豆いちから歩いて40秒ぐらいのところ、大町通りと極楽寺からお城に向かう小関洋服店の角がその昔札の辻と呼ばれて、高札場がありました。そこに高札が立てられました。
もとは粡町にあったが、往来が烈しくなり元和年間に奉行郡代平林正恒がその場所に移したものです。写真で見るとおりかなり大きくて立派なものです。
私が知っている札の辻といえば、東京の田町にあるものと、京都の南区東九条西明田町という南なのか東なのか西なのか分からないところにあったのを思いだします。
札の辻は高札場であると同時に、里程および宿駅の基点になっていたということで、豆いちの場所は元々米沢のへそにあるといえましょう。
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