公益財団法人「総合花巻病院」(大島俊克理事長)を相手取り、降格処分の無効などを求めていた民事訴訟について、盛岡地方裁判所花巻支部の平古場郁弥裁判長は7日、原告の訴えを認める判決を言い渡した。訴えていたのは同病院に勤務する臨床工学技士の吉田雅博さん(45)。訴状によると、吉田さんは2020(令和2)年2月1日付で、移転・新築前の同病院に臨床工学室技士長として採用されたが、2023(令和5)年2月1日付で、技士長から「主任級」の技士に降格された。提訴は同年5月30日付で、精神的な苦痛などに対する慰謝料を含め、総額1,160万円の賠償を求めていた。
この日の判決で平古場裁判長は「技士長であることを確認する」として、降格処分の無効を言い渡した。さらに降格処分に伴い、手当てが月額2万円減額されていたことについては「減額分に3%を加算して、支払うよう」―被告の病院側に命じた。実質的な完全勝訴に吉田さんはこう語った。「孤独な戦いだったが、挫けないでここまで来れたのは、提訴を知った市民の皆さんやそっと、励ましの言葉を寄せてくれた同僚のおかげだったと感謝したい。『一隅を照らす』という言葉が好きだ。今回のささやかな戦いの成果が病院全体を照らしてほしい」―
吉田さんは裁判に踏み切った当時の気持ちをこう語っていた。「解雇もほのめかされた。なかば“監禁状態”の中で無理やり、(懲戒処分の)同意書を書かされた。その時は恐怖心にかられたが、いのちに関わる医療の実態を闇に葬ってはならないと思い、裁判を決意した」―。ある時、「患者さんに安全で質の高い医療を提供するためには、医師と看護師との有効なコミュニケーションが必要だ」という趣旨の提言書を医療安全担当者の会議に提出した。病院側の態度が急変したのはこの直後だったという。
証人尋問を傍聴した際、私は被告側の口裏を合わせたような、吉田さんに対する“人格攻撃”に唖然としたのを覚えている。いのちと健康を守るべきはずの医療現場で、モラルハザード(倫理崩壊)が蔓延している実態を目の当たりにしたからである。証人席に立つ吉田さんの後姿を見ながら、私はこの孤高の裁判を支えたもうひとつの“秘密”を思い出していた。ある時、吉田さんは独り言のようにつぶやいた。「孤独に耐えられなくなりそうな時は『夜と霧』を何回も読み返しました」。第2次世界大戦中、ナチスの強制収容所に収監された人たちの拘禁心理を描いたヴィクトール・フランクルの代表作(1946年)である。
総合花巻病院は2020(令和2)年3月2日、現在地〈市内御田屋町〉に移転・新築した。総工費86億9千万円のうち、市側の補助金は19億7500万円で、病院側の自己資金はわずかに1億円だった。こんな綱渡りの経営が続いた結果、オープンからわずか4年余りで倒産の危機に見舞われ、昨年3月に市側から5億円、金融団側から6億円の計11億円の財政支援を受けた。その後、経営刷新やガバナンス(内部統制)の強化などを盛り込んだ「改定事業再生計画」を策定し、年度内をめどに「公益社団法人」への移行や人事の刷新などを行うことにしている。
病院側が判決を不服として、控訴するかどうかはまだ、わからない。しかし、倒産の土壇場まで追い詰められた病院側にいま求められるのは「愛は人を癒(いや)し、誠(まこと)は病を治す」―という病訓の原点に戻ることであろう。
(写真はオープンを前にした病院の全景。華やかな門出だったはずだったが…=インターネット上に公開の写真から)
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