読みもの長井物語

ログイン
メモ メール アンケート カレンダー ブックマーク マップ キーワード スペシャル プロジェクト
「昭和の長井 7」のサムネイル「昭和の長井 6」のサムネイル「昭和の長井 5」のサムネイル「昭和の長井 4」のサムネイル「昭和の長井 3」のサムネイル
「昭和の長井 7」の画像

元禄7年(1694)に最上川舟運によって宮舟場が設置されて以来、飛躍的に商人町へと変貌し、。大正期を経て昭和に入る。舟運で培ったエネルギーが昭和となり、どのように長井は変わっていったか、年譜形式で紹介する。

 

 

昭和30111

 

 

二重坂切下げ工事始まる。頂上で3m切り下げる。4月竣工

 

昭和30115

 

第一回成人式。成人632630名、会場は長井小学校体操場

 

 

 

昭和30125

 

 

市報で近年にない大雪と

 

 

昭和30320

 

長井新聞発刊。平田孫蔵 

 

 

昭和303

 

昭和30年度長井市一般会計予算11千万円

 

 

昭和3041

 

県立長井北高等学校誕生。初代校長樋口良助。元長井高等女学校校舎使用

 

 

昭和3041

 

長井北高等学校西根分校開設。

 

 

昭和30416

 

法施行前の長井商工会創設。

 

 

昭和3055

 

長井市議会議員選挙。28

旧町村単位の小選挙区制で行い、議員数28人となる。この選挙は市民の要望などで議員の任期11ヶ月を残し総辞職して行われた。新議員による初議会で助役に羽田貞三、収入役に飯沢伝一、議長に横山平六、副議長に加藤久八が選任された。

 

 

昭和30518

 

新議員、初議会。欠員中の助役に羽田貞三、収入役飯沢伝一、議長横山平六、副議長加藤久八

 

 

昭和30613

 

掃出(日の出町)団地に市営住宅14戸。石田、北台、水上団地と合わせ62戸に

 

 

昭和306

 

駅前にあやめまつり歓迎アーチ設置

 

 

市勢要覧を発行

市章を市報で公募 締め切りは715日 1等:5,000円 2等:1,000

山交十字路(中央十字路)に大歓迎アーチを設置

 

各地区に季節保育所を設置、農繁期に

 

 

昭和3062425

 

 

大水害。野川橋流失、野川橋早期架橋を県に陳情

 

昭和30630

 

長井市屠場新設。敷地378坪、建物91.75坪、350万円

 

長沼孝三「少女」を長井北校に寄贈

 

 

昭和3075

 

秋田営林局・山形県・長井市三者共催で「森林まつり」を長井小学校校庭で開催。

 

早朝から豪雨、野川橋再度罹災

 

 

昭和30710

 

平野中学校に市内初のプール

 

 

昭和307

 

この頃市章公募。芳文社勤務の大沼喜三郎デザインのものが第一位入選。正式採用とならず

 

 

審査風景

 

 

昭和307

 

ラヂオ一日ショー あやめまつり時、ゲストに天地真佐雄・荒井恵子一行

 

 

昭和307月号

 

長沼孝三氏、北校に「少女像」贈る

 

 

昭和30713

 

野川橋流出で困難していた窮状をみて、加藤久八工費20万円の私費を投じて仮設橋をつくり、渡り初め行う

 

 

昭和308

 

初の巡回文庫

 

 

昭和3097

 

初めての教育委員公選。吉川三郎、桑島誠、樋口権三郎、手塚三郎当選

 

 

昭和3097

 

西置賜伝染病院落成

 

昭和309

 

市報に葉山に降った初雪データ掲載

 

昭和3010

 

市報に平地に降った初雪データ掲載

 

昭和30101

 

8回国勢調査。長井市人口36,535人(概数では36533人)長井:13443人・2736世帯 致芳:5260人・937世帯 西根:6414人・1086世帯 平野:3629人・605世帯 伊佐沢:2901人・496世帯 豊田:4888人・837世帯   計:36535人・6697世帯

ポスター

 

 

昭和30109

 

市職員運動会開催、長井中学校グラウンドで

 

昭和301112

 

市制1周年まつり。記念支所廻り駅伝開催12日午前10時。各地区から10人選抜チームとし、市役所分室・・致芳・・西根・・平野・・伊佐沢・・豊田・・のコース。西根チームが2時間3413秒で優勝。

映写会:11日〜15日、各地区で

産業まつり:11日〜14日 会社、農産物、物産品の展示。長井中学校で

仮装行列:13日。1100につつじ公園スタート、商店街、あやめ公園、小学校庭へ。団体11、個人21参加。団体特賞「おいらは天下の主人公:地方事務所」、個人1位「長井市制1周年祝いにライオン曲芸 大沼善之助:上山」

たるみこし:14日、街中を子供が

旗行列・提灯行列:15日昼に小学生による旗行列、夜は中学生以上大人が提灯行列

 

 

昭和301115

 

野川総合開発第二期工事期成総決起大会

 

昭和301111

 

豊田八ケ森に招魂碑、除幕

 

昭和3012月号

 

