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米沢の殖産興業政策。

  • 米沢の殖産興業政策。
商工会議所に行った帰り幸町の五穀稲荷に詣でました。ここは三の丸の土手が残っている数少ない場所ですが、上に登ってみると民家の2階の屋根ぐらいでそれほど高い場所でもありません。
この土手には笹竹よりももう少ししっかりとした小さな藪があります。
この竹で米沢筆というものを作っていたらしいのです。

米作に恵まれた土地に乏しい米沢藩にとって、産業を創造するということでは急務であったにちがいありません。
渡部恵吉先生撰文の立派な碑がたつあら町公園でした。

米沢会館、昭和9年

  • 米沢会館、昭和9年
11月17日開業。とあります。
子供のころまだこの建物は残っていて牛乳屋の倉庫になっていたような気がします。
こんなにモダンな建物なのに、何だか裏寂れた雰囲気を醸し出していました。
場所は今の志ん柳ビルの角のところです。

昭和30年代の地図にはまだ米沢会館として載っているのもあるのですが、ビアホールと書かれている文献もあります。
但しビアホールで11月開業はちょっと解せません。
2011.10.26:mameichi:コメント(0):[米澤絵葉書繁盛記]

歯がもげました。

  • 歯がもげました。
ぷらぷらになってから随分時間が経ってしまったのですが、昨日風呂で仕上げ磨きをしていたところ、ポロッともげました。
もげた場所には最早次の永久歯が生えてきています。

今日はチャレンジランニング、略してチャレランなので、(昔のマラソン大会)いきり立っていきました。
2011.10.26:mameichi:コメント(0):[家庭の事情は!]

地方検察庁米沢支部と米朝師匠

  • 地方検察庁米沢支部と米朝師匠
今日のあさいちでもやっていましたが、もはやインフルエンザが話題になるシーズン、風邪をひいている方も随分いらっしゃるようです。
昨日は健康診断ということで、少し早めにすこやかセンターの健診センターに向かいました。裁判所の斜向かいの角、地方検察庁米沢支部の傍らに風の神が鎮座しています。
ちょっと覗いて、お参りをしてみました。

その説明板によると、

夏井家は元は会津の芦名氏の家臣で、夏井城(福島県耶麻郡高郷村)に住んでいました。芦名氏が伊達氏に滅ぼされた後、直江兼続をたより米沢に来て、上杉の家臣となりました。さて、夏井家に伝わる風の神の伝説は次のとおりです。
 天正年間のある年の大晦日、夏井の館に貧しげな僧が一晩の宿を願ってやってきました。主人は、かわいそうに思い、僧を泊め料理と酒でもてなしたところ、翌元旦、僧は「実は自分は人間ではない。風の神(疫癘神)である。昨晩のお礼に、この家に疫癘(はやり病)が入らないように」といって、梵字の呪文を書いたお札を残し、姿を消しました。その後、夏井家では館内に風の神を祀るお堂を建て、米沢に移ってからもお堂に祀りました。
 ところが、明治になって夏井家が他の町に移転したところ不幸が重なり、夏井家では風の神を移した祟りと思い、元の場所に風の神を分霊し、町内会で祀ってもらうよう頼みました。
 風の神は、風邪を防ぐ神様として信仰されていたので、町内会では別当を舘山口町の千勝院に依頼し、お札を配り、祭りを続けました。昭和になってからは風の神講を作り、昭和24年には新たに御輿を作り盛大な祭りを行いました。この御輿行列は交通問題もあって中止となり、御輿は昭和41年に上杉博物館に寄贈され収蔵されています。
 昭和25年、この夏井家の屋敷跡に検察庁が建つこととなりましたが、こうした理由で、特別にお堂がそのまま残されたのです。 昔は「大根二本を神前にお供えし、前の人が供えた大根一本をもらい、それを家族で食べると風邪に罹らない」といって、大根がお供えされていましたが、現在はその名残りなのでしょうか、大根2本を描いた絵馬が掛けられています。

とあります。享保10年の地図では夏井伊兵エとなっていて裏が清水守となっているのでここで水を汲んでいたのでしょうか。米沢年表には明治33年4月九里とみ、表町夏井範鑑宅にて裁縫私塾を開いたとありますが、同所なのかは不明です。

この神様で思い出すのが桂米朝師匠の「風の神送り」という噺です。
多分中学校のころNHKラヂヲで聞いたんだと思いますが、内容はあまり覚えていません。昭和40年ごろ米朝師が復活した噺らしいのですが、本人はよくわかって話しているのですが、中学生には、いや他に聞いている人にもあまりぐっと内容が伝わってくるというものではなかったような気がします。

ちょっと学校の授業のような、こっちもある程度知識がないと楽しめないような噺を米朝師匠は時折されていたような気がします。
此処の前を通るといつも米朝師匠の顔が浮かんできます。一回は生で聞いてみたい噺家の一人です。
2011.10.25:mameichi:コメント(0):[そこいら辺を歩く]

ぐっどなのかグッドなのか?

  • ぐっどなのかグッドなのか?
正直言って米澤牛を食べに行くということは、そんなにあることではありません。
さる先生が東京より見えられたので、ぐっどという店で会食をすることになりました。私が以前勤務していた会社の後輩と私の3人です。
米沢牛肉づくし1万円というコースプラス芋煮というスペシャルメニューです。

始まりは牛すじの煮込みです。その次に三点盛でローストビーフ、牛肉の菊巻、牛肉のずんだ巻が出てきました。
そして酢の物として牛しゃぶが出ました。そしてメインのすき焼きですが、女将さんの流暢な説明と共に肉が一人分8枚ぐらいはのった青磁の皿が登場です。

はっきり言って出すぎです。その後牛すしとデザートが出た頃にはみんな疲れきってしまいました。
食べきれなかったお肉は、おミヤにして家で焼肉にしていただきました。

店にはぐっどとグッドが併記というかばらばらに書かれていたのですが、
ぐっどは料理屋の名前で、グッドは肉屋らしいです。
2011.10.23:mameichi:コメント(0):[嗚呼うましコーヒー]