現興譲館の西側に上杉家葬場跡という小さな看板が立っています。
小さな看板の割には結構目立っていて、通るたんびに気になっていました。
一寸時間が合ったので、一昨日の休みの日、セブンイレブンに行く途中立ち寄りました。
万治元(1658)年綱勝夫人(媛姫)の死去に際し、江戸から遺骸を林泉寺に移送して塵焼(火葬)した後、大檀原で葬儀をしたのが最初だそうです。
寛文4(1664)年第三代綱勝が江戸麻布邸で死去すると廟所敷地内で塵焼を行い、笹野村大檀原で葬儀が執行され、それが藩主葬送の慣例となりました。
しかし九代治憲(鷹山)の時代に葬法が土葬に転換すると葬儀は廟所で行うようになり、大檀葬場での葬儀はなくなりました。よって本史跡は、上杉家に係る江戸時代の藩主葬送の歴史を示す貴重な存在であります。
という懇切丁寧な説明文がありました。そのほかになぜこの場所が大檀にえらばれたか、どのような位置で葬儀が執り行われたのか、三枚に渡る充実した説明文がうこぎ垣根に包まれてあります。
この流れからすると(初代謙信)漆瓶=土葬みたいな→(二代景勝)遺骨を高野山とあるので火葬かな?→(三代~八代)火葬→(十代以降)土葬となるようです。
そういえば家老竹俣美作も甲冑を着けて謙信同様瓶に収めて漆で固めたらしいです。
この方法はほかの藩でもあるのでしょうか?
まずは、是非お訪ねください。
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