新図書館WSで意見表明へ…将来のまちづくりを視野に入れた議論を~”民意”を度外視した行政のあり方に批判!!??

  • 新図書館WSで意見表明へ…将来のまちづくりを視野に入れた議論を~”民意”を度外視した行政のあり方に批判!!??

 

 「新しい図書館を一緒に創っていく」―。新花巻図書館の基本設計に関する第1回目のワークショップ(WS)が21日に開かれ、公募24人を含めた60人の参加者があるべき“図書館像”について、話し合った。私は以下に掲載する意見書を配布し「駅前か病院跡地か」―の原点に立ち返るべきだと主張したが、「この会議は駅前立地を前提にした話し合いの場だ」として、一蹴された。改めて、“駅前図書館”を既成事実化するためのWSであることが浮き彫りになった。

 

 一方、設計業務を受託した「昭和設計・tデ・山田紗子建築設計事務所共同企業体」側はこの日の会議で私の質問に対して、「二つの候補地をめぐる“立地”論争があったことはインターネット情報などで断片的には知っていたが、行政側から駅前立地に至る詳しい経緯についての説明はなかった」と答え、市側もその事実をしぶしぶ認めた。病院跡地への立地を求めて署名活動を続けてきたグループは「こんなことって、許されるのか。私たちの気持ちを踏みにじるにもほどがある。民意って、一体何なのか」と怒りを露わにしていた。

 

 さらに、「駅前立地」の決め手になった対話型「市民会議」のファシリテーター(行司役)を務めた山口覚・慶応義塾大学大学院特任教授に対し、改めてその構成の正当性をただした結果、同教授はこう答えた。「確かにその構成員の蓋然性には首をかしげる部分もあった。しかし、私の立場としては市側の決定に従うしかなかった」ー

 

 ところで過日、当市の初代名誉市民で著名な宗教学者である山折哲雄さんから、拙著『「イーハトーブ“図書館戦争”」従軍記』を贈ったことに対する丁重な礼状が届いた。「病院跡地」への図書館立地に賛同してくれた山折さんは、何も手助けができなかったことを詫びつつ、手紙にこう記していた。

 

 「いかに大変な経験をされたか、その1行1行から理解できたような気がします。あなたのこれまでの『たたかい』には頭を下げ、感嘆する以外にありません。やもめ暮らしで、さぞご不自由だと思いますが、せめてその噴気と怒気を大空に飛ばして生き抜いてください」―。山折さんは現在、私よりひと回り上の94歳。大先達の叱咤激励(しったげきれい)に身震いがした。

 

 

 

 

 市内桜町在住の増子義久(ますこよしひさ)と申します。本日は新花巻図書館のあり方を話し合うWS(ワークショップ)の場に公募委員のひとりとして参加する機会を与えていただき、感謝を申し上げます。この場を借りて、図書館に対する私の思いと現在の立ち位置について、若干、意見を述べさせていただきたいと思います。

 

 ちょっと、お願いがございます。私はいま85歳という高齢のため、杖に頼らなければ立っていることができなくなりました。今回の機会は人生最後のチャンスだと思いますので、座ったままでお話しする無礼をお許しください。また、長期間にわたって、迷走を続けてきた図書館問題だけに論点整理するだけでも相当の時間が必要になります。このため、要点をまとめた文章を皆さまの手元にもお配りさせていただきました。双方の理解に齟齬(そご)が生じないよう、その文章にも目を向けながら、私の話しを聞いていただければ幸いです。よろしく、お願い申し上げます。

 

 さて、長年の懸案だった新図書館問題は足かけ15年という歳月を経て、やっと上田前市政下でJR花巻駅前の元スポーツ店跡地に建設するという決定を見ました。現段階は建設に向けた設計業務に当たる「昭和設計・tデ・山田紗子建築設計事務所共同企業体」(以下、「昭和設計企業体」と呼ぶ)が受注先に選定され、同企業体と1月7日付で契約が締結されました。今後、新しい小原市政下で着工や開館に向けた本番の市政運営が展開されることになりますが、この節目の時点で何点か確認しておきたいと思います。

 

1)まず、「民意」をどう認識するかということについてです。「駅前立地」に最終的にゴーサインを出したのは対話型「市民会議」という組織でした。市側の説明によると、無作為抽出した市民3,500人に対し、会議への参加を呼びかけた結果、75人が応募し延べ4回の会議が開催されました。しかし、すべての会議に出席したのはわずか42人で、6人が一度も出席しなかったことが明らかになりました。たとえば、令和8年1月末現在の市人口は88,501人になっていますが、わずか42人という数字が果たして、市民全体の民意を反映していると言えるのかどうか。

