表情を見ると皆さん明るいので、多分豊作なのでしょう。高畠での一コマです。
高畠は昔より美田の誉れ高き土地柄で、上杉藩支配と天領直轄(途中織田藩支配の時代あり)がいろんな理由により繰り返されてきました。
上杉藩はご存知の通り、あの有様ですから屋代郷を常に狙っており、支配してもしなくともトラブル発生です。上杉藩のあまりの重税に、高梨利右衛門が直訴に及んで刑場の露と消えた義民伝も残されており、その時後ろ盾になっていたのは、かつての領主伊達藩で常に仙台とは結ばれていたようです。
さすが戦闘集団、分捕っちゃうことを常に考えていたようです。伊達が煙たいというのもあったのでしょうか。
友人のお母さんは新潟の出身で疎開で高畠にやってきましたが、新潟(蒲原郡)とはくらべものにならないぐらい豊かな土地を実感したことを話してくれました。
そして私もこの地に17年お世話になりました。東京から帰ってきてこの地から商売を覚えました。旧上杉の原方衆のどん詰まりにもこの地は優しくしてくれました。
とうとう、食料は自前でということを本気で考える時代がやってきましたね。
コーヒーは難しいようですが、、、
毎日通っていた道を、久しぶりに走ってみました。
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