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新花巻図書館の”迷走劇“…ブルシット・ジョブ、そして~”絵に描いたモチ”!!??

  • 新花巻図書館の”迷走劇“…ブルシット・ジョブ、そして~”絵に描いたモチ”!!??

 

 「声なき声にも耳を傾けてほしい」―。新花巻図書館の立地場所をめぐる市民説明会(10月11日~27日までZoomによるオンライン説明会を含め、計17回開催)には延べ281人が参加し、市側が第1候補地としたJR花巻駅前のスポ-ツ用品店用地(JR所有地)に比べて、旧総合花巻病院跡地(花巻城址隣接地)を「最適地」とする市民の声が大勢を占めた。「強行か否か」―。近く、HP上でその結果が公表されることになっているが、思い出されるのが「住宅付き図書館」の駅前立地構想をめぐる“迷走劇”である。

 

 私自身がかつて、参加した図書館WS(ワ-クショップ)でのアンケ-ト調査で「住宅併設」に賛成した人がゼロという統計数理上、ほとんどあり得ない結果が出た。上田東一市長はその際「アンケートの結果を厳粛に受け止める」として、併設案を白紙撤回した経緯がある。そして、第2ラウンドの今回はその立地場所をめぐる行政判断である。「病院跡地を望む声はたしかに多かった。ただ、その一方でJR側との土地譲渡の交渉自体を否定する声もなかった』―。牽強付会(けんきょうふかい)を地で行くような“詭弁”がもれ聞こえてくるが、ふいに「権力は無駄に相関する」と題する論述を思い出した。筆者はフランス文学者で思想家の内田樹さん。上田市政の「権力と無駄」を見事に浮き彫りにしていると思い、以下にその要旨を紹介させていただく。

 

 「グラウンドデザインを描くことはまさに、絵の描いたモチになりかねない」(上田市長)―。まるで、上田ワンマン市政そのものではないか。じっくりと、味読してほしいものである。上田市長のコロナ療養(ニュ-トン流に言えば「創造的休暇」。10月29日付当ブログ参照)は明日3日まで。

 

 

 

 

●「組織がほんとうに上意下達的であるどうかを簡単に確かめる方法がある。それは『無意味なタスク』(仕事や作業などを指すビジネス用語)を下僚に命じることである。完全にトップダウンの組織であれば、その『無意味なタスク』は遅滞なく末端まで行き届く。だから、『無意味なタスク』を発令しておいて、それに黙々と従う部下を重用し、『これ、意味ないですよ』と突き返してくる部下を排除するという人事考課を10年ほど続けていれば、理想的にトップダウンな組織が完成する」

 

●「どのような有害無益な指示でも、誰一人疑義を呈したり、実行を止めようとする者がいない組織が出来上がる。すばらしく効率的な組織ではあるけれども、『無意味なタスク』について『これをやるのは時間と予算の無駄です』と言ってくれる人間がいなくなるので、結果的にその組織がする仕事のうち『ブルシット・ジョブ』(どうでもいい仕事)が占める割合は増え続ける」

 

●「自分がほんとうに下僚から畏怖されているかどうか知りたがる人間は(無意識的にだが)『無意味なタスク』を発令する傾向がある。自分が権力者として畏怖されていることを確認するためには、誰の利益にもならない『壮大な無駄』を命じて、それが実現するのを見ることだからである。それとは逆に、ボトムアップでものごとを決める民主的な組織では、合意形成には時間がかかる。それぞれ一家言ある人たちが自説を述べるので、なかなか話がまとまらない。その代わり、『誰の目にも無意味とわかるタスク』が採択されるリスクはきわめて低い」

 

 

 

 

(写真は議会答弁をする上田市長。「ブルシット・ジョブ」をいつまで続けるつもりなのだろうか=インタ-ネット上に公開の写真から)

 

 

 

《追記ー1》~油断大敵!コロナでクラスタ-発生か!!??

