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コロナ禍の中で迷走するメディアと浮遊する言葉…

  • コロナ禍の中で迷走するメディアと浮遊する言葉…

 

 「人権や多様な価値観を尊重し、差別のない社会に貢献すべき公共放送としてこのような事態を招いたことは痛恨の極み。改めておわびします」―。NHKは国際情報番組「これでわかった!世界のいま」で放映したアニメ動画について、こう謝罪した(17日付)。6月7日に放映された同番組は黒人差別に反対する米国内のデモを解説する内容で、私もたまたま見ながら「大丈夫かな」と正直思った。たとえば、こんな場面…財布を握りしめた筋骨隆々の黒人男性が粗野な口調で「黒人より白人は平均で資産を7倍も持っているんだ。そこによう!新型コロナウイルスの流行だ」などと話し、周囲には黒人の男女が群がり、暴動を連想させる様子が描かれていた。案の定、批判が殺到した。

 

 「もっと多くの考察と注意が払われるべきだった。使われたアニメは侮辱的で無神経」(米国のジョセフ・ヤング駐日臨時代理大使のツイッタ-)―。アニメへの批判はこの点に集約されている。つまり、コロナ禍と黒人差別を結び付けたまでは良かったが、そのことを〝経済格差”にすり替えるという認識の浅はかさを露呈したというお粗末である。「人種や民族、ジェンダ―などを番組で扱う際は、協会内外の幅広い人材が、複眼的にチェックする体制をつくる」(正籬(まさがき)聡放送総局長)としきりに頭を下げるが、何を今さらという感じ。逆に国へ右ならえとばかり、「ニュ-ノ-マル」(新しい日常)へと誘導し続ける最近の放映内容に「さすが国営」と納得感すら。

 

 「(編集委員が)ツイッタ-に不適切な投稿をしました。本社は、報道姿勢と相容れない行為だったと重く受け止め、専門的な情報発信を担う『ソ-シャルメディア記者』を取り消しました。本人が説明やおわびなしにアカウントを削除したことも不適切でした。深くおわびします」(3月13日付「朝日新聞」電子版)―。さて、こっちはわが古巣の謝罪文である。件(くだん)のツイッタ-とは「あっと言う間に世界中を席巻し、戦争でもないのに超大国の大統領が恐れ慄(おのの)く。新型コロナウイルスは、ある意味で痛快な存在かもしれない」という内容。会社側は「不適切」をこう説明する。「ウイルスの威力の大きさを表そうとしたようですが、『痛快』という言葉は著しく不適切で、感染した方や亡くなった方々のご遺族をはじめ多くの皆様に不快な思いをさせるものでした」

 

 この文章を読みながら「表現の自由」などという大げさなことではなく、“言葉狩り”という悪夢をとっさに思い出した。新型コロナウイルスに「コロナ神」という尊称を献上し、さらに「(災厄に)価値転換の期待感」を抱く堀田善衛や私(6月18日付当ブログ参照)などはさしずめ“不心得者”として、断罪されること必至である。そういえば、足元にも「言葉がないがしろにされる」事例があった。

 

 「第1号になっても県はその人を責めません。感染者は出ていいので、コロナかもと思ったら相談してほしい。陽性は悪ではない。陽性者にはお見舞いの言葉を贈ったり、優しく接してあげてほしい。誰しも第1号の可能性がある」―。“感染者0”を維持し続けている当岩手県の達達増卓也知事は6月15日の記者会見で、「他県から来た源義経を虐(しいた)げたとたんに奥州平泉が滅びた。県外の人を虐げないようにというのが歴史の教訓」…などとトンチンカンな比喩を持ち出しながら、県民にこう訴えた。意味不明というよりも言語表現そのものが死に瀕しているような危機感に襲われた。

 

 私の周りにも「自分だけは第1号にはなりたくない」という声が多く、そのことが感染予防に一定の役割を果たしているのは事実であろう。しかし一方で「ゼロリスク症候群」というある種、過剰な強迫観念が背後に見え隠れすることも否定できない。行政トップが「病魔」と「罪過」とを同列で扱うこの言語感覚はもはや言葉の“自殺行為”と言わざるを得ない。「陽性は悪ではない」と声高に言えばいうほど逆に「健康第一主義」(感染者0)を補強しかねないからである。たとえば、県外からの移動に神経をとがらせた異様な光景の数々と、そうした心理的な反作用。歴史の悲劇は言葉の喪失と同時進行してきたことをいま一度、思い起こしたいと思う。

