その写真の前で思わず、足が止まった。豊かな白髭をたくわえた長老と寄りそう老婦人…アイヌの衣装を身にまとった二人は川のたもとに立ち、身じろぎもしないで真っすぐに前を見つめている。「あたりの自然と一体化した誇りが感じられる」と案内をしてくれた造形作家の菅沼緑さん(78)。その静寂がこっちにもすう~っと入り込んできた。
東和町の中心街、土沢商店街のあちこちにさりげなく、写真が飾られていた。緑(ろく)さんが10年以上前から手がけてきた「まちてくギャラリー」の48回目。今回は写真家の故達川清さんの作品26点が並べられた。「すごい。息を飲んだ。写真家の目がまるで露出計みたい」―緑さんはこの写真との偶然の出会いの衝撃をこう語った。ともに同窓(日大芸術学部の写真学科と彫刻学科)で、同じ東和町の移住者同士だったが、なぜか未知のままだった。スマホのカメラ電話で連絡を取り合い、今年2月3日に展示が始まった。達川さんの訃報が飛び込んだのはその直前の1月23日。自分の作品展を見ずに旅立ってしまった。
緑さんは2000年に移住し、いまは田瀬湖畔の旧保育所にアトリエを構えて、創作活動を続けている。目の前には廃校になった旧田瀬小学校の校舎がある。「モンパルナスを再びという妄想がふくらんできて…」―。大正の終わりから先の大戦の敗戦前後にかけて、東京・池袋一帯に長屋風のアトリエ村(住宅付き貸アトリエ)が点在していた。数多くの芸術家が参集したパリのモンパルナスをもじって「池袋モンパルナス」と呼ばれるようになった。彫刻家の父を持つ緑さんはここで生まれた。「隣はペンキ職人。朝が早いのに寝坊助。だから、母がその男の足にロープをまいて、朝になったらそれを引っ張って起こすわけ。俺をおんぶしたオヤジが電車の網棚にこの俺様を忘れてきて、大騒ぎになったことも」…
緑さんは今年2月29日付で「田瀬小学校―いきかえれ新聞」を創刊。「田瀬小学校が復活することの実現に向けて、 愉しみながら話しあう『ワイガヤ会議』をまず、呼びか けたいと思います」と書いた。全戸配布した結果、第1回会議(3月31日開催)には予想以上の32に人が集まり、「ワイワイガヤガヤ」に花が咲いた。第2回は5月12日に予定されており、「東和“モンパルナス”」という夢の実現へ向け、第一歩を踏み出した。新聞はすでに、4号を重ねた。
「日常の暮らしの中にそっと、アートを紛れ込ませる。忘れていた時にふと、気づく時があり、それがアートだ」と緑さんは口癖のように言う。まったくそうだと思う。今回の「達川清展」だって、見知らぬ者同士の合作の産物であり、私自身がいまその作品群に魅せられている。ひときわ、目を引くのがアイヌのポートレート。達川さんはスーパーカブに写真機材を積み込み、津軽海峡を何度も渡ったという。なぜ、達川さんがこれほどまでに“アイヌ群像”にこだわり続けたのか。「想像力を働かせよ」―達川さんの声があの世から聴こえてくるような気がする。
「池袋モンパルナスに夜が来た/学生、無頼漢、芸術家が/街にでてくる…」(「池袋風景」)ー。そういえば、池袋をモンパルナスに見立てたその名付け親はここを拠点にした北海道・小樽出身の詩人、小熊秀雄(故人)だったことを思い出した。この不世出の詩人には「飛ぶ橇(そり)―アイヌ民族の為めに」と題した長編叙事詩がある。展示は4月30日まで。
(写真は「静かなる凝視」を感じさせるエカシ(長老)とフチ(おばあさん)、そして緑さん=花巻市東和町の土沢商店街で)
《追記》~住民投票条例案を議会へ提出(狛江市)
東京都狛江市の松原俊雄市長は26日、新図書館整備計画の賛否を問う住民投票条例案を、反対意見を付けて臨時市議会に提出した。5月15日に採決される。住民投票は、市民団体「こまえ図書館住民投票の会」が直接請求した。条例案は、1977年開館の市民センター内にある市中央図書館を「分割・移転」するか、「現在地で拡充」するかを市民が投票で選ぶという内容で、市と議会には結果の尊重を求めている。
これに松原市長は「『現在地で拡充』は多額の財政負担が生じることなどから実現が難しい。改めて問うのは現実的ではなく、住民投票に意義を見いだし難い」と反対意見を付けた。
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