 

 コロナ感染で自宅療養中だった上田市長が4日、1週間ぶりに公務に復帰した。陽性反応が判明したのは10月27日午後だが、この日午前中に行われた記者会見ではこう語っていた。「急に寒くなってですね。私夜中に寒くて目が覚めたんですけれど、どうかなと思ったので朝、抗原定性検査キットを使わせていただいて陰性であるということを確認して、今業務をしております」―。まさに、油断大敵。一方で、首長の罹患については市民の厳しい眼も。こんな匿名のメ-ルが手元に届いた。

 

 「花巻市長と紫波町長がコロナ感染と各市町のホ-ムペ-ジに載っていますが、10/24に岩手中部水道企業団の議会があり、議会後に懇親会と言う名の飲み会があり、それに出席した花巻市長、紫波町長、議員、企業団などの管理職がほぼ同時期にコロナ感染しているところを見ると、これが原因のクラスタ-と思われますが一切触れられていません。これだけ偉い人が出ている飲み会でクラスタ-になりましたとは言えないことなんでしょうか」

 

 

 

《追記―2》~不信が広がる“クラスタ-疑惑”!!??

 

 上記の追記に関連して、以下のようなメ-ルが寄せられた。個人情報に関わる部分は割愛した上で全文を転載する。市民の不信を払拭するためにも、関係者の誠意ある対応を求めたい。

 

 

 2022/10/24(月)岩手中部水道企業団定例議会が開催され、終了後夕方、花巻市内で懇親会が設けられ、花巻市長は参加しました。花巻市長は岩手中部水道企業団の副企業長を務めているのです。その後、懇親会参加28名中13名が新型コロナ陽性となり、中部保健所はクラスターが発生したと認定しました。疑問に感じる点、調査して頂きたい点は以下のとおりです。

 

(1)懇親会に誰が参加していたのでしょうか。この懇親会は飲酒を伴うものであったのでしょうか。水道企業団内部の職員は局長以下、各課長など12名が参加予定となっていたようです。岩手日報の10/24の市町村長の予定を見れば、北上市長・花巻市長・紫波町長は、定例会に参加。花巻市長はさらに懇親会と記載されております。後日、花巻市長・紫波町長が陽性になったのです。

 

(2)花巻市のホ-ムペ-ジでは、飲酒を伴う会食は「少人数」で「短時間」でと言われておりますが、28人は少人数と言えるのでしょうか。

 

(3)懇親会は、何時から何時まで行われていたのでしょうか。花巻市長は何時から何時まで参加していたのでしょうか。それは「短時間」と言えるのでしょうか。

 

(4)議会定例会等の後、議員と職員が懇親会を開いていることは普通のことなのでしょうか。馴れ合いを生むように感じます。議員、監査委員、職員は互いに節度を持ってそれぞれの職責を果たして頂きたいと思うものです。以上、よろしくお願いいたします。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「歴史の当事者たらんと」…城跡見学会に大勢の市民が参加!!??

  • 「歴史の当事者たらんと」…城跡見学会に大勢の市民が参加!!??

 

 「歴史って、今ここにいる私たちが創っていくもんなんだよね。大昔の人たちの生活のにおいをかぐと、そう思わざるを得ない」―。ある女性が遺跡の一角に目を凝らしながら、ひとり言のようにつぶやいた。足元のくぼ地の層に黒ずんだ部分がくっきり。「炭化物の分析から、当時の『かまど』(台所)の跡だと考えられます。貴重な焼土遺構です」と説明員。

 

 快晴に恵まれた29日、花巻城跡(本丸)の現地説明会が行われた。花巻市教育委員会が「花巻城保存計画」(仮称)の策定に向けて、平成28年度から進めている遺跡調査の一環で、今回は本丸御殿跡の発掘現場が披露された。遺構の下層には最大で80センチ程度の盛土層が姿を見せ、中世末以前の陶磁器が多数出土した。花巻城はその前身である「鳥谷ヶ崎城」を大改修して築城され、明治6(1873)年に廃城になるまで威容を誇った。中でも注目されるのは旧総合花巻病院の解体に伴って、全貌を現した防御の要衝―「濁堀(にごりぼり)。南北360㍍、巾30~50㍍、深さは現況で7~8㍍にも達する。「余りにも深くて底が濁って見えなかったので、そう呼ばれたのでは…」という説明員の解説に納得。