 

 

 

 

(写真は“黒人差別”を増長した感のあるアニメ動画の一場面=インタ-ネット上に公開の写真から)

 

 

 

 

 

 

「マスクとミサイル」から「マスクとデモ」へ

  • 「マスクとミサイル」から「マスクとデモ」へ

 

 「この分では日本国の一切が焼け落ちて平べったくなり、階級制度もまた焼け落ちて平べったくなる、という、不気味で、しかもなお一面においてさわやかな期待の感であった。あの頃に、空襲で家を焼かれた人々が、往々にして、歎き悲しむのではなくて、…『焼けてこれであたしもサッパリしました』とよく言ったのは、そこにやはり何程か異様な期待の感があったからではなかったろうか」(『方丈記私記』)―。作家の堀田善衛は鴨長明の『方丈記』に重ねながら、東京大空襲(1945年3月10日)に遭遇した時の気持ちをこう書いている。

 

 東日本大震災の際、一方では口にするのを憚(はばか)りつつも私自身、内心では同じ気持ちを抱いたのも事実だった。「この災厄を機に開発至上主義の価値観は変更を迫られるだろう」とインテリの多くが語り、私もそう期待したのである。「戦争や自然災害などは風景を一変させるので、集団の記憶に残りやすい。これに対し、風景を変えない感染症は忘れられやすい」―。歴史学者で日本国際文化研究センタ-の磯田道史・准教授はこう話していたが、果たしてそうだったのか。「10年ひと昔」を前にして「3・11」はすでに忘却の彼方に押しやられ、「復興五輪」に日本全体が浮足立ったことは記憶に新しい。そして、それに待ったをかけたのが今回のコロナ禍だったという事実も何やら予言めいている。

 

 「Black Lives Matter」(黒人の命「は=も=こそ」大切だ)―。こんなプラカ-ドを掲げたデモの隊列が世界を席巻(せっけん)している。全員がマスク姿である。米国における新型コロナウイルスの感染者は2百万人を超え、死者も11万人以上に達するなど世界で群を抜いている。しかも、黒人の死者は白人の2倍以上に及んでいる。そんな時、黒人男性が白人警官に殺されるという凄惨な事件が重なった。「風景」の背後に隠されていた人種差別や貧困のむごたらしさが未知のウイルスによって、その表皮がべろりと引きはがされたという思いにかられる。プラカ-ドには「警官はウイルスである」というスロ-ガンも。

 

 「歴史的な英雄か、人種差別の象徴か」―。新大陸を“発見”したことで知られるコロンブス像の撤去や破壊など「白人至上主義」の歴史そのものにも矛先が向けられつつある。米国映画の名作「風と共に去りぬ」について、米国の動画配信サ-ビス会社は「奴隷制を懐かしむ場面がある」などを理由に急きょ、配信を停止する事態に至った。こうした波は欧州にも飛び火し、例えば英国では奴隷商人の銅像が引き倒され、海に投棄されるという事件も発生した。「コロナがあぶり出した社会の実相」が今後、「パラダイムシフト」(価値の大転換)の呼び水なるのかどうか…

 

 「かつていったい誰が予感し反省しえただろうか。核爆弾の過剰とマスクの過少。それらが絶望的に併存する光景を…」(3月28日付「信濃毎日新聞」など地方紙配信記事「マスクとミサイル」)―。作家の辺見庸さん(75)はこう書いている。「マスクの過小」は感染症に対する危機管理の不在を浮き彫りにしただけではない。それはむしろ、“マスクデモ”が訴えかけるようなある種、文明論的な表象(シンボル)のような気がしてならない。堀田が、そして私自身が抱いた「期待」もたぶん、そんな感情だったのだと思う。しかしその一方で、私の心の片隅には「もうなるようにしかならない」という捨て鉢な心性も頑固に巣食っている。老い先が短いせいなのかもしれない。

 

 「ゆく河の流れは絶えずして、しかももとの水にあらず。よどみに浮かぶうたかたは、かつ消えかつ結びて、久しくとどまりたるためしなし。世の中にある人とすみかと、またかくのごとし」―。『方丈記』は余りにも有名なこの書き出しで始まる。「世は常ならず」という“無常観”がひしひしと伝わってくる。「禍福は糾(あざな)える縄の如(ごと)し」―。諸行無常(しょぎょうむじょう)というやつである。

 

 

 

 

