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上杉文華館 「謙信を生んだ一族・長尾氏~巻き返す守護~」

2016年度の上杉文華館は「謙信を生んだ一族・長尾氏」をテーマにゆかりの文化財、貴重な史料をご覧いただきたいと思います。

平成28年度、第5回目のテーマは… 「巻き返す守護」 です。

 

【展示期間】 平成28年7月28日(木)~8月23日(火)  

 

 長尾氏は桓武平氏の一族で、相模国鎌倉郡長尾郷(横浜市戸塚区)を名字の地とし、三浦氏や梶原氏、鎌倉氏、大庭氏、などが同族です。後三年合戦に活躍した鎌倉権五郎景正や、源頼朝に仕えた梶原政景らは一族です。しかし、鎌倉時代の長尾氏の動向はよく分からないことが多いのが実情です。宝治元年(1247)に執権北条時頼によって滅亡に追い込まれた有力御家人三浦氏に味方していたことから没落し、その後鎌倉幕府6代将軍に就任した宗尊親王に従って、京都から鎌倉に下向してきた上杉氏の家臣になったと考えられています。鎌倉幕府が滅び、室町幕府が開かれると、その重要メンバーであった上杉氏の活躍によって、その家臣である長尾氏も確かな記録にその名をみせるようになりました。

 謙信は越後府中を拠点とした「府中長尾氏」と呼ばれる一族の出身です。この長尾氏は越後守護代を代々務めてきました。謙信もまた家督継承とともに越後守護代に就きました。

2016年度第5回目の上杉文華館は、「巻き返す守護」と題し、守護代長邦景・実景父子が絶大な権力をふるう状況に対する守護の動向、就中越後守護上杉房定による越後支配の実権掌握について紹介していきます。

▼ コレクショントーク

 「謙信を生んだ一族・長尾氏 ~巻き返す守護~」

平成28年 7月30日(土)14:00~

場所: 常設展示室 上杉文華館

※入館料が必要です。

お問い合わせ 米沢市上杉博物館 0238-26-8001まで

皆さまのご来館を心よりお待ちしております。

2016.07.28:denkoku:[博物館情報]

椿貞雄 特集③

この特集では、椿貞雄が画家としてデビューするまでの道のりを簡単にご紹介しています。

本日は第3回、「劉生との出会い」です。

③劉生との出会い

「恐る恐る会場に這入って見ると、誰一人居らず、深閑としていた。然と睨みつけている様な劉生の多くの自画像や、彼の一番の対策である百二十号の水浴する子供等が、ずらりと陳列されて居り、彼がセザンヌ風からクラシックに変わった時の作品である。

真剣厳粛の気が充満していて息の止まるような思い、この張切った力に圧され僕は長く会場に止まることが出来ず逃げるように外へ出たのであった。

『これだ、これだ』と心の中で叫びながら。

(「岸田劉生と僕」、『ふさ』1955年3,4,5,7号)

椿も書いているように、この個展に出品されていた劉生の作品は、彼が後期印象派のゴッホやセザンヌの影響を捨てて、北欧クラシックのデューラーやファン・アイクに変わった最初のものでした。

北国米沢から出てきたばかりの椿青年の心を捉えたのが、劉生の新しい北方的色彩への感動だったのかもしれません。

画家になるという夢のため上京したものの、まだこれといった方針が立っていたわけではなかった椿にとって、上京1カ月にして見た劉生の個人展は、まさに運命的な出会いであり、何としても師事したいという思いを募らせました。

後に椿は、劉生との出会いを「自分にとっては単なる偶然とは思えない。この事は自分の一生を決定づけたといっていい」と語っています。

劉生を知ることにより、椿はさらに白樺の武者小路実篤、長与善郎と近づく事になり、「芸術及び人生の根本と本質を学ぶことが出来た」のです。

2016.07.27:denkoku:[博物館情報]

椿貞雄 特集②

この特集では、椿貞雄が画家としてデビューするまでの道のりを簡単にご紹介しています。

本日は第2回、「父の許しと上京」です。

②「父の許しと上京」

 父からは上京の許しは出ませんでした。どうしても画家になる夢を捨てられない椿は、最終手段として嫁入りし東京に住んでいた叔母(父の妹)に父親説得の仲介を依頼しますが、それでも父は許してくれません。