 

 二の丸西側のこの「濁堀」と接する旧病院跡地が新花巻図書館の最適な立地場所として、市民の関心が高まっている。宮沢賢治が教鞭をとった「稗貫農学校跡」(のちの花巻南高校、現まなび学園)と賢治自身も通った「花城小学校跡」(現花巻小学校)の石柱が立つそのちょうど真ん中にポッカリと出現した空間。かつては武家屋敷が建ち並んでいたという。この日も雲ひとつない青天の向うに霊峰・早池峰や岩手山がくっきりと浮かんでいた。「私もお城マニアだが、こんなに人が集まったのは初めて。やはり、図書館問題が火をつけたのかな」―と初老の男性がほほ笑んだ。ざっと数えてみると、子どもたちや若いカップル、高齢者などその数は50人以上。

 

 「僕は歴史が大好き。だから、お父さんに頼んで連れてきてもらった」―。東和町から来たという小学4年生の男子(10)は配布された資料と首っ引きで遺構をのぞき込んでいた。お城愛好家だという男性(67)は相好を崩しながら、言った。「私が30代のころは全国的なお城ブ-ムで、あちこちで城下町サミットが開かれていた。一方で、足元の花巻城跡はがれきの荒野に成り果てている。いまからでも遅くない。図書館立地をきっかけに城跡全体の再生を本気で考えなくては…」

 

 上田東一市長がコロナウイルスに感染し、27日から11月3日まで自宅療養中だという掲載記事を市HPで知った。どうしたわけか刹那(せつな)、ニュ-トンの「万有引力」法則に伴うエピソ-ドが頭をよぎった。17世紀、ペストの大流行でケンブリッジ大学が長期閉鎖になり、田舎で自宅療養を続けていた。その時、ニュ-トンはリンゴが木から落ちるのを見て、この大発見をしたと言われる。それゆえにこの貴重な時空間はのちに「創造的休暇」と呼ばれるようになったという。果たして、上田市長はどんな“創造的”な休暇を過ごしているのだろうか。市政の来し方行く末に思いを巡らせる時間に当ててほしいと切に願いたい。

 

 

 

 

(写真は世代を超える市民が集まった見学会=10月29日午前、花巻市城内の鳥谷ヶ崎公園で)

 

新花巻図書館…市民の大勢が駅前立地にNO!!??~迫られる”政治決断”

  • 新花巻図書館…市民の大勢が駅前立地にNO!!??~迫られる”政治決断”

 

 その「悪夢」は、私が“1・29事変”と名づける2020(令和2)年1月29日にさかのぼる。この日、いわゆる「住宅付き図書館」の駅前立地(「新花巻図書館複合施設整備事業」)という奇妙奇天烈な構想が何の前触れもなく、いきなり天から降ってきた。まさに青天の霹靂…“上田私案”と私が呼ぶゆえんである。その後、住宅併設案は撤回されたが、JR花巻駅前のスポ-ツ店用地を立地の第1候補地にする方針は変わらず、土地取得交渉も含めたその是非を問う市民説明会が10月11日から市内17か所で始まり、22歳以下を対象にしたオンライン説明会(27日)を残すだけになった。

 

 「JR所有の立地場所を譲ってもらうため、その“お墨付き”を得るための説明会ではないのか。市民はそのアリバイづくりにただ利用されているのではないか」―。東和図書館で22日に開催された説明会の席上、ある青年が激した口調でまくしたて、こう続けた。「私たち若い世代としてはむしろ、駅前立地を希望する。しかし、その進め方がすっきりしない。裏に何かあるような気がして…」。この日、3回目の参加となった私は「大方の市民の反応は駅前よりも旧花巻病院跡地(花巻城址)への立地を望む声が多いように思う。行政側の受け止め方はどうか」とただした。

 

 答弁に立った佐々木正晴・新花巻図書館計画室長はしどろもどろしながら、こう答えた。「まだ、最終的な集計ができていないので今の段階では申し上げられない。ただ、印象としては(病院跡地が)『多数』だったと思う。今後、各種団体への説明会も残されており、成り行きを見守りたい」―

