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大手廃棄物処理業者「サンクリーン」が身売り…“兼業”疑惑の中で!?そして、今日は原爆忌

  • 大手廃棄物処理業者「サンクリーン」が身売り…“兼業”疑惑の中で!?そして、今日は原爆忌

 

 花巻市内の大手廃棄物処理業者「サンクリ-ン」の経営陣が今年6月15日付で一新されていたことが会社謄本(履歴事項全部証明書)の記載でわかった。同社は代表取締役や監査役の“兼業”疑惑で市民の間に不信の声が高まっていた。今後の経営は同日付で、同市内の同業他社である「理水興業」(今野秀實社長)に受け継がれた。

 

 一般廃棄物や産業廃棄物の収集処理を手がけるサンクリ-ンは昭和50年に設立。2014年(平成26年)、上田東一市長が就任するまでは同氏が代表取締役(社長)の地位にあったが、地方自治法第142条(兼業禁止)の規定に基づき、配偶者の妻美智子さんにその座を譲った。

 

 この件について、私は市議時代にこうただした。「(配偶者の代表取締役)自体は法に抵触するものではないという前提に立ったうえで、コンプライアンス上の、いわゆる“社会的な規範”について、どう認識しているか」(平成28年6月定例会)―。当時、全国の自治体では首長の行動規範などを定める条例の制定が相次ぎ、たとえば、富山県氷見市では「氷見市長等の行動規範及び政治倫理に関する条例」(平成28年6月制定)の中で、「地方自治法第142条の規定の趣旨を尊重し、市長等の配偶者若しくは1親等の親族又は法人に対し、市等との請負契約等を自粛するよう働きかけ、市民に疑惑の念を生じさせないよう努めること」(第7条)と規定していた。

 

 私の質問に対し、上田市長は「後任の人材探しが難航した。妻には早く代わりを見つけたい。私と妻の間には“チャイニ-ズウオ-ル”(万里の長城)を張りめぐらし、情報交換は一切していない」と「利益相反」原則の重要性を強調する一方で、「法的に問題ないが、議会がダメだというなら、その旨を条例で制定してほしい」と“開き直り”のような答弁を繰り返した。

 

 一方でその後、同社をめぐって監査役兼任“疑惑”が浮上した。東北有数の温泉地を抱える花巻市の観光業は市財政を底支えする基幹産業。花巻温泉郷と花巻南温泉郷には合わせて34のホテルや旅館が林立し、誘客の原動力になってきた。一方、各施設から排出される廃棄物の量も膨大で、その事務処理を担うのが「花巻温泉郷廃棄物処理組合」(安藤昭組合長)だったが、実際の処理業務はサンクリ-ンに一括委託されて行われていた。令和2年度はコロナ禍の影響で一時減少したものの、年間の排出量は1,000トン以上にも及ぶこともあった。

 

 サンクリ-ンへの委託料の2分の1が市側からの補助金で、ここ数年間は年間1,100万円から1,600万円の幅で交付され、残りの相当分が組合負担となっている。私が昨年秋、行政文書の開示請求で入手した組合側の「定時総会」資料によると、コロナ禍前年の令和元年度の市補助金は1,600万円で、これに組合負担分(約2、300万円)を加えた総額39,068,316円が委託料として、サンクリ-ンに支払われていたことが分かった。さらに、令和3年度分の市補助金として1,600万円が予算計上され、組合負担分もほぼ同額となっていた。

 

 ところがその一方で、花巻温泉株式会社の社長でもある安藤組合長が上田市長が就任した直後の平成26年6月29日付で、サンクリ-ンの監査役(会計担当)の重職についていることが明らかになった。「受託」と「委託」の混同―。この件については昨年9月定例市議会の決算特別委員会でも取り上げられたが、担当課長は「地方自治法第142条については、公共団体の長がそういうものに従事する規定はあるけれども、それ以外については先ほど委員おっしゃったとおり、法的な違反をするものではないというところがございますので、市といたしましても、そのような形で認識しているというふうに捉えております」という支離滅裂な答弁に終始していた。

 

 今回の辞任について、前社長の上田美智子さんは自らのフェイスブックに「安定した経営を望んでのことです」と書き込んでいる。また、ホテル業者のひとりはこう話している。「遅きに失した感がある。慣例として行われてきたのだろうが、廃棄物処理組合の組合長に就任した時点で委託先の監査役の職は辞すべきではなかったのか。このままでは世間の納得は得られないと思っていた」

 

 

 

 

(写真は人事を一新したサンクリ-ンの会社謄本のコピ-)

