天元台のトレイルランが6月28日(日)開催、第5回 白布温泉×新高湯温泉×天元台高原 トレイルランニング大会が開催されました、ミドルコースは白布温泉街~新高湯温泉~アルブ天元台まで、ロングコース半分の標高差(約550m)を走ります。トレイルランニングや山を初めて走る人、走ることが好きな人などトレーニングとして最適ですかね・・・ロングコースは白布温泉街の遊歩道を通り、新高湯温泉→天元台高原の「北望台」まで駆け抜けます。縦に長いエリアの地形を活かしたコースプロフィール・標高差(1,020m)となりますね・・そういえば現役時代、会社のメンバーで富士登山競争に参加してました・・富士吉田市役所スタートで”山頂コース" 約21km(標高差約3,000m)と "五合目コース"約15km(標高差約1,480m)の2つの部門に分かれている大会・・もちろん山頂コースに参加してました、山頂コースと5合目コースともに人数制限があり、まずはエントリーすることが難関でありました、健康診断書を取得して、誓約書だしてですね、市役所スタートが朝早いので皆で前泊しての参加、仕事の調整も必要でした、参加のメンバーは会社の陸上部、走友会で合わせて多いときで10名程度、ほんとに相当なあほな物好きさんだけでしたね、若かりし頃でした、あれから40年近くたちましたね、今はのんびり山歩きだけです、現在の富士登山記録見たら2025年の完走率は44%とどれだけ狭き門でレベルが高い大会かがこの数字から読み取ることが出来ますね。時間内完走目的でしたが寒さで断念とか、悪天候で途中中止とかもありました、3回目の挑戦で頂上時間内完走でした!今年第79回となる富士登山競走は7月24日、山梨県の富士吉田市役所をスタートとなる・
ムカシヤンマ
昨日、我が家の台所の隅で死んでいたトンボ、家から出れなくて死んでしまったのでしょうね・・気が付いていれば出してあげたのにね・・オニヤンマにしては小さいし、ムギワラトンボにしては色が黄色だしで、見たことがないように思います、Google画像検索したらムカシヤンマとありました。
調べると、ムカシヤンマは、山地の湧き水や湿った斜面など、とても限られた環境にだけすむトンボです。幼虫は湧水地の土やコケの間に穴を掘って数年かけて育ち、小さな水生生物などを食べる肉食性の捕食者で、日本の本州から九州にかけて分布するトンボですが個体数は少なく局所的に生息しているとされています。とある・・そういえばシオカラトンボは数年前に一度見たきりで全く見られなくなった・・
父の日も過ぎて
今年の父の日は6月21日(日)でした、20日に宅急便が来てましたが、不在メモでした再配達か取りに行くことになる、なかなかいけないまま一昨日ようやく取りに行く、開けてみると今年もビールでした、キリンにアサヒ、サッポロ、サントリー、エビスもあって早速飲み比べしました・・今日は我が家でギター練習の日、今日もおいしく飲めますね・・さて、この父の日、導入され始めたのが1950年頃(昭和25年)と言われてます、昭和32年生まれの私ですが、小学生の頃、母の日は知っていてプレゼントした記憶はあります、父の日は全く記憶がない、父の日でプレゼント送るようになったのが35過ぎてからだったかと思います、日本でも現在のように父の日が一般的になったのが1980年代だそうで・・実に30年もかかったのですね・・父の日は、母の日と同じくアメリカ発祥です。
誕生したきっかけは、ソノラ・スマート・ドッドという女性の嘆願によるもの。
ソノラの父親は軍人で、南北戦争から復員した後に男手ひとつで6人の子どもたちを育て上げたのだそうです。
6人兄弟の末っ子だったソノラは、ある日教会で行われていた説教を聴き、母の日があることを知りました。
そこで、父の偉業を称えようと1909年に牧師協会へ「父親へ感謝する日も作ってほしい」と嘆願。その思いによって1910年6月19日に初めて父の日の式典が開催されたのだそうです。誕生月が6月だったから、父の日の由来は育ててくれた自分の父親に対して、「感謝を伝えたい」という気持ちからだったのですね。式典が一般に浸透するまでには、6年もの年月がかかったといわれています。日本の30年よりはいいのですがね、多くの人が認知するようになった父の日は、1966年には第36代大統領リンドン・ジョンソンが「父の日」を称賛する大統領告示をだして、6月の第3日曜日を「父の日」と定めたのです。
そしてついに1972年、父の日が6月第3日曜日にある国の記念日として正式に制定されたのでした。
くろがね小屋(安達太良山)
6月18日安達太良山登山、奥岳登山口集合でロープウェイにて山頂駅へ上がり、薬師岳~峰の辻経由で周回コースでした、途中くろがね小屋の状況みると更地になり基礎の工事中でした・・この山小屋は安達太良山の中腹にある公共の山小屋で、名のとおり軒先に吊るされた『黒い鐘』がシンボル・・温泉付きの山小屋として親しまれていた、小屋の南面には、周囲の自然に配慮した太陽光発電のためのパネルが設置され、自家用発電機との併用で小屋に電気を供給し、厳しい冬には懐かしいダルマストーブが登山者を温かく迎えて入れてくれておりましたが老朽化のために2023年3月31日で営業を終了し、工事の看板見たら令和10年10月まで工事となってました・・再来年秋ですね、もう来年は古希、再来年はどうなんだろうか元気でいるだろうか??