 

 旧花巻病院の病棟が解体された結果、約100年ぶりにかつての花巻城のおもかげが目の前に現出した。こうした立地環境の変化が市民が描く図書館像に大きな影響を与えたことはまちがいない。しかし、私は図書館の駅前立地にからんだ“闇の構図”に市民がうっすらと気が付き始めたのではないかとも考える。今から約3年前の2019年12月、首相官邸で「第21回 まち・ひと・しごと創生会議」が開かれた。席上、紫波町で「民間主導の地域経営・公民連携事業」―「オガ-ル」を展開する同社社長の岡崎正信さんがひとつの事例発表をした。

 

 「JR花巻駅前のJR用地を活用した新図書館整備事業。図書館と民間賃貸住宅を合築し、図書館に住むという新しいライフスタイルを花巻市民に提供する…」―。まるで「上田私案」を前倒ししたような突然の公表に「市民や議会軽視もはなはだしい」と批判が挙がった。上田東一市長は何やら意味深めいた口調で、こう言ってのけた。「岡崎さんが創生会議の場で花巻の事例について説明したことは知っていた。しかし、個人の立場での発表であり、市として関与したわけではない。ただ今後、国の有利な融資を受けるためにも花巻の考えを伝えてくれたのは良かったと思っている。こうした大きな事業を進めるためにはこの種の同時並行的な手続きが必須である」―

 

 その後、急浮上したJR花巻駅の橋上化と図書館の駅前立地も実は「ワンセットではないか」という疑念が市民の間に広がりつつある。「上田市長はなぜ、駅前立地にこれほどこだわるのか。橋上化の見返りに図書館用地の取得を可能にするというような“密約”でもあるのではないか」。こんな素朴な質問が説明会の席上でも相次いだ。ひょっとして、これがあの上田流”裏の手”(つまりは「同時並行的な手続き」)なのかもしれないと、そんな気にもさせられてしまう。上田市長が「この二つの案件は別物だ」と強調すればするほど、市民の疑念は深まるばかりである。

 

 「むしろ、花巻駅の橋上化と図書館の駅前立地とがセットである方が活性化の観点からは相乗効果が期待できるのではないか。なぜ、そうはっきりと言えないのか」―。東和会場で障害者団体のある男性はこう発言した。市民感情からすれば、こっちの方がよっほど正直な気持ちである。「別物」発言は逆に市民の間に”あらぬ疑念”を増幅させているだけにしか見えない。

 

 私は市民説明会の初日(10月11日、笹間振興センタ-)、立地場所に関連して上田市長宛てに公開質問状を提出(同日付当ブログ参照)し、26日付で回答を得た。以下に全文を掲載する。常日頃、「市民の意向を最大限に尊重する」と話している上田市長の”政治決断“に注目したい。

 

 

 

 2022年10月11日付でいただいたご意見に回答いたします。市では、新しい図書館の基本計画を策定するため、利用者団体等の代表も含め専門的な立場から基本計画の試案を検討する会議として、令和3年度に新花巻図書館整備基本計画試案検討会議を設置し、図書館のサ-ビスや機能について具体的に検討をしてきました。今年度は、この検討会議において建設場所の議論を行っており、具体的な候補地としてJR花巻駅前のスポ-ツ用品店敷地と旧総合花巻病院跡地の場所に意見が集約されてきたところであり、検討会議では花巻駅前のスポ-ツ用品店敷地を希望する、またはどちらかというと希望するとの意見が多かったところです。

 

 駅前のスポ-ツ用品店の場所はJR東日本が所有する土地であり、JR東日本は原則土地を売買しない方針とのことですが、市が図書館用地として市の活性化のために必要ということであれば、土地売買の協議に応じるとの意向を示しています。駅前のスポ-ツ用品店敷地に図書館を整備する案をこれ以上検討するためには、面積や価格などについてJR東日本と具体的な条件を交渉し、その結果、JR東日本と合意が得られる条件が当市にとって受け入れ可能な条件であるか見極める必要があります。このことから、これまで検討会議において検討してきた図書館のサ-ビスや機能について、JR東日本と具体的な協議を始めたいということを今回説明しているものです。

