「高校生を含む若い世代の多くは駅前立地を望んでいる」―。上田東一市長は新花巻図書館の立地場所について、かねがねこう主張してきた。ところが、高校生を対象に行われたアンケート調査によると、実はいわゆる“図書館”ではなく、飲食しながらおしゃべりもできる“たまり場”的な空間を望んでいたことが明らかになった。「駅前か病院跡地か」という立地論争が続く中、当局側は若者世代の駅前待望論を唯一の拠(よ)りどころにしてきたが、その実態は本来の「図書館」像とはほど遠い内容になっており、今後の立地論争の行方にも大きな影響を与えそうだ。
調査を実施したのは高校生から20代の若者でつくる「HANAMAKI Book Marks」(照井春風代表ら)で、「若者も使いやすい図書館がほしい」という思いが動機だった。QRコードからの選択や記述式での回答を求める形で、市内4校(その他の1人を含む)の924人が応答した。居住地別では「市内」が627人、「市外」が297人。学校別内訳は花北青雲高校(403人)、花巻南高校(272人)、花巻北高校(197人)、大迫高校(51人)だった。設問は新図書館の建設計画への認識や立地場所、望みたい機能など9項目で、約1カ月かけて集計し、今年3月にその結果を当局側に提出した。同団体は「新花巻図書館整備基本計画試案検討会議」にも名を連ねている。
全体集計によると、立地場所については「花巻駅前」が694人(75・1%)、「まなび学園周辺」が68人(7・4%)、「どちらとも言えない」が162人(17・5%)で、駅前への立地を希望する数が圧倒的に多かった。一方、特筆すべきことは「希望する図書館機能」の設問(複数回答)に対し、「勉強スペース」(691人)「カフェ」(663人)「飲食スペース」(552人)が上位3位を占め、「交流スペース」や「ミーティングスペース」「郷土料理スペース」などがこれに続いた。
さらに、新図書館の建設計画についての認識を問うたのに対し、見聞したことが「ある」と答えたのは254人(27・5%)にとどまり、7割以上の670人(72・5%)がその計画自体を知らなかったことが明らかになった。また、新図書館への関心の度合いを5段階で問うた結果、「高い」(5評価)はわずか90人(9・7%)で、逆に「低い」(1評価)が倍の181人(19・6%)にも上った。高校生の図書館に関する考え方がこうした具体的な数字で公にされるのは今回が初めてである。
この結果、蔵書数や図書内容、レファレンスサービスなど図書館の本来あるべき姿などにはあまり関心がない高校生が大半だったことが浮き彫りになった。ではなぜ、多くの高校生が「駅前立地」を選択したのか。その理由は全回答方式で記述されているが、「行きやすいから」「近いから」「電車通学だから」「駅近で便利だから」…など距離的な便宜性を上げる声がほとんどだった。その一方で「まなび学園周辺」を選択した高校生は数は少なかったものの「駅前だと人が集まり過ぎて落ち着いて本を読んだり、勉強したりできない」、「図書館は少し静かな場所にある方が落ち着いて本を読んだりすることができる」などその立地環境を強調する意見があった。
「活字離れ」が進む中、いまの高校生たちの正直な“本音”を聞くことができたような気がした。当局側の「駅前」立地論を聞くにつけ、私は一貫して高校生の“政治利用”(厳しく言えば、スケープゴート=利権のいけにえ)を危惧してきたが、図らずも今回のアンケート調査がそのことを明かしてくれたように思う。JR花巻駅の橋上化(東西自由通路)が完成したあかつきには、高校生たちが望むような”空間”を駅舎内にしつらえることこそが行政の使命ではないのか。また、駅に隣接する「なはんプラザ」(市定住交流センタ—)をその要望に沿う形で、さらに機能強化することも検討すべきではないかと考える。
私事になるが、高校時代、フランスの作家アンドレ・ジッドに夢中になったことがあった。「誤りと無知とによって作られた幸福など、私は欲しくない。 幸福は対抗の意識のうちにはなく、協調の意識のうちにある」―。代表作『狭き門』の一節を丸写しにし、初恋の人にラブレタ-をそっと手渡したのも、そういえば図書館の本棚の陰だった。報われない恋だったが、アンケート調査に目を通しながら、青春時代のそんな苦い経験を思い出した。世代間の意識の乖離(かいり)に驚きつつも、図書館の「王道」だけは踏み外してほしくないと心からそう念じたい。
「知の泉/豊かな時間(とき)/出会いの広場」―。10年以上前の2012(平成24)年10月、「新図書館」構想はこんなスローガンを掲げて、大海原へ船をこぎ出した。悠久の時の流れの中で培(つちか)われた知の総体と本たちとの出会い…そこには未来を照らし出す“夢の図書館”の姿が見えていたはずである。
「魂の癒(いや)しの場」―。世界最古の図書館といわれるアレキサンドリア図書館(エジプト)のドアにはこう記されているという。
(写真は駐輪場がある花巻駅西口には若者たちの元気が満ちあふれていた=花巻市西大通りで)
《追記―1》~これって、ある種の“印象操作”じゃないのか!?