 

 

 

 
 
《追記》~「焼き場に立つ少年」と被曝77年

 

 毎年8月を迎えると、忘れずに向き合う一枚の写真がある。米国人の報道写真家、ジョ-・オダネルが長崎の爆心地で撮影した写真である。オダネルはその少年について、こう書き記している(=要旨、コメント欄に写真)

 

 「10歳ぐらいの少年が、歩いてくるのが目に留まりました。おんぶひもをたすきにかけて、幼子を背中に背負っています。少年は、焼き場のふちまで来ると、硬い表情で、目を凝らして立ち尽くしています。背中の赤ん坊は、ぐっすり眠っているのか、首を後ろにのけぞらせたままです。少年は焼き場のふちに、5分か10分、立っていたでしょうか。白いマスクの男達がおもむろに近づき、ゆっくりとおんぶひもを解き始めました。この時私は、背中の幼子が既に死んでいる事に、初めて気付いたのです」

 

 「男達は、幼子の手と足を持つと、ゆっくりと葬るように、焼き場の熱い灰の上に横たえました。まず幼い肉体が火に溶ける、ジュ-という音がしました。それから、まばゆい程の炎が、さっと舞い立ちました。真っ赤な夕日のような炎は、直立不動の少年のまだあどけない頬を、赤く照らしました。その時です。炎を食い入るように見つめる少年の唇に、血がにじんでいるのに気が付いたのは。少年が、あまりきつく噛み締めている為、唇の血は流れる事もなく、ただ少年の下唇に、赤くにじんでいました。夕日のような炎が静まると、少年はくるりときびすを返し、沈黙のまま、焼き場を去っていきました」

 

 

 

 

選管事務に不手際が続出…選挙の公平性に疑問符~一方で、エールとヘイト(憎悪発言)が混戦模様!?

  • 選管事務に不手際が続出…選挙の公平性に疑問符~一方で、エールとヘイト(憎悪発言)が混戦模様!?

 

 「単なる手違いという言い逃れは通用しない。立候補者にとっては選挙妨害にも匹敵する重大事だ」―。今月24日に投開票が行われた花巻市議選の選管事務に到底考えられない不手際が続出。市民の間には「選挙の無効を訴える訴訟が起きても不思議ではないレベルだ」という厳しい意見が出ている。

 

 「候補者1人欠落し掲載」―。投開票2日後の26日付地元紙「岩手日報」にこんな大見出しがおどった。市議選告示2日後の19日、インタ-ネットの選挙専門サイト(政治山=Yahooニュ-ス)に実際は31人いた立候補者のうち、1人を欠いた情報が掲載された。当事者の板垣武美さん(59)がこれに気が付き、サイト側に経緯を問い合わせた。その結果、市選管(宮川弘海委員長)が誤った情報を提供した事実を認め、サイト側も訂正した。宮川委員長は「二度とこのようなことがないよう確認を徹底したい」と話しているが、ネットは選挙情報を得るための重要なツ-ルだけに、今回落選した板垣さんは「選管側からはいまだに公式の謝罪はない。不信感が募る一方だ」と憤りを隠さない。

 

 有権者が最終的に投票行動を決める際の重要資料(全戸配布)である「選挙公報」の未配布問題がこれに追い打ちをかけた。結果として、選挙公報を見る機会を奪われたある住民は「今回の未配布問題がとくに、ネット環境に恵まれない老人層などに与えた影響は計り知れない」と怒りをあらわにし、①選挙公報はどのような仕組みで配布されたのか、②未配の件数とその原因の明確化、③責任の所在と未配が投票行動に与えた影響度合いの検証、④今事案のHP上への公開―などを選管側に求めたが、「いまだに形式的な謝罪しかない」という。

 

 今回落選の憂き身をみた私自身も選管側の“機能不全”ぶりに振り回された一人。選挙用葉書(2千枚が限度)の住所、宛名は選管が保管する選挙人名簿から直接、手書きで書き移すのが原則。膨大な人数なので、写真撮影などで手間を省く“不正”を防止するという名目で、私自身も選管事務職員の“監視下”で約10日間の難行を強いられた。ところが、ある陣営は監視の目が届かない別室で作業をしていることが発覚。さっそく、抗議すると「今後、気を付けます。時々、事務職員が別室をのぞいてチェックはしています」とのらりくらりの返答。さらには、選挙関連資料は誤字脱字などのミスだらけで、各種の問い合わせにも「ちょっとお待ちください。折り返し、お電話します」の連発。そして、結局はナシのつぶてということもしょっちゅうだった。

