老兵の半生(人の情け)

「如何したの僕たち」車の窓をおろして、年のころ
50前後の運転手のおじさんが、声をかけてくれました。
「上野駅に行きたいのですが、方向がわからない」
「歩いて行きたいのですが、どっちにいけば
いいのでしょうか」
すると「歩いてなんて、無理だよ、田舎に帰るのか」
と聞かれて、三人とももうべそをかいていました。
三人とも、山形へ帰る片道の汽車賃の他は、合わせても
いくらもお金は、もっていなかったのです。
私は汽車賃をのこした、小銭を集めて「これで上の駅まで」
乗せてっていただけないでしょうかと、頼んでみました。
一瞬黙ったその運転手は、「乗りな」と言うなり黄色い
ルノーのドアーを、開けて荷物を積んでくれました。
白々とした朝もやの、町を走りながら彼は、
「どこから来たの」「山形からです」「いつ来たの」
「一週間前です」「職場が合わなかったのだね」
「おじさんは、岩手県が故郷だよ」と言いながら
「上野駅に着いたら、一人は荷物の番をして、二人で
時刻表と行き先をよく確認して、切符を買いなさい」
色々と教えて、くれました。
当然タクシー代には、程遠い料金だったと思います。
彼は、其のことには一言も触れずに、葛飾堀切町から
上野駅まで、乗せてきてくれました。
最後に「東京は良い人だけではないよ、気をつけな」
其の言葉をのこして、走り去って行きました。
私も、其の時のおじさんの様な、大人になりたかったのに
まだ、ほど遠い存在であります。
その後一ヶ月ほど、故郷で過ごし、硬い決意のもと
再度上京したのでした。逃げ帰った二人の仲間とは
いまだ再会を果たしておりませんし、どこにいるのかも
解っておりません。
つづく

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