を知る人はいなくなっただろう。詐取事件や社員の大量退職による減便運行など、山形鉄道を取り巻く環境は厳しい。社員の中にも辛いものがあることだろう。けれどもそんな後輩の姿を、この桜はいつも見守り、応援しているはず。「僕らはみんなで桜の樹を植えたよ」と。山形鉄道の皆さん、頑張れ!!

 

 

【おらだの会】 写真は山猫さん提供。

2025.05.07:orada3:コメント(0):[駅茶こぼれ話]

米屋さんが地域おこし協力隊に!

  • 米屋さんが地域おこし協力隊に!
 これまで様々な形でおらだの会や山形鉄道を応援してくれた鉄道写真家・米屋こうじさんが、4月4日から長井市の地域おこし協力隊に着任し、山形鉄道の魅力を写真や動画で伝える仕事に就くことになりました。米屋さんは志望の動機をSNSに次のように投稿されています。<

///50歳代も半ばを過ぎ、生きてもあと20年ほど。人生でやり残したことがないだろうか、そう振り返ったとき、以下のように思いました。「今までは取材して伝えるという部外者としての立場だったが、自分のアイデンティティの基となる鉄道に直接関わり、人々の役に立つような仕事を生涯の中で一度は経験してみたい」と。///

 業界における位置や評価を投げうっての転身に対して、多くの方からコメントが寄せられましたが、その中で次の言葉が心に響きました。
///素晴らしくまた嬉しいニュースです。ご決断と想いに感謝と共に勇気をもらう人が大勢いると思います。私もその一人。生きて今に流れ着いているのには、何か役目があるのでないか、あればいいなと考えています。何かご一緒させていただける機会があれば嬉しいです。///

 山形鉄道を取り巻く環境は極めて厳しいものがあります。こうした時に、この地に飛び込むことを決断した人がいます。山形鉄道の全ての社員はもちろん、2市2町の役場職員、そして私たち住民自身もその在り方を考える時でないか。この地に漫然として生きて来た私たちにも、きっと何か果たすべき役目があるのでないかと思うのだが。
2025.04.05:orada3:コメント(0):[駅茶こぼれ話]