 

 今年1月の市長選、今回の市議選に先立つ参院選…。今年はまさに、“選挙の年”であることは衆目の関心事だった。さらに、激烈を極めた市長選の余波で市議選も新人の出馬で当初から激戦が予想されていた。ほとんどパニック状態に陥った今回の不手際の数々については、ベテラン職員を配置するなどの対応を見誤った人事権者の上田東一市長の責任にも及びかねない。今年4月の異動で配置された女子職員の放心したような表情がいまも目に焼き付いて離れない。投開票から早や、1週間が経とうとしているが、選管側はまだ未配戸数などの実態を把握していないらしい。

 

 

 

 

(写真はまるで廃墟と化した花巻城址(新興製作所跡地)を背に「この財産を市民の手に」と演説する私。背後のコンクリート製の残骸の中に猛毒のPCB(ポリ塩化ビフェニル)が不法に放置されている。こんな市政課題に一直線に切り込んだつもりだったが、票には結びつかなかった=7月23日、花巻市御田屋町で

 

 

 

《追記ー1》~「具体と抽象のはざまにて」(474人の支持者からのメッセ-ジとして)

 

 (8月)1日、東和町田瀬在住の造形作家、菅沼緑さんから封書が届いた。今回の市議選で私を熱烈に支持してくれたのも緑(ろく)さんだった。読み進むうちに胸が熱くなってきた。「挫けてはならない」とまた、ムラムラと闘志がわいてきた。私に投票してくれた「474人」の気持ちが凝縮されているように思った。以下に全文を掲載させていただく。

 

 驚きました。まさかの結果に。世の中には具体と抽象があって、そのどっちも大切なのに、時には具体が注目を受け、あるいはやたらに抽象的なイメ-ジだけがひとり歩きをしたりで訳が分かりません。増子さんの演説の具体と抽象が程良く存在する話を聴いて全く疑いを感じることもなく、絶対に支持者は沢山あるはずだと思いました。

 

 結果は真実でもなく、単なる事実でしかない一時的な経過に他ならないとも思いました。増子さんには、これからも全世界の幸福を発信し続けてください。花巻が硬直してやわらかな発想が育たない街だとしても、素直な感性はかくされているだけで、草の根の下で機会を待っている筈だと強く思います。増子さんの素直な感性には私も大いに共感を覚えるひとりです。又楽しんで話ができるような機会を作りたいと思います。

 

 

 

《追記―2》~これで今回の“敗因”の構図がはっきり、見えてきた!?

 

 「こんな人たちに、私たちは負けるわけにはいかないんです」(2017年7月1日、都議選応援の街頭演説)―。白昼テロで暗殺された安倍晋三元総理のこの言葉を反芻(はんすう)しながら、私は「イ-ハト-ヴ市民」を名乗る以下の匿名のコメント(2日付)を脳裏に刻んだ。「そう、私はあなたみたいな人に負けるわけにはいかんのです」

 

 「まずさ。あんたの場合、票数的にも箸にも棒にも掛からない感じだったんだから終わってから負け犬の遠吠えみたいに騒ぐのやめな。そんな老害に今さら何ができんの。時代はもう変わってんのさ」……私はこの発言の背後に、宮沢賢治の理想郷(イーハトーブ)の底なし沼のような人心の荒廃を見たような気がした。「イーハトーヴ市民」ならぬ「イーハトーブ”愚民”」の心の荒廃を…

 

 

 

時々刻々…市議選告示「蝉しぐれと虹」(最終日)~及ばず、悔いなし!!、そして、アブラハムの執り成し

  • 時々刻々…市議選告示「蝉しぐれと虹」(最終日)~及ばず、悔いなし!!、そして、アブラハムの執り成し

 

 「もしも遠い山に色鮮やかな虹がかかれば、奇跡は起こる」―。原爆症の悲惨さを描いた映画「黒い雨」(井伏鱒二原作)はこんなセリフで終わる、しかし、結局は虹が出ることはなかった。一方、選挙戦最終日の23日、私の眼前には五色の虹がくっきりと浮かんだ。「奇跡」は起こると私は思った。

 

 この日は午前中から不思議なことが相次いだ。9時半すぎ、選挙カ-の車中で携帯が鳴った。小学校から大学まで一緒だった親友からだった。大学卒業後、北海道出身の代議士の地盤を引き継ぎ、道議会議員になって現在、9期目。議長を経験した経歴を持っている。私の出馬を風の便りで知った上での激励かからかいの電話かと思ったが、まったくの別件だった。「いま、オレがどこにいるか分かるか。選車の中だよ」と伝えると。相手は「えっと」と驚きの声を上げた。ほどなくして、ショ-トメ-ルが届いた。「必ず当選するよ。花巻で会おう」とあった。