図書館問題を専門に協議する令和5年度第3回「花巻市立図書館協議会」(2月29日開催)の会議録が15日付の市HPに掲載された。その中に当ブログで紹介した団体に言及する発言が市川清志生涯学習部長(当時)の口からあった。委員に対して予断を与えかねない内容だったので、その部分を以下に転用する。
「花巻ブックマークスという、若い方々、大学生などを中心としたグループがありまし て、その方々が高校生から、今年度アンケートを取っていると聞いております。それにつきましては、具体的にまとめたものを提出したいというふうに聞いておりますが、まだ正式にいただいてない状況であります。高校生の意見、立地場所につきましては、やっぱり駅のほうが良いという意見が多いですということは聞いております」
<追記―2>~過去の立地選択調査の結果
●当局による市民説明会(令和4年10月に延べ17回実施)
~「駅前立地」18人、「病院跡地立地」32人
●当局による市民団体等説明会(令和4年10月~12月)
~「駅前立地」32人、「病院跡地立地」12人
●当局による市内学校等グループワーク(令和4年11月~12月、6校から130人参加)
~「駅前立地」93人、「病院跡地立地」25人
《追記―3》~狛江市でも”立地論争”…市民団体が図書館問題で直接請求
東京都狛江市の新図書館整備計画の是非を問うため、市民団体「こまえ図書館住民投票の会」が15日、住民投票条例の制定を松原俊雄市長に直接請求した。有効署名は4060筆で、直接請求に必要な有権者の50分の1の1393筆を大幅に上回った。地方自治法に基づき、市長は20日以内に条例案を市議会に提出し、可決されれば住民投票が実施される。
中央図書館は1977年開館の市民センター内にあり、老朽化などが問題になっている。市は、市民センターの約300メートル南東の市有地に新図書館を建設し、改修する市民センター内に子ども向け図書コーナーを残す方針。市民からは図書館機能の分割を批判し、一体での整備を求める声が出ている。住民投票は、図書館を分割して整備することの是非を選ぶ内容になる見通し。
市は、図書館を現在地で拡充するよりも、費用が安いと説明。地上3階地下1階建ての新図書館では、市民向けスペースは約610平方メートル。市民センターに残す子ども向け図書コーナーは約190平方メートルで、合計すれば、現在の図書館の約500平方メートルから大幅に増えるとしている。
会は2月9日から約1カ月間、署名を集めた。事務局の立川節子さん(74)は「新図書館の計画を知らない市民が多い。反対しているのではなく、住民投票で図書館のあり方が決まるのが願い」と話した。新図書館は設計中で、2025年度に着工し、26年夏ごろに開館予定。子ども向け図書コーナーが残る市民センターの改修は今年着工し、25年11月オープンを目指している(4月16日付「東京新聞」電子版)
《追記―4》~「サイレントマジョリティ」論争の結末は!?
1年ほど前、ある市民のブログに以下のような文章を見つけた。「『病院跡地を望む市民の声は多数派』という認識は間違っているといえよう。それでは彼らが主張する『市民の声を』という訴えにはサイレントマジョリティが含まれないことになるから。『どっち派か』という問いの前にその点はきちんと認識すべきと考える。事実、高校生、大学生たちから市当局に対して『新図書館を駅前に』という要望書や意見が寄せられている。決して病院跡地派が『市民の総意』ではない」
4月8日付当ブログの追記―2で触れたように「サイレントマジョリティ」(物言わぬ多数派=声なき声)はいつの時代でも為政者にとっては実に使い勝手のよい手法である。ところが、今回の高校生アンケートでは想定外のことが起きてしまった。「声なき声」たちが”声”(本音)を張り上げた結果、当局側にとっては“不都合な真実”が暴露されてしまったからである。「無理が通れば、道理が引っ込む」…逆もまた真なり。こっちの方がよっぽど、健全である。
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