4月25日 切り絵を見に来ました。駅舎の中、落ち着きます。
4月27日 車窓から見た枝垂れ桜が素敵なので降りてみました。山形にはまだ春が残っている! 大変趣きのある駅舎も素晴らしいです。昔は囲炉裏で火を焚いていたのでしょうか。(あきら)
4月29日 これから東京、横浜に行きます。いい駅ですね。(HI)
【おらだの会】囲炉裏は、おらだの会が駅舎の整備の際に設置したものです。残念ながら火は焚けませんが、駅に降りた方や列車を待つ人を温かく迎えてくれます。
ゴールデンウィークも終わり、孫たちも帰京し、それぞれが日常の暮らしへと戻って行った。2025年の桜シーズンの閉幕にあたって、紹介したい桜がある。それは蚕桑駅の防雪林の間に植えられている桜である。山形鉄道を退職された友人から、その桜は平成5年頃、山鉄社員の手で植えたものであることを教えられた。
当時、山形鉄道は開業間もなく、国鉄OBやJRからの出向者、そして山鉄職員の間にはぎこちないものがあり、社長に対して組織改善の嘆願書なども出されたという。そんな時に、社員が協力して桜の樹を植えたのである。友人が入社間もない頃で、その後の職業人生の中でも、一番記憶に残っている事だと語ってくれた。
「みんなで桜の木を植えないか」と、最初に声を上げたのは誰だったろう。その声を上げるまで、その人はどれぐらい悩み、どれほどの勇気が必要だったか。さらに「みんなで一緒にやろう」と続けてくれたのは誰だったのだろう。組織の中で新しい風を吹き込むことは大変なことである。けれどもこの桜の樹は、そうした困難を乗り越えて植えられたのだ。
30余年の歳月が流れ、山鉄社員にもこの桜の由縁を知る人はいなくなっただろう。詐取事件や社員の大量退職による減便運行など、山形鉄道を取り巻く環境は厳しい。社員の中にも辛いものがあることだろう。けれどもそんな後輩の姿を、この桜はいつも見守り、応援しているはず。「僕らはみんなで桜の樹を植えたよ」と。山形鉄道の皆さん、頑張れ!!
【おらだの会】 写真は山猫さん提供。
1億円超の詐欺被害に続いて3月25日、地元紙にショッキングな記事が掲載された。「フラワー長井線 乗務員不足で減便へ」という記事である。昨年の12月から3月末日までに運転手4名、車掌1名が退職する予定であり、4月から3分の2に減便せざるを得ないというのである。退職者の中に、駅茶でお話しを伺う機会があった若い車掌さんも含まれていた。
夕方、孫にせがまれて列車を見に行くことがある。「あおポッポ(あやめ号)きたね」。車掌さんが手を振り返してくれるのを見ては、「ポッポバイバーイ」を叫ぶ。マスクをしていても車掌さんの笑顔は、大人の私でさえうれしく感じるものだった。夕暮れに走り去る列車と車掌さん、それを見送る2歳の子の姿は、私自身の遠い日の記憶につながるように思えたものだ。
ホームで列車の写真を撮っている女性がいた。彼女は、「山鉄ブルーの制服がカッコよくて、車掌さんや運転手さんの一つ一つの所作に美しさを感じます。」、「60秒間だけのワクワク、憧れの君です。」と笑いながら話してくれた。ホームには、それこそローカル線の機微といえるものがあるように思うのだが、彼は子供にも大人にもそれを伝えてくれていたように思うのだ。
3月は別れと旅立ちの季節でもある。夢を持って入社し、頑張ってきた職場を退社することを決意するには煩悶の時間があっただろうと思う。寂しいけれども心からのエールを送りたい。新しい場所でも「憧れの君」であって欲しい。そしてあなたが創ってくれたホームでの出会いと感動が、これからも受け継がれていくことを願っている。
【おらだの会】写真はNAさん提供。
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当会のブログ「おらだの会3」が、3月21日、100万回のPⅤ(ページビュー:閲覧された記事数)を達成しました。「おらだの会3」は2019年12月11日のスタートですから、5年と3か月で到達したことになります。
「今の若者はツィッターやインスタだよ。」と教えられたことがあります。この後に続けて「今の時代にブログやるのって年寄りだけだよ。」と言われそうです。表現されるものは全く違うかもしれませんが、友達からの「いいね!」を励みにするのと、「今日は○人の人が見てくれた」と一喜一憂するのは、同じようなものだなとも思います。
ふと待合室に展示している切り絵の作品を思い出しました。自分たちが創り上げた都市が、巨大な鯨の上に乗っかっているというもの。見ようによっては、自分たちの意志で作り上げてきたと思っていたものが、実は大きな時代というものに誘導され、翻弄されていることを暗示しているようにも見えます。
自分たちの考えで投稿してきたと思っていたブログも、もしかすると時代の波に書かされていた部分もあったかと思います。そんなことを頭の片隅に置きながら、ほどほどの「いいね」を励みにして、鯨の背中で揺られるのを楽しみながら続けて行きたいと思います。これからも皆様のご支援とご指導をよろしくお願いいたします。
第1回の記事はこちらから