(写真はコロナ禍をきっかけにマスク姿でデモ行進する人たち=米ニュ-ヨ-クで。インタ-ネッ上に公開の写真から)

 

 

 

 

 

 

ヒグマを叱る…野生動物とのソ-シャルディスタンス

  • ヒグマを叱る…野生動物とのソ-シャルディスタンス

 

 「こらっ、この野郎」―。襲いかかって来るかと思いきや、目の前に現れたヒグマは人間が発する大声に身をひるがえし、静かに森の中に消えていった。ユネスコの世界自然遺産に登録されている北海道・知床半島で、人とヒグマが“共生”してきた36年間の貴重なドキュメンタリ-番組「ヒグマを叱る男」(6月7日放映NHKBS1スペシャル)を見ながら、いまや知らない人間などいない「ソ-シャルディスタンス」(社会的距離)の原型がここにあるのではないかと思った。そして、今回のコロナ禍は自然界(たとえば、野生動物)との間のこの掟(おきて)を破った「文明」へのウイルス側からの逆襲ではないのかという想念にかられた。

 

 約500頭の野生のヒグマが生息し、4千種以上の生物多様性に恵まれる知床半島は2005年にユネスコへの登録が決まった。その突端に近いオホ-ツク海側に「ルシャ」という集落がある。アイヌ語で「浜へ降りる道」という意味である。集落とはいってもサケマス漁の時に基地となる「番屋」に漁師が仮住まいするだけ。青森出身の大瀬市三郎さん(84)がここを拠点にしたのは23歳の時である。一帯には約60頭が棲(す)みついている。昼夜を問わずに番屋のまわりに出没した。ハンタ-に駆除を頼んだが、「命を奪った」ことに後味の悪さを感じた。ある時、大型のヒグマが背後から近づいてきた。無意識のうちに「こらっ」と怒鳴った。くるりと背を向け、去っていった。大瀬さんとヒグマとの不思議な“交流”がこの時から始まった。

 

 「クマの目をじろっとにらんで、にらめっこ負けしないこと。腹の底から大声を出し、勇気をふるって足を前に一歩、踏み出す。クマは強い者勝ちだから、クマより俺の方が強いという暗示を与えておかなければだめ。そして、絶対に餌を与えないこと。一回与えたらいつでも貰えると思うようになる。つまり、あんまり親しくしないことが肝心なのさ。ルシャで襲われた者はひとりもいない」―。大瀬流「叱る」極意はある意味で、ヒグマとの会話から生まれたものなのかもしれない。

 

 ある年、サケマス漁が例年になく不漁に見舞われ、好物にあり付けないで餓死するヒグマが相次いだ。世界一の生息地と言われるルシャでは2年続きの不漁で少なくとも9頭の飢え死にが確認された。栄養失調死した子クマの体をなめ続けていた母クマがやがて、我が子を置き去りにして立ち去った。「非情な顔を見せつける大自然。これも自然界の掟さ」と大瀬さん。海岸に流れ着いたイルカの死骸をロ-プでつなぎとめる大瀬さんの姿が映し出された。飢えたクマたちがむさぼるように食らいついた。「いっぱい、食ったな」と大瀬さんはうれしそうな表情でその光景をじっと、見守った。命をつないだという安ど感があふれているようだった。

 

 番屋の屋根にアイヌのエカシ(長老)像が飾ってあった。ふと、グマを殺す側の民族の世界観に考えをめぐらしてみた。アイヌ民族にとって、ヒグマは頂点に君臨する最高神で「キムンカムイ」(山の神)と呼ばれる。この神は黒い毛皮で正装し、お土産に肉や胆(い)を携えて人間の国に遊びにやって来る。アイヌの人たちはそう信じてきた。だから、クマ猟は「(カムイを)お迎えに行く」ということになる。射止めたクマの霊を神の国に送り返す神聖な儀式が「イヨマンテ」である。霊前にはご馳走が並べられ、朗々たるユカラ(英雄叙事詩)や踊りが捧げられるが、どうしたわけか話が佳境を迎える寸前にその語りがピタリとやんでしまう。

 

 神の国に戻ったクマ神は人間界への旅の報告会を開いて、こう話すのだという。「人間の国はなんとも楽しいところだ。ご馳走は食べきれないほどあるし、何といっても、あの歌や踊りの楽しいこと。でも、ひとつ不満がある。あんなに面白いユカラが突然、終わってしまうんだから」―。こんな話を教えてくれたアイヌ民族初の国会議員、萱野茂さん(故人)がニヤニヤしながら語った言葉がまだ、鮮明に記憶に残っている。

