「広範の非常事態や騒乱のこと。『事件』よりも規模が大きい。宣戦布告なしの戦争状態や、小規模・短期間の国家間紛争にも用いられる」―。ウキペディアは「事変」について、こう説明している。このような意味で、3年前の2020年1月29日はまさに「1・29」事変と呼ぶにふさわしい節目の日だった。この日、「賃貸住宅付き図書館」の駅前立地(新花巻図書館複合施設整備事業構想)という事業計画が何の前触れもなく、天から降ってきた。50年間の定期借地権を設定した上で、テナントも合築するという”サプライズ”だった。上田東一市長の名前を拝借して「上田私案」と名づけた“悪夢”の始まりである。
市民にとってはまさに「宣戦布告なき戦争」―このイ-ハト-ブ“図書館戦争”が勃発したちょうど2週間前には日本で初めて、コロナウイルスへの感染者が確認された。以来まる3年、まるでこのパンデミックに足並みをそろえるように足元の戦争は泥沼化の様相を呈しつつある。一体、何がそうさせたのか。宣戦布告どころか、さらに驚天動地(きょうてんどうち)の出来事が日本の首都のど真ん中、首相官邸で起きていた。
「JR花巻駅前のJR用地を活用した新図書館整備事業。図書館と民間賃貸住宅を合築し、図書館に住むという新しいライフスタイルを花巻市民に提供する…」―。“上田私案”が公表される1カ月余り前の2019年12月、首相肝いりの「第21回 まち・ひと・しごと創生会議」が開かれ、紫波町で「民間主導の地域経営・公民連携事業」(「オガ-ル」)を展開する同社社長の岡崎正信さんがひとつの事例発表をした。寝耳に水の議会や市民の間から「地元軽視もはなはだしい」と批判が相次いだが、上田市長は議会答弁でこう言ってのけた。「個人の立場での発表であり、市として関与したわけではない。ただ今後、国の有利な融資を受けるためにも花巻の考えを伝えてくれたのは良かったと思っている。こうした大きな事業を進めるためにはこの種の同時並行的な手続きが必須である」
行政開示文書によれば、岡崎さんが当市の図書館問題に関わったのは、事例発表に先立つ2019年4月24日。JR盛岡支社で行われた「新花巻図書館整備事業スキ-ムに係る協議」に初めて、アドバイザ-として参加。市側がJR側に対し「駅前に複合図書館を建設する場合の案を検討。岡崎氏にアドバイスをいただくのでよろしくお願いしたい」と伝えている。この時の協議には市側から関係3部長を含む9人の大所帯で臨んでおり、岡崎さんへの“丸投げ”は事実上、この日の協議で固まったと言える。
「そもそも図書館というのは、非採算で、しかも維持費の高い公共事業です。だから町の財政が危うくなったときには真っ先に閉鎖が検討される。だからこそ、『稼ぐ』という発想を持って取り組まなくてはいけないんです」(日経メルマガ「新・公民連携最前戦―PPPまちづくり」2015年2月18付)―。人口3万4千人弱の町の駅前施設に年間80万人超の人が集まる「オガ-ルプロジェクト」を成功させた岡崎さんの持論がここにある。しかし、とくに図書館などの文化施設はその地の歴史や風土と密接不可分であることを教えてくたのは、他ならない当市の立地環境の変化だった。昨年秋、旧花巻病院跡地に約100年ぶりに霊峰・早池峰がその雄姿を見せた。「賢治ゆかりのこの地に新図書館を」という声が市民の間に澎湃(ほうはい)と巻き起こった。
「駅前に賃貸住宅も併設する図書館複合施設を建設することは、市街地の人口密度を保ちつつ、市内の複数の拠点を公共交通でつなぐ『コンパクト・プラス・ネットワ-ク』構想の具体的な取り組みの一つです。複合施設の上層部に若者から高齢者まで対応できる様々なタイプの賃貸住宅を整備します。持続可能な街の都市形成に向けて、健康で快適な都市型生活環境を提供し、子育て世代など若年層にも魅力的なまちをつくります…」―。3年前、上田市長は胸を張ってこう述べた。その後、”稼ぐ”対象であったはずの「賃貸住宅&定期借地権」案は撤回され、このスローガンもすっかり色あせてしまったが、市側にはいまだに「駅前立地」の旗を降ろす気配はない。
「駅前か病院跡地か」―。この問いかけは「図書館とは何ぞや」という、いわば“理念”論争の始まりでもある。「空白」のこの3年間を無駄にしないためにも、いや、だからこそと言うべきかもしれない。私たちは「1・29」事変への往還をこれからも繰り返さなくてはならないのだと思う。
(写真はイ-ハト-ブ“図書館戦争”のきっかけとなった岡崎さんの事例発表のパワ-ポイント=インタ-ネット上に公開の総務省のHPから。再掲)
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