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【おうちで楽しむ 城下絵図デジタルマップ 1】

  • 【おうちで楽しむ 城下絵図デジタルマップ 1】

 当館ホームページで公開中のシステムで、お手元のパソコンを使って、明和6年(1769)の米沢城下の絵図を、現在の地図と比べながら見られます。

こちら からご覧いただけます。

 このマップの使い方、楽しみ方のポイントを、数回にわけてご紹介します。自宅のパソコンから、米沢城下を旅してみましょう!
 
(1)絵図だけをみる
 左の「絵図のみ」を押すと、城下と原方(外縁部)の絵図がつなげて表示されます。
 「拡大」「縮小」ボタンや、マウスのスクロールをつかって、拡大・縮小ができます。
 拡大しても、画像はくっきり!!
 
(2)絵図切り替え
 城下絵図だけを表示するか、原方とつなげて表示するか選べます。あまり使わないかもしれません…。
  
 (3)分布表示
 クリックすると、上・中級藩士の身分(組)が色分けして表示されます。身分の高い侍組(ピンク色)の家臣が、主に城の東側に配置されていることが一目で分かります。
 その他の組も、組毎に集まって住むのが原則です。ただし、原則がくずれた様子(組=色分けが分散している)点にも注目です。だんだん、家臣の居住地を藩がコントロールできなくなっていったようです。
 なお、原方は分布表示の対象外ですが、ほとんどが下級藩士の居住地です。

いろいろ触って、試してみてください。次回をお楽しみに!

城下絵図デジタルマップ画面

2020.04.08:denkoku:[博物館情報]

[4月1日より全館休館中です]

新型コロナウィルス拡大に伴い、4月1日より全館休館中です。なお、お電話・メールなどでのお問合せには対応可能です。


また、以下の教育普及事業は中止となりました。
・4月25日(土) 自由参加制ワークショップ「むかしむかしをきこう①」
・5月5日(火・祝) 自由参加制ワークショップ「変わり兜に挑戦」


楽しみにされていたお客様には申し訳ございませんが、ご理解くださいますようお願い申し上げます。

 
2020.04.02:denkoku:[博物館情報]

事業中止のお知らせ

事業中止のお知らせ


新型コロナウィルス感染予防のため、4月5日(日)に予定しておりました上杉文華館コレクショントーク「幕府の御用」は、中止いたします。
楽しみにされていたお客様には申し訳ございませんが、ご理解くださいますようお願い申し上げます。

上杉文華館についてはこちら

http://www.denkoku-no-mori.yonezawa.yamagata.jp/uesugi_bunkakan.htm

2020.03.26:denkoku:[博物館情報]

本日最終日 武士のお仕事展

好評開催中のコレクション展「米沢藩 武士のお仕事 ~戦士・役人・芸達者~」は、本日3月22日が会期最終日です。

無事に最終日を迎えることができ、本日も通常通りご覧いただけます!

 当館が長年かけて収集、整理、調査してきた米沢藩士関係の資料を展示し、その魅力と特徴、米沢藩士の仕事ぶりを紹介中です。甲冑、武具、絵図、絵画、古文書と、資料の多彩さも魅力の一つ。武士の様々な姿を知ることができます!

 子ども向けキャプションは、大人の方にも資料や解説に興味を持つ、きっかけになっています。親子連れで来館し、資料をいろいろな角度からご覧になる姿が印象的でした。

会期中、とても多くの方にご来館いただきました。ありがとうございます!

 

皆様のご来館を心よりお待ちしております!

 

【お問い合わせ】

 米沢市上杉博物館  0238-26-8001

2020.03.22:denkoku:[博物館情報]

上杉文華館 上杉鷹山の藩政改革

 2020年度の上杉文華館は「上杉鷹山の藩政改革」と題して、国宝「上杉家文書」のうちこれまで紹介されていない未翻刻の資料を中心に約1ヶ月ごとに展示替えしながら、その他の関連資料を含めて展示します。常設展示室内の「次第に困窮に及ぶ」や、「なせばなる 鷹山登場」とあわせてご覧ください。
 鷹山は、宝暦元年(1751)7月20日、高鍋藩主秋月種美の二男として江戸に生まれました。母方の祖母が4代米沢藩主上杉綱憲の娘でした。宝暦10年、8代米沢藩主上杉重定の養子となり、明和4年(1767)4月24日、上杉家の家督を継ぎ、数え年17歳で9代藩主となりました。当時の米沢藩は、借金の累積、家臣団の困窮と秩序の混乱、天災や過重な税負担による農村の荒廃と人口の減少など、多くの課題を抱えていました。
 鷹山は、竹俣当綱や莅戸善政をはじめ多数の優秀な家臣とともに、財政の再建と産業育成、学問の振興と家臣団秩序の厳格化、農村の復興と人口増加策など、様々な改革を実施します。天明5年(1785)に35才で隠居した後は、米沢にあって10代治広、11代斉定の藩政を助けて改革を継続し、文政5年(1822)に亡くなりました。

 

【展示期間】2020年3月21日(土)~2020年5月19日(火)

《幕府の御用》

 幕府から命じられる様々な御用(役負担)は、いずれも多額の出費を伴うものであり、米沢藩困窮の大きな要因です。一方で戦いとその備えはもちろん、公的な普請(工事)を担うこと(普請役)は、幕藩体制下の大名に課せられた義務であり、避けられないことでした。
 当時、米沢藩は明和6年(1769)の江戸城二の丸普請(1万6200両)、寛政10年(1798)の延暦寺山門諸堂修理(2万2300両)、文化10年(1813)江戸城紅葉山の普請(約1万8400両)といった普請役を負担しています。さらにロシア船が蝦夷地(北海道)や日本海近海に姿を見せ衝突が起こると、寛政9年(1797)以降には越後岩船郡の沿岸警備、文化4年(1807)以降は蝦夷地出兵の準備を余儀なくされました。

 

 

▼ コレクショントーク

 2020年4月5日(日)               「幕府の御用」

 2020年4月29日(水・祝)       「鷹山と治広」

 時間:14:00~

 場所:常設展示室 上杉文華館

 ※入館料が必要です。

 

皆さまのご来館を心よりお待ちしております。

 

【お問い合わせ】

米沢市上杉博物館  0238-26-8001

2020.03.21:denkoku:[博物館情報]