 

 一方、「旧花巻病院跡地」への立地を求める市民の署名数は市側が精査した結果、6,181筆に上ったこともわかっています。「42VS6,181」というこの数字の開きをどうとらえるのか。「民意」という観点から、その認識についての見解を伺います。

 

2)次にいわゆる“駅前図書館”の立地環境についてです。今回、公募プロポーザルに応募した設計業者は61企業体に上り、うち第二次審査に進んだ6企業体の中から前記の昭和設計企業体が委託業者に選定されました。「花巻ならではの図書館」ということで、ほとんどの企業体が宮沢賢治の世界観を図書空間にどう反映させるか―に苦慮した形跡がうかがわれました。中にはずばり「イーハトーブ図書館」の実現を掲げた企業体もありました。

 

 市側が示した「モデル案」では新図書館は延べ床面積が4,500㎡の2階建てで、現時点でざっと40億円の事業費が見込まれています。一方、昭和設計企業体の提案書によると、建物は3階建てになっており、又三郎シャフトや星めぐり回廊など賢治を意識した設計の工夫が随所に見られます。しかし、周囲に建物が密集する土地柄から結局、“賢治色”を打ち出すためには上層に延ばすしかなかったのではないかと思われます。銀河宇宙という賢治の無限空間をビル群に囲まれた狭隘な立地環境の中で演出できると市側は考えているのか―図書館と賢治との親和性についての認識を改めてお聞かせください。

 

3)最後に花巻の将来を展望したひとつの提案をしたいと思います。当初の賃貸住宅付き図書館の「駅前立地」構想が撤回された直後から、市側から若い世代が駅前を望んでいるという「若者待望論」がささやかれるようになりました。しかし、ある若者グループが市内4校の高校生924人に対して実施したアンケート調査によると、75%以上が「駅前」を望むものの、希望する機能は実は図書館本体よりも学習やカフェ、飲食などが自由にできる“たまり場”的な空間だったことが明らかになりました。

 

 上田前市長も以前、元スポーツ店の建物を解体せずに再利用する考えを示したことがありました。さらに、市の立地適正化計画の中で病院跡地への新図書館の立地を掲げたのは他ならない前市長自身でした。この原点に立ち返り、駅前にはこのスポーツ店を改装した待合室を兼ねた「若者空間」(図書館分館)を提供し、図書館本館はすでに市有地化され、霊峰・早池峰を仰ぎ見るという立地環境にも恵まれた病院跡地に建設することを望みます。

 

 「イーハトーブはなまき」の名声はいまや、世界中にとどろいています。その功績のひとつはもちろん「世界の賢治」です。しかし、その名声をさらに広げてくれたのは言うまでもなく、郷土ゆかりのあの若き大リーガーたちです。運動施設が集中する西地区にはいま、パワ―あふれる若者たちの躍動感がみなぎっています。

 

 新市長に就任した小原勝氏は県職員時代、「文化スポーツ部長」を歴任した“文武両道”の使い手としても知られています。この地を東西につなぐ駅橋上化事業(自由通路)がまもなく、スタートします。この東西自由通路を分岐点とし、西地区は「スポーツ・運動」ゾーン、東地区は「文化・教育」ゾーンときちんと棲(す)み分けることによって、このまちの輝かしい未来が約束されるのではないでしょうか。

 

 病院跡地にはかつて賢治が教鞭を取り、「花巻農学校精神歌」を作詞した稗貫農学校(県立花巻農学校の前身)の建物が建っていました。「日ハ君臨シ/カガヤキハ/白金ノアメ/ソソギタリ/ワレラハ黒キ/ツチニ俯シ/マコトノクサノ/タネマケリ…」―。朝7時、いまや“市民歌”となったこの精神歌が市内に流れます。賢治が“夢の国”と呼んだ理想郷「イーハトーブ」はもうすぐ、夜明けを迎えようとしています。

 

 「図書館は民主主義の柱である」―。最後に米国の黒人作家で、ノーベル文学賞を受賞した故トニ・モリソンのこの言葉を紹介し、病院跡地への新図書館の立地を要望する意見表明とします。ありがとうございました。

 

 

 

 

 

(写真新図書館WSに参加した市民=2月21日午後、花巻市大通りの「なはんプラザ」で

 

2026.02.21:masuko:[ヒカリノミチ通信について]

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