 

 市民説明会においては、図書館の建設場所について様々な意見があり、旧総合花巻病院跡地の場所がいいとの意見もありますが、駅前のスポ-ツ用品店の場所がいいとの意見もありますので、それらの意見を含め市民の皆様からお話を聞きながら、市民の多くに利用される新花巻図書館の整備に向けて検討を進めたいと考えております。

 

 花巻城址は本市にとって重要な場所だと考えております。その上で、花巻城は廃城となってから150年の歴史の中で様々な課題が出てきております。そのような状況で今何ができるかを考えるとともに、将来に委ねるものは委ねるということも必要になっているものと考えます。堀跡については、花巻城跡調査保存検討委員会の皆様に現地を視察いただいた後も解体工事が進む中で、北側の一部を除いた部分については当初考えられていた程度より相当程度がすでに破壊されていると聞いております。そのような状況について、花巻城跡調査保存検討委員会のさらなるご意見を伺いながら、現時点で可能な限り保存すべきと考えているところです。

 

 旧花巻総合花巻病院跡地自体は堀跡には面しているものの、花巻城の外ではありますが、まなび学園を含め市街地にある土地の活用も考慮に入れながら、有効に活用すべき貴重な場所だと考えており、花巻城の堀跡に面していること、また宮沢賢治ゆかりの花巻農学校があった場所だということも踏まえ、仮に図書館建設場所としての活用とならない場合にあっても、それにふさわしい活用について市民の意見を聞いて検討していく必要があると考えております。なお、図書館建設場所についての市の考えについては上記に記載しているほか、増子様も複数回参加くださった市民説明会でご説明した通りですので、ご参考にしてくださいますようにお願いいたします。

 

2022年10月26日

花巻市長 上田 東一

 

 

 

(写真は“上田私案”の原案とされる事例発表のパワ-ポイント=総務省のHPから)

 

 

イ-ハト-ブの「お花畑」…“異論”排除のWS「始末記」~果ては、傍聴者に対する監視強化、まるで戒厳令下!!??

  • イ-ハト-ブの「お花畑」…“異論”排除のWS「始末記」~果ては、傍聴者に対する監視強化、まるで戒厳令下!!??

 

 「総花的とは、すべての関係者にまんべんなく恩恵やメリットを与えることを意味します。平等に与えるという良い意味ではなく、人気取りのための八方美人的な方法、メリハリがなく効果が薄い方法といったネガティブな意味合いで使われる言葉です」(ウィキペディア)―。この定理をまず頭に刻み込んだ上で、次のキャッチフレ-ズを声をあげて読んでみる。

 

 「市民パワ-をひとつに/歴史と文化で拓(ひら)く/笑顔の花咲く温(あった)か都市(まち)/イ-ハト-ブはなまき」―。合併による新市誕生(平成18年)以降、当市が掲げてきた将来都市像のスロ-ガンである。宮沢賢治が「ドリ-ムランド」(夢の国)と名づけた”イ-ハト-ブ“の実現を謳う割には余りにも「総花的」すぎはしないか。というわけで「新しい将来都市像を検討しよう」というテ-マで、「まちづくり市民ワ-クショップ」(WS)が9月21日に開催され、新しい候補作が発表された(10月15日号「広報はなまき」)。また、大きな声で読んでみた。

 

 「湯ったり/恵安倍(ぇやんべ)に~結の花っこ/咲くはなまき」、「岩手のヘソとして~老いも若きも誰もが元気にくらし/かせぎ/世界とつながる緑豊かなイ-ハト-ブ花巻~」、「人と文化つながる/イ-ハト-ブはなまき~銀河鉄道に乗せて~」、「自然文化を引き継ぐ理想郷(イ-ハト-ブ)花巻~ワレラヒカリノミチヲユク~」、「豊かな自然/雅(みや)びな文化/つながる花巻/理想郷/利創響(利便性・想像力・響き合う)」…。当の賢治が真っ先に耳をふさぎたくなりそうな貧相な言葉の羅列。8グル-プがぞれぞれ選んだ「将来都市像」を口にしているうちに「これ以上、イ-ハト-ブの恥さらしをするのは止めてくれんか」と思わず、叫んでしまった。