 

 「(人間の)仏さんには最後までユカラを聞かせてやる。でないと『夕べの続きはどうなった』と死んだはずの人がまた、目を覚ます。ところが、クマ神の場合が逆。これからっていう時に『後はあすのお楽しみ』と終わりにわけ。すると、クマ神はその続きを聞きたくなって、また人間の国を訪ねてくる。ユカラは長いもので1週間も語りが続く。長ければ長いほど、クマ神が人間の国へ遊びにくる回数も多くなるっていうわけだ」―。そう言えば、大瀬さんもこうな風に話していた。「人間がそこにいるのもひとつの自然の姿だから…。山の木や草だけが自然ではない。人間の営みもヒグマたちの生活も同じ雄大な自然の一部なんだ」

 

 そう、アイヌ民族も大瀬さんも巧まずして、とうの昔から「ソ-シャルディスタンス」を実践してきたにすぎない。共通するのは自然界に対する「畏敬の念」であろう。生と死を包摂(ほうせつ)する究極のコミュニケーション術がここにはある。その禁を犯したいわゆる“文明人”たる我われはいま、“マスクダンス”とでも呼びたいような新舞踊を踊らされている。何となくパントマイム(無言劇)の趣(おもむき)がある奇妙な光景である。

 

 

 

 

(写真は近づいてきたヒグマを「叱る」大瀬さん=放映されたドキュメンタリ-番組の一場面。インタ-ネット上に公開された写真より)

「ベニスに死す」…“思考停止”から抜け出すための処方箋

  • 「ベニスに死す」…“思考停止”から抜け出すための処方箋

 

 コロナ禍がもたらした自粛ム-ドや同調圧力が強まる中、こうした風潮に異議申し立てをする“言論”が影を潜めつつある。こんな時にこそ、出番が期待される作家の辺見庸さん(75)の肉声を久しぶりに聞いた。NHKEテレ(6月7日放映「こころの時代―緊急事態宣言の日々に」)に登場した、歯に衣着せぬ“毒舌”は相変わらず健在だった。「カオス(混沌)のいまこそ、言葉の復権を」…聖書から映画、東西の知性(注記参照)を動員した洞察は鋭利な刃物で時代の闇を切り裂く凄みさえ感じさせた。しかし、私はむしろその背後に漂う静かな「死生観」に引き寄せられた。辺見さんはある映画を引き合いに出しながら、生と死を語った。

 

 「ベニスに死す」(ルキノ・ヴィスコンティ監督、1971年)―。ドイツの文豪、トーマス・マン(1875―1955年)の名作を映画化したこの作品の舞台は20世紀初めのイタリア有数の観光都市・ベニス。感染症(コレラ)が蔓延するこの地を初老の音楽家が避暑に訪れる。コレラ禍のうわさが広がるそんなある日、神のごとき美少年に出会う。体調がすぐれない一方で、少年に対する思いは逆に高まっていく。主人公はまるでスト-カ-みたいに少年の後を追い続け、死の影が忍び寄る街をさまよい歩く。やがて、病魔に侵され、少年の姿をまぶたに焼けつけながら、死んでいく。BGMは「エリ-ゼのために」。結局は実ることはなかったが、ベ-ト-ベンが心を寄せた若き貴婦人に捧げた曲だと言われる。

 

 「(疫病下での)滅びゆく者の美しさ。風景全体をある種の美として描き切ったのが面白い」と辺見さんはポツリと言い、こう続けた。「あの風景の中には“人類はこうあるべき”とは違う、まったく“わたし”的な生き方がある」―。東日本大震災の際もそうだったが、いつの時代でも大災厄は個々の人間存在の根源そのものを問うてきた。今回、この名画を見直してつくづくとそう思った。「ニュ-ノ-マル」(新しい日常)という奇怪な“現象”は私にとっては、生と死を無化する陽炎(かげろう)ように見えてしかたがない。以下、印象に残った「辺見」語録(要約)を掲載する。

 

 

 