 最後には、叔母が身元引受人となり、家に寄宿させる事、正則中学に入学し、中学卒業を果たす事を条件に、1914年9月にようやく上京がかないます。椿の原点となった米沢の風土は、その後の画業の随所に反映されていく事になるのです。

 寄宿先の叔母の家は、代々木山谷(渋谷区)にありました。上京して数日後、この家の近くを散歩していて、「岸田劉生」という表札のある家を発見します。

 兄の読んでいた雑誌でよく知っていた名前だったので、胸の高鳴りを覚えた椿。思わず門を叩たたき・・・!ません。その時は門を叩く勇気がなく、そのまま通り過ぎたそうです。

 しばらく経ったある日、学校帰りに銀座を歩いていた椿は、岸田劉生個展の縦看板を目にするのでした。

2016.07.25:denkoku:[博物館情報]

椿貞雄展 特集①

明日から椿貞雄展―椿貞雄と岸田劉生―後期の展示を開催します。

本日から、全4回で椿貞雄が画家としてデビューするまでの道のりを簡単にご紹介します!

 

①「画家椿貞雄のルーツ」                                  

椿貞雄は、1896年(明治29年)2月10日、米沢市で土木建築請請負業を生業としていた父英夫と、母たけの3男として生まれました。現在の東部小学校に通っており、高学年頃から絵に興味を持ち始めます。

きっかけは、兄信雄の影響でした。信雄も美術を好み、『白樺』『フュウザン』『現代の美術』等を愛読し、自らも水彩画を描いていました。椿は兄が毎月購読していた『白樺』などで美術についての知識を深め、絵を描くようになるのです。

現在の県立米沢興譲館高等学校に進学すると、絵に没頭するあまり学業がおろそかになり、授業を欠席することもたびたび。秋の景色を逃さず描く為に、2キロ離れた山まで学校を休んで1週間通ったというエピソードもあるくらいです。16歳の時には、青年洋画家有志団体「紫星会」第一回水彩画展に5点の作品を出品しています。

絵を描くことに夢中になった椿少年。学業の方はどうだったのかというと、登校日数が極端に少なくなり、なんと落第してしまいます。この時すでに画家になるという夢はふくらみ、上京を考えていました。

上京するには父親の許しが必要です。椿少年は上京できるのでしょうか…。

 

明日のギャラリートークのご案内です。

7月23日(土)14時から

「椿日記と劉生日記」というテーマで、当館の担当学芸員による展示解説を行います。

皆さまのお越しをお待ちしております。

 

 

お問い合わせ 米沢市上杉博物館 TEL 0238-26-8001

 

 

2016.07.22:denkoku:[博物館情報]

生誕 120年椿貞雄展 後期のご案内

開館15周年記念企画展 

生誕 120年 椿貞雄 展 ―椿貞雄と岸田劉生―前期の展示が終了しました。

後期の展示は7月23日(土)~8月21日(日)です。

※休館日 7月27日(水)

 

ギャラリートークのご案内です。

7月23日(土)14時から

「椿日記と劉生日記」というテーマで、当館の担当学芸員による展示解説を行います。

皆さまのお越しをお待ちしております。

 

また、7月23日(土)から8月5日(金)の期間は、

重要文化財「麗子微笑」(東京国立博物館所蔵)を展示しております。

教科書で見たことがある方も多いのではないでしょうか。

この機会に本物の魅力をご体感ください!

 

当館ミュージアムショップでは、図録・関連グッズの販売を行っております。

展覧会期間限定販売の商品もありますので、ぜひお立ち寄りください!

 

開館15周年記念特別展 

生誕 120年 椿貞雄 展 ―椿貞雄と岸田劉生―

【期間】

後期:7月23日(土)~8月21日(日)

※展示替え 7月19日(火)~7月22日(金)

※休館日 7月27日(水)

【開館時間】

9:00~17:00(入館は16:30まで)

【入館料】

一般 410(320円) 高大生 300(240円) 小中生 200円(160円)

※( )は20名以上の団体料金

【ギャラリートーク(展示解説)】

場所 : 企画展示室

日時 :  【後期】 7月23日(土)14:00~15:00 「椿日記と劉生日記」

※いずれも担当学芸員による展示解説です。

※企画展示室入館料が必要です。

【展示】

重要文化財 「麗子微笑」 (東京国立博物館所蔵)

【後期】 7月23日(土)~8月5日(金)

 

お問い合わせ 米沢市上杉博物館 TEL 0238-26-8001

2016.07.16:denkoku:[博物館情報]