 

市防犯組合結成される

 

 

 

 

 

昭和30

 

 

十日町郵便局庁舎新築

 

 

 

昭和31115

 

長井小学校体育館で成人式

 

昭和312

 

商業青年学級開講

 

昭和313

 

野川団地と今泉団地に市営住宅20戸完成

31年度一般会計予算138,000,000円決まる

 

昭和31322

 

第二期長井新聞発行、発行は平田孫蔵。昭和42115日まで、448号。

 

昭和31318

 

長井あやめ愛好会が発足

 

昭和313

 

長井警察署にパトロールカー配置

 

昭和3141

 

 

長井市農業共済組合発足。市内6つの農業共済組合が合併、長井市農業共催組合発足

犬税条例。これまで市税条例第4条の中に含まれていたが、一本の条例として制定された。1頭につき500

 

 

昭和3148

 

長井市郷土史研究会発足

 

昭和314

 

長井市果樹組合連合会発足

 

昭和31

 

白つつじ園のポスター

 

 

昭和31510

 

長井市観光協会常任理事会で行事の協議実施

 

昭和31512

 

長井電報電話局地鎮祭

電話局新築予定地

 

 

昭和3151

 

日本体操祭第一回長井大会開催。長井小学校グラウンドで。1万人の人出。

 

 

 

昭和31519日、20

 

山形県都市対抗駅伝大会開催される

 

昭和31616

 

 

 

郡是・製薬・東芝の長井三大工場の弥栄を祈念し、東京の相撲、鏡里・吉葉山・千代の山・栃錦の四横綱をはじめ、800名を迎えた長井場所を開催

 

 

 

昭和3157

 

長井市傷痍軍人会結成、会員100

 

昭和31519

 

五十川、大道寺重栄所有の桑の木が県指定天然記念物に

 

昭和31630

 

屠場新設

 

昭和31717

 

豪雨により大被害。

流出した野川橋

 

東五十川観音様入口の県道決壊

小出館町地内の民家が移転

 

 

昭和318

 

市民盆踊り大会816日。NHKで全国放送は26

 

 

昭和3182526日 2日間

 

NHK夏季移動相談。歌のおばさん・松田トシなど、多彩な催し。長井小で 

 

 

昭和318

 

宮遺跡発掘調査

 

昭和311014

 

8回合唱コンクール県大会、長中体育館

 

昭和311022

 

青果物小売市場開設、つつじ公園西側で、月12

 

昭和3110

 

東置賜郡梨郷村安城沢部落5世帯36人を市に編入

 

昭和3110

 

新教育委員会制度(公選制)が発足、教育長に佐々木佐助氏

 

昭和3111

 

野川、南台に市営住宅20戸完成

 

昭和3111月号

 

 

長井市地区長会結成、154地区長

 

 

昭和32219

 

1回スキー大会。豊田八ケ森スキー場で

 

 

昭和32228

 

家庭の主婦500人が参加して一日社会学級を開く

 

昭和32317

 

長井俳句会発足

 

昭和323

 

32年度一般会計予算決まる。148,900,000

 

昭和323

 

交通センターとして山形交通長井営業所、大張り切り。従業員105名、バス配車26台、ハイヤー9台。

 

昭和3241

 

 

従来の各支所を出張所に改める。各地区連絡用ジープと清掃車1台を購入。手引車から中型トラックへ。

境町を栄町に変更

 

致芳出張所

 

西根出張所

 

平野出張所

 

伊佐沢出張所

 

豊田出張所

 

 

昭和325

 

長井市議会臨時会で新市庁舎建設の位置を決定

 

昭和3253

 

 

長井小学校PTAが慈愛の像を校庭にたて、除幕式行う。新学制施行10周年を記念してPTAが寄贈。作家は長沼孝三

 

除幕、式典

 

 

昭和3257

 

豊田小体育館の上棟式、229坪、698万円

 

昭和32525

 

山形県都市訪問縦断駅伝長井到着、翌日出発

 

昭和325月号

 

花の長井ポスター発行、つつじとあやめを同時に紹介

 

 

昭和32620

 

長井市報、全国広報コンクールで表彰

 

昭和326

 

野川奥地林道着工(木地山ダム建設の運搬道路となるもの)61

豊田小学校体育館新築落成

市農業技術員協議会発足

 

 

昭和32710

 

長井電報電話局(自動式)落成。長井山形即時通話71日午前0時なる

 

 

昭和32716

 

新農業委員会選挙。公選により20名、選出外10名で30名構成に

伊佐沢の広報板に選挙ポスターを掲示

 

大水害のため災害救助法を発動、市民長小に非難。77

 

 

昭和329

 

広報板5箇所に設置 グリーンとピンクでモダンなつくり

 

 

昭和3293

 

長井市塵芥炉建設起工式

 

昭和32926

 

県立長井北高等学校校舎竣工

 

昭和32101921

 

長井小学校校庭で県畜産共進会開催

 

昭和3210

 

成田にごみ焼き場完成 152万円、4.5トン、86箇所にゴミ箱

 

新市庁舎の設計完成し、敷地の整地はじまる

 