★「(コロナ禍のいまだからこそ)本当に表現したい。深呼吸しながら、し~んと人間の存在を考える。未来が判然としない半透明の中で、手探りしながら…」

★「コロナ撲滅挙国一致統一戦線みたいだ。緊急事態宣言そのものが超憲法的で超法規的。歴史が暗転する時の警戒心がなさすぎる」

★「コロナで何が立ち上がったかと言えば、人間ではなく『国家』(像)が立ち上がった。このままでは日本が滅びる、アメリカが滅びると」

★「人間の英知は意外に進んでいない。いま必要なのはシンプルな平等感や正義感。コロナ禍の中で人間はもっと謙虚でければならない。集団で眉をひそめられる世間って、いやだな。うるせいって」

★「想像(フィクション)を超えて、リアリティ(現実)が無限に展開していく、否応のない不条理。それを表現しようと思っても、あらゆる言葉が陳腐になる。耳目が洗われる言葉…欲しいのは言葉だ」

★「科学だけではこの問題を解き明かし、深めるのは難しい。哲学も文学もあらゆることを動員して考えなければならない」

★「聖書世界を想起せざるを得ない風景がいまある。人間の終わりとか存在の終わりみたいな…。聖書を文学的にとらえる。アレゴリ-(寓意)が思考を深めるきっかけになる」

★「コロナ禍の特長は人間の無名化と数値化。個の営みを数値の中に組み込み、名無しの人間にしてしまう」

★「コロナに罹患すること自体があたかも負の価値みたいにとらえられている。たとえば、手洗いを励行しないなど現在のル-ルを守れない『悪』だとか」

★「アメリカのコロナ患者の半数は黒人かヒスパニックス。死亡率も何倍も白人より多い。根幹の問題は貧困。(コロナがあぶり出した)貧困はその人の責任ではない」

★「健康の義務化。不健康は自己責任みたいなコロナの『健康論』には怒りがない。コロナが教えてくれたものこそが、我われが暮らす社会の冷酷さではなかったか。こんなインチキな社会だったんだ、と」

★「(行動変容という表現に)まず、言語的にゾッとする。自動翻訳機で翻訳したいみたいで気持ちが悪い。この社会はこうも脆く、言語世界まで動揺している」

★「生活様式の変更を国家が指示するのはファシズム以上。その一方で(強権発動を待つ前に)民衆社会の基層部の劣化が進んでいる。私権を自ら制限していくという,たとえば『自粛』」

★「ニュ-ノ-マルが新しい優性思想に姿を変えるのではないかという不安。救われる者と救われない者との分断がされ、弱者がそのおびただしい死によって淘汰される。そんな予感の中をどう生きて行けばいいのか」

★「自分が生きる尺(しゃく)を今日一日に区切る。きょう一日分だけ。どこまで続くかわからない、毎日をやっていくしかないかなぁ」

 

 

 

《注 記》

 

●旧約聖書「コヘレトの言葉」

~「なんという空しさ すべては空しい。かつてあったことは これからもあり、かつて起こったことは これからも起こる。太陽の下、新しいものは何ひとつない」

●堀田善衛(作家、1918―1998年)

~「大火焔のなかに女の顔を浮かべてみて、私は人間存在というものの根源的な無責任さを自分自身に痛切に感じ…」(『方丈記私記』)

●アラン・シリト-(英国の労働者階級出身の作家、1928―2010年)

~「風邪をひいても世の中のせいにしてやる」(貧困層の怒りを表現)

●スラヴォイ・ジジェク(1949年、スロバキア生まれの哲学者)

~「(コロナ禍の三重の危機は)まず感染症そのもの、つぎは経済の破綻、そして精神の崩壊。(この事態を生き延びるための容赦のない措置として)人間の顔をした野蛮が正当化される(たとえば、恣意的なトリア-ジ=生死の優劣)」

●ジャン・ボ-ドリヤ-ル(フランスの思想家、1929―2007年)

~「人間もウイルスみたいなもの。人間がウイルスを発見したのではなく、ウイルスが人間を発見した」

 

 

 

 

(写真は古典的な名画「ベニスに死す」の一場面=インタ-ネット上に公開の写真から)

「新しい日常」から“ニュ-ノ-マル”へ

  • 「新しい日常」から“ニュ-ノ-マル”へ

 

 ステイホ-ムやソ-シャルディスタンス、リモ-トワ-ク、テイクアウト、エッセンシャルワ-カ-、アフタ-コロナにウイズコロナ、ついでに言えばオン飲み(オンライン飲み会)にアベノマスク…。いま、巷(ちまた)にはまさにパンデミック(大流行)並みのカタカナ語が氾濫している。最近では「新しい日常」が「ニュ-ノ-マル」(新常態)などと翻訳されて、ひとり歩きし始めた。感染症予防のための「新しい生活様式」が気がついてみれば、“体制用語”に変換されているという危うさ。そう、歴史はそうやって繰り返されてきた。

