酬恩碑

  • 酬恩碑
  • 酬恩碑
  • 酬恩碑
  • 酬恩碑
  • 酬恩碑

酬恩碑は寺子屋の師匠の遺徳をたたえて筆子たちが建てたものです。

北条郷(南陽市)では江戸時代寛政期(1789~1801)頃から寺子屋が各地に出来ました。

 

中川地区でも舟山吉左エ門、北条智学の私塾があり、子弟の教育に従事していました。

北条智学は法印で、川樋学校が創立されると訓導として教育に務めました。

(法印については後日紹介します)

 

画像1・2・3枚目は川樋諏訪神社の境内に建てられた酬恩碑です。

左側面に「一村中」、右側面には「明治十八年」(1885)と刻まれているようです。

明治18年ですと中川村が出来る前なので、川樋村で建てたと思われます。

 

画像4・5枚目は小岩沢地区にある酬恩碑で明治二十七年(1894)に建てられました。

正面に「境清和君 境徳泰君 酬學」と彫られています。

 

参考:南陽市史

2020.07.20:nakagawako:[◇中川地区の歴史]

この記事へのコメントはこちら

以下のフォームよりコメントを投稿下さい。
※このコメントを編集・削除するためのパスワードです。
※半角英数字4文字で入力して下さい。記号は使用できません。