 

 車外は土砂降りの雨に。傘をさし、大声で叫んでいる男性がいる。慌てて、車を飛び降りると見覚えのある男性が立っていた。「あの時は本当にありがとうございました。大槌の仮設で…」―。あの大震災の際、ボランティア活動で知り合った被災者だった。「いまは花巻に居を移しました。さっき、女房と二人であなたへの投票を済ませてきました。その足で孫の顔を見ようとしたら、目の前にあなたの選車が現われるじゃないですか」―。なにか胸が熱くなるような感情が体中を駆けめぐった。

 

 「拡大を続けるコロナ禍、終わりの見えないウクライナ戦争、そして元首相に対する白昼テロ事件…。終末観さえ漂ういまの時代の中、私は賢治さんのメッセ-ジの大切さを訴え続けてきました」―。自宅近くの「雨ニモマケズ」賢治詩碑の前に立ち、私は1週間に及ぶ激しい選挙戦の報告をした。雨はまだ降り続いている。ヒグラシなのだろうが、耳にうるさいほどの蝉しぐれが降り注いでいる。10分ほどの報告を終えた瞬間、厚い雲間からわずかな日差しがもれた。銀河宇宙の賢治に届いたのかもしれないと私はうれしい気持ちになった。帰路にある陸橋にさしかかった途端、ウグイスさんがすっとんきょうな声を上げた。

 

 「候補、あっちの空を見て」―。ひと抱えもあるような太い虹が輪を作っていた。一瞬の間にその虹は消えた。「皆さんのご支援がなかったら、私はとっくに挫折していたはずです。悔いはありません。すがすがしい気持ちです」―。午後8時、“叛逆老人”の選挙戦は最後の「お礼遊説」で1週間の戦いに幕を下ろした。

 

 

 

(写真は賢治詩碑の前で選挙戦の報告をする私=7月23日、午後5時すぎ、花巻市桜町4丁目で)

 

 

 

《追記ー1》~完敗、いや惨敗。「イーハトーブでも”奇跡”は起こらなかった」。それでも悔いなし!!

 

 

 花巻市議選の投開票が7月24日に行われ、私はわずか474票の得票に止まり、31人の立候補者中、最後から2番目で落選した。選挙期間中の前後、私が訴えた宮沢賢治の理想郷「イ-ハト-ブはなまき」の実現というスロ-ガンがほとんど受け入れられなかったことになる。この現実を粛然と胸に刻みたい。しかしその一方で、このことを認識できたという意味では大きな収穫であったともいえる。いまは思いを全部吐き出したという達成感の中にいる。落選しても、”叛逆老人”は死にはしません。ご支援に心から感謝申し上げます。

 

 

 

《追記―2》~「アブラハムの執り成し」と474人の有権者

 

 「まことにあなた(神)は、正しい者を悪い者と一緒に滅ぼされるのですか。あの町(ソドム)に正しい者が五十人いるとしても、それでも滅ぼし、その五十人の正しい者のために、町をお赦しにならないのですか。正しい者を悪い者と一緒に殺し、正しい者を悪い者と同じ目に遭わせるようなことを、あなたがなさるはずはございません。全くありえないことです。全世界をさばくお方は、正義を行われるべきではありませんか。(『旧約聖書』「創世記」)

 

 アブラハム(父祖=預言者)は粘り強く神と交渉を続けることによって、その善良な人の数を50人から10人に減らすことに成功する。旧約聖書のこの一節を思い起こし、今回、私を支持してくれた474人(イ-ハト-ブの住人)とアブラハムが執り成した10人(ソドムの住人)の姿を無意識に重ね合わせていた。「仮に善良な人たちが一握りだったとしても(つまり、悪者が多数だったとしても)そのまちを滅ぼしてはならない。逆にその少数者が将来のまちの救世主なるはずだから…」

 

 


 

 

時々刻々…市議選告示「選挙権はないけれど」(6日目)

  • 時々刻々…市議選告示「選挙権はないけれど」(6日目)

 