 

 満5歳で敗戦を迎えた私にとっての“ニュ-ノ-マル”は「戦後民主主義」だった。父親を戦地で失った悲しみをいやすことができたのも、これまで感じたことのなかった時代の風だった。「Hey、Come On」―。チュ-インガム欲しさに占領米兵が運転するジ-プを追い回すのが、当時の子どもたちの新しい生活様式のひとつだった。これまで嗅(か)いだことのない不思議なにおいだった。B29の砲弾に追われ、防空壕に身をひそめる日々からの「解放」をかみしめたのは実はこの「アメリカのにおい」だった。当時はまだ、希望の光が満ちあふれていた。あれから75年―戦後民主主義が後期高齢期を迎え、足腰がヨタヨタし始めたちょうどそんな時、コロナパンデミックが襲いかかった。

 

 「60年安保世代」―。物心がついた大学生時代、私たちはこんな呼ばれ方をした。当時、アメリカへの従属をより強めるための「日米安全保障条約」の改定をめぐる政治交渉が緊迫の度を加えていた。こうした動きに警戒を強める労働者や学生たちが国会を包囲した。皮肉なことにこの時のエネルギ-の源(みなもと)こそが全身に浴びるように注がれた戦後民主主義の洗礼だった。改定を強行した当時の岸信介首相は責任取って辞任したが、高度経済成長を満喫したのもつかの間、その後はバブル崩壊や「失われた20年」に見舞われて現在に至っている。そしていま、過去に経験したことがない未曾有の危機の陣頭指揮をとるのが、岸元首相の孫にあたる現安倍晋三首相である。これもまた、もうひとつの歴史の皮肉である。

 

 「大人も初(はじ)めてのピンチにどうすればよいかわからず、なやんでいます。みなさんは歴史(れきし)の当事者(とうじしゃ)です」―。群馬県内の教師が新一年生にこう呼びかけたという新聞記事を目にした。自らの「思考停止」状態を正直に告白するこの教師の誠実さに好感を持った。いまの私も視点の定まらない五里霧中をさ迷い歩いているからである。

 

 今回のコロナ禍をきっかけにニュ-トンの「万有引力の法則」にまつわるエピソ-ドが話題になっている(4月27日付当ブログ参照)。17世紀、英ロンドンを襲ったペスト禍のあおりで大学が休校になったため、ケンブリッジの大学を卒業したニュ-トンは故郷への疎開を余儀なくされた。今でいう「ステイホ-ム」である。「リンゴが木から落ちる」瞬間を目撃したのは、そんな悄然(しょうぜん)とした心地の中だったらしい。ペスト禍による休校がもたらした偶然…世紀に残るこの大発見をもたらしたステイホ-ムの期間はのちに「創造的休暇」とか「已むを得ざる休暇」と呼ばれたという。次代を担う「歴史の当事者」こそが未来の創造主たりうるということだと思う。

 

 動物学者で東山動植物園(名古屋市)の企画官、上野吉一さん(59)はこう話している。「ひるがえってコロナ禍に目を向けると、そもそも森の中で眠っていたウイルスを、環境破壊よって市中に引きずり出したのは人間でした。人間至上主義が自然との距離感を崩してしまったのです。もう一度、ホモ・サピエンスとしての身の丈を見直すよう迫られていると私は考えます」(6月5日付「朝日新聞」)―

 

 「Normal」(正常)は時として、「Abnormal」(異常)を際立させるという逆説をあわせ持っている。たとえば、耳目をそばだてれば「緊急事態宣言」発令の背後から憲法改正の“底意”が立ち上がってくる気配が感じられる。「戦争」から「平和」へ…戦後民主主義の“揺りかご”に揺られて育った私たちの世代は、こうした危機に乗じた時代の変調にはことさら敏感になってしまう。「コロナ世代」という言葉を最近、耳にするようになった。ウイルスと共存する「新しい文明」を創造できるのはコロナの申し子である、この世代を抜きにしてはあり得ない。“ニュ-ノ-マル”のいかがわしさを嗅(か)ぎとる嗅覚がいま、求められている。私にとってのそれが「アメリカのにおい」だったように……

 

 

 

 

(写真は国際統一規格―「ソ-シャルディスタン」の風景=米ニュ-ヨ-クで。インタ-ネット上に公開の写真から)