 

 「第2次花巻市まちづくり総合計画」の策定に向けて発足したこのWSはそもそも、スタ-トからいわく因縁つきだった。まちの将来像に関心を持ってきた私は自分の思いを伝えたいと参加を予定していたが、今回から「公募枠」が廃止されたことを直前に知った。一般部門の39人の参加者はすでに決定済み(9月7日付当ブログ「“異論”排除のWS…公募方式が廃止へ」で、体のいい“門前払い”を食らった形だった。さらに、団体推薦枠の委員からも「アリバイづくりに利用されるのではないか」(9月26日付当ブログ「『市民参画』という名の虚構…ワ-クショップ」)などという懸念の声が出ていた。

 

 ところで、「日本の植物学の父」と呼ばれる牧野富太郎を生んだ高知県佐川町は2016年に「第5次佐川町総合計画」を策定。“みんなでつくる総合計画”と名づけられた計画書の巻末には参加した353人の町民の発言が掲載されている。その年のグッドデザイン賞(公益財団法人・日本デザイン振興会)に選ばれ、授賞理由にはこうある。

 

 「地方自治体が長期的なまちづくりの方針や将来像、その実現の手段などを総合的、体系的に示す『総合計画』は、10年間のまちづくりの大事な指針であるにもかからず、どの地域も似た内容のものが多く、その地域に住まう住民や、行政職員に、積極的には読まれない、活用されないという課題がありました。平成26年度より、高知県佐川町では『みんなでつくる総合計画』プロジェクトと称し、町長、役場職員、地域住民が手を取り合って、町の魅力を再発掘し、10年後の佐川町について議論を重ね、みんなが一丸となって誇りに思える総合計画づくりに取り組んできました。住民一人ひとり、『みんなが主役』の新しいまちづくりプロジェクトです」―

 

 第4回目となったこの日(19日)、私はその様子を知ろうとノコノコ出かけた。“関所”(受付)で渡された紙片「傍聴される方へのお願い」にぶったまげた。報道関係者以外の写真撮影や録画・録音の中止と傍聴席からの移動禁止を指示するその紙切れにはこう書かれていた。「騒ぎ立てるなどしてワ-クショップの進行を妨害したり、会場の秩序を乱し、会議の支障となる行為がみられる場合は、退場していただくことがあります」ー

 

 「みんなが主役」どころか、これではまるで“刑務所”同然ではないか。ふと、背筋がざわっとした。傍聴者に対する“人権侵害”にほとんど無頓着なその感覚に…。「お願い」文書を読むと、まるで”暴徒集団”が殴り込みをかけかねないみたいな書きぶりではないか。銀河宇宙を包み込んでいた「イ-ハト-ブ」はいま、受難者に寄り添うというあの“賢治精神”とは真逆の道を転げ落ちつつある。上田(東一)市政という強権支配下での、これがまちづくりの実態である。”公僕”たる市職員が民主主義の根本義である「市民参画」を自らの手で葬り去ろうとする行為もまた、げに恐ろしい光景である。

 

 

 

(写真は第4回「まちづくり市民WS」で話し合う参加者。会場内での撮影を許されなかったため、会場外の看板を手前に撮影した。これまでのWSでこれほどまでの“厳戒体制”が敷かれた例はない=10月19日午後、花巻市のまなび学園で)

 

 

 

《追記》~事実上の傍聴者“締め出し”、文書開示請求へ

 

 今回、傍聴者に配布された「傍聴される方へのお願い」と題する文書を仔細に点検した結果、この内容は明らかに民主主義の原理・原則に抵触するという判断に至った。そのため、19日付でその策定経過や背景などを明らかにするよう行政文書開示請求をした。なお、文書の現物はコメント欄に掲載した。

 

 

 

 

もうひとつの「図書館」誕生秘話…「いい計画だなぁ。検討するべじゃ」

  • もうひとつの「図書館」誕生秘話…「いい計画だなぁ。検討するべじゃ」

 