 「マスコさん、ドイツでは70歳すぎたら、被選挙権がなくなる。でも日本にはその制限がないんだよね。だから、マスコさんは100歳まで政治家を続けることができるよ。記録に挑戦してみて…」―。花巻市郊外でケ-キ職人をしているドイツ人のポ-ルさんはこう言って、ニヤリと笑った。「人生の余暇を楽しむのがヨ-ロッパ人の生き方。そこが日本人と違うところかな」。選挙って、こんな旧交を温める機会になったり、新たな出会いを生んだりして、とっても面白い。まるで“祝祭”みたい…

 

 ある街宣箇所での出来事―。マイクを握った直後、5メ-トルの至近距離に止めた車から40代半ばの男性が降りて来た。熱心に聞き耳を立てていたが、時折、ポケットに手を入れたり、周囲をうかがうなどちょっと、落ち着きがない。一瞬、あの元首相に対するテロ事件が頭をよぎった、たまたまこの日、私の選挙ポスタ-が掲示板から消えてしまうというハプニングがあったせいかもしれない(コメント欄に証拠写真)

 

 約15分間の演説を終え、その男性に歩み寄った。45歳だという男性な開口一番、こう言った。「あなたの演説をずっと、聞きたいと思っていた。ウグイスさんの声が聞こえたので、後ろについてきた。会えて良かった」―。私は自分の浅慮が恥ずかしくなった。「これまで引きこもりの人たちの支援に生きがいを感じてきたが、コロナ禍の拡大でそれもできなくなった。あなたの力を借りて打開策を考えたい」―。この日の新聞各紙はコロナ感染者がついに1日15万人を超えたというニュ-スを伝えていた。私たちは互いに携帯番号を交換し、再会を約束した。

 

 ウグイスさんが小さな声でささやいた。「ほんとのところ、候補者が襲われたら、どうやって防ごうかな、と。相手の車のナンバ-も必死になって頭に刻んだ」―。後日談に選挙カ-の中は爆笑の渦に包まれた。「選挙って、何が起こるかわからない、だから、お祭りなんだね」

 

 

 

 

(写真はポ-ルさん夫妻を囲んで、記念撮影に収まるスタッフたち=花巻市大沢で)

時々刻々…市議選告示「大当たり」(5日目)~消えたポスタ―!?

  • 時々刻々…市議選告示「大当たり」(5日目)~消えたポスタ―!?

 

 「もう年も年だし、当たるとしてもせいぜい“中気病み”(よいよい)ぐらいなもんだろうな」―。そう思っていたら、ポスタ-掲示の場所取りの抽選で、なんと「1番くじ」を引き当ててしまった。「幸先が良い。当確」、「神のご加護」、「日ごろの行いの現れ」…。友人、知人からまるで、“当選祝い”みたいなメ-ルや電話が殺到した。小学生から大学生に至る成績で「1番」になったことはもちろんなし。宝くじを買ってもいつも「はずれ券」ばかり。選挙は“縁起もの”とはいっても、そう単純に喜んでばかりもいられない。

 

 選挙戦も中盤をすぎ、少しづつ手ごたえみたいなものも感じてきた。アドリブ満載の絶叫調街宣(街頭演説)に一息を入れ、ぐるりと全方位を見回すと…。いるいる。2階の窓から身を乗り出して、じっと聞き入っているおばあちゃん。ちぎれるように手を振っているおじいちゃん。「私は当年82歳。みなさんの代表選手です」と応答すると、本当にちぎれた腕がこっちに飛んできそう。

 

 選挙戦がヒ-トアップする中、他陣営に遭遇する機会もしょっちゅう。道端に整然と並んだ支持者を前にして、公約を披歴する候補者、連呼を繰り返しながら、目の前を風のごとくに通り過ぎる選挙カ―。「候補、候補。うしろ、うしろ」とウグイスさん。振り向くと、鮮やかな色彩の帯みたいな布がヒラヒラ舞っている。ハタと心づいた。「このオレにも『1番』があったじゃないか。“理非曲直”(りひきょくちょく)に頑固な自分が…」―

 

 21日昼過ぎ、この「1番」が自宅近くの掲示板から消えてなくなっているのに気が付いた。「明らかな選挙妨害(いやがらせ)。許せない」、「いや、いやがらせなら、ビリっとはぎ取った形跡が残るはず。逆に丁寧にはがしたような感じだ」、「1番さんに魅了された誰かが永久保存版に盗んだのではないか」…。選挙カーの中はこの”椿事“の真偽をめぐって盛り上がった。”叛逆老人”の選挙の波紋はまだまだ、広がりそうな気配である。

 

 

 

 

 

 

(写真は生まれて初めて「1番」になったポスタ―掲示場の前に立つ私=7月21日午前、花巻市内で)