 新花巻図書館の立地をめぐり、迷走劇を続けているわが「イ-ハト-ブ」(賢治命名の夢の国)の有り様にうんざりする日々、ふと隣りまち・北上の「図書館」誕生秘話を思い出した。一体、どうしたらこれほどまでの“雲泥の差”が生まれるのか。この日(15日)の市民説明会の会場はたまたま、「まなび学園」(生涯学習都市会館)。隣接地では私が立地の最適地とした花巻城址が約百年ぶりにその全貌を現しつつある。約20人の市民が参加、うち半数近い9人が発言。城のおもかげが残る旧花巻病院跡地への立地を求めた。ふと窓外を見やると、霊峰・早池峰の雄姿が…

 

 「うん、いい計画だなぁ。検討するべじゃ」―。当時、北上市長だった故斎藤五郎さんのこのひと言で全国で唯一、詩歌に特化した図書館「日本現代詩歌文学館」は産声を上げた。40年ほど前、「北上近代詩歌資料館(仮称)建設基本計画」と書かれた趣意書を胸にしのばせた男が市長室を訪れた。当時、毎日新聞(北上駐在)の記者だった佐藤章さん(故人)。「工場誘致も大切だけれども、文化の香りも…」。こう“直訴”した佐藤さんに斎藤市長は即座に「うん…」とうなずいた。ほどなく開かれた市議会全員協議会は大きな拍手に包まれ、檄(げき)が飛んだ。「市長、やりとげろよ」―

 

 平成2(1990)年5月20日、文学館は市制施行30周年事業として、正式にオ-プンした。民間協力団体「文学館振興会」が立ち上げられ、最高顧問には作家で詩人の井上靖氏が就任。会長には「政界の3賢人」と呼ばれ、文部・厚生両大臣や衆議院議長も歴任した灘尾弘吉氏(いずれも故人)が名を連ねた。“托鉢行脚”と称して、建設費の半分に当たる3億円の資金集めや資料収集の実働部隊が全国に散った。その後、最大200万冊が収蔵できる「研究センタ-」も完成。現在の収蔵数は図書や雑誌類が約133万5千冊、その他の写真や原稿などがざっと9万2千点にのぼり、まさに「日本一」の規模を誇っている。

 

 さらにその4年後には黒沢尻工業高校の移転に伴い、その跡地に自然美豊かな「詩歌の森公園」が誕生した。10数年の歳月と総工費約26億円をかけた大事業…「言霊の館」とか「北の詩歌の正倉院」などと呼ばれる文学館は公園の中心に位置している。広大な敷地内には池や水の流れ、築山などが配置され、井上靖記念室や俳人の山口青邨の居宅を移築した「雑草園」などがある。そして、文学館の前には本県が生んだ日本を代表する彫刻家、舟越保武の彫像「EVE」(イブ)がひっそりとたたずんでいる。

 

 「東芝などの企業進出で北上市は、工業都市としての発展がほぼ約束されたと思う。しかし、せっかく文学的な風土があるにもかかわらず、その象徴になるものがない。“工業砂漠”だけにはしたくない」(昭和59年1月25日付「岩手日報」)。「五郎さん、五郎ちゃん」の愛称で呼ばれた斎藤市長の面目躍如たるものを感じる。

 

 それにしても「三人三様」とはよく言ったものである。“暴言”市長の名をほしいままにした兵庫県明石市の泉房穂市長がふたたび舌禍事件を起こし、今期限りの引退を表明した。職員に対する暴言の責任を取って、いったん辞任した後の市長選で再選されるなどの“強運”の持主も今度は力尽きた感がある。だがその一方で、子育て支援などの行政手腕は高く評価され、市民の間から「辞めるなコ-ル」も。他方、同じような暴言などで“パワハラ”疑惑がつきまとっている当市の上田東一市長はといえば、新図書館の駅前立地の強行突破の構えを崩していない。さ~て、東西の“暴言対決”の行く末はいかに…。いずれ「人徳」という点で言えば、この二人に比べて「五郎さん」は別格である。

 

 

 

(写真は広々とした「詩歌の森公園」。このたたずまいが図書館と見事に融合している=北上市本石町で)