 

昭和32108

 

 

初雪。明治39年以降最も早い

 

 

昭和321019日〜21

山形県畜産品評会が長井小学校で。仮装山車行列も

 

 

昭和3211

 

南台、掃出団地に市営住宅20戸完成

 

昭和321111

 

長井市郷土研究会結成

 

昭和3212

 

市役所分室(庁舎建設予定地にある)を保健所東側に移転

 

 

「昭和の長井 6」の画像

元禄7年(1694)に最上川舟運によって宮舟場が設置されて以来、飛躍的に商人町へと変貌し、。大正期を経て昭和に入る。舟運で培ったエネルギーが昭和となり、どのように長井は変わっていったか、年譜形式で紹介する。

 

 

昭和25年1月1日

 

年齢を満でかぞえることを実施

 

昭和25年1月24日

 

長井町警察設置に関する条例設定

 

昭和25年2月

 

東芝長井工場が「東京電器株式会社」と社名変更

 

昭和25年3月13日

 

長井町公益質屋条例設定 25年度から 

 

昭和25年4月

 

長井町商工会設立(会長:斎藤弥助、会員301名)

 

昭和25年5月30日

 

 

日本専売公社仙台地方局長井出張所及び塩貯蔵倉庫落成

 

 

昭和25年6月10日

 

 

皇后陛下行啓、致芳桑樹観覧

 

昭和25年8月1日

 

長井ボーイスカウト誕生(山形第15団少年隊)。

 

昭和25年8月15日

 

長井駅前で盆踊り大会

 

昭和25年10月

 

 

米沢新聞社募集、置賜十勝のうち、長井町のあやめ公園が第1等となる

 

 

昭和25年10月20日

 

長井高等学校開校祈念祭仮装行列

 

 

 

昭和25年

 

 

山交長井営業所できる

前の十字路を山交十字路と

 

 

 

昭和26年1月25日

 

県立長井保健所増築工事落成

 

昭和26年2月

 

 

東京電器(株)が日本電興(株)から10万坪の土地無償譲渡を受ける

 

 

昭和26年3月

 

 

東京電器(株)の5000株(額面250000円)を長井町が取得。財政支援。株保有は特例として認められた。我が国初めてか

 

 

昭和26年頃

 

 

東京電器(株)から工場建設用地無償提供契約に基づき、使用していない8万坪程の土地を長井町に返還

 

 

 

昭和26年4月4日

 

 

置賜信用組合設立

建物は羽前銀行長井支店、西置賜商業統制組合と入居、その後置賜信用組合が入居した

 

 

 

昭和26年4月25日

 

長沼孝三「スタイル」を長井小学校に寄贈

 

昭和26年6月14日

 

 

長井町保育園設置条例設定。敷地485坪、職員5名、園児90名

 

 

昭和26年8月15日

 

 

白川改修期成同盟会を起こし、一億円の予算で田地2760町歩を灌漑する目的で、豊田小学校でその起工式を挙げる

 

 

昭和26年10月24日

 

 

長井商店祭で仮装行列

 

 

昭和26年

 

 

駅前に歓迎ゲート

奥に長井駅とすずらん灯

 

 

昭和27年5月

 

柳賀会発足

 

昭和27年6月30日

 

長井町住民登録条例設定

 

昭和27年7月1日

 

 

小桜幼稚園開園

住民登録法が施行

 

 

 

 

 

昭和27年7月12日

 

 

町立長井中学校竣工落成式。建坪1209坪、建築予算2500万円

 

 

 

昭和27年8月20日

 

 

田畑谷地橋路線を新設中、十日町郵便局周辺より縄文中期の土器石器を発見。宮遺跡

 

 

昭和28年2月1日

 

NHKテレビ放送開始

 

昭和28年1月31日

 

長井紬織物工業協同組合設立、総会は2月2日

 

昭和28年1月

 

今泉商工会結成(会長:酒井喜一、会員約32名)

 

昭和28年4月

 

長井専門店会できる(会長:須藤重兵衛、会員47名)

 

昭和28年5月

 

長井町観光協会設立

 

昭和28年5月

 

NHKテレビで相撲実況中継始まる

 

昭和28年6月1日

 

長井町母子寮竣工。640坪。職員3名、収容人員60名

 

 

 

 

昭和28年

 

 

初めて、あやめの宣伝カーを福島・仙台・郡山に

 

 

 

昭和28年10月15日

 

ラジオ山形(YBC)開局

 

昭和28年12月

 

置賜信用組合、道路向かいに移転

消防署庁舎南側に曳き移転した

 

 

昭和29年3月19日

 

管野ダム完成。送電開始

 

昭和29年5月

 

 

火葬場完成。敷地100坪、岩本式斗炉二基、237.5万円

 

 

 

 

 

 

昭和29年3月

 

 

あやめ公園西北の森林を切り開き90万円であやめ会館建設

 

あやめ会館の内部

 

 

昭和29年4月25日

 

 

県の提唱で長井ブロック町村合併促進協議会(豊田村を除く一町四村)を結成

 

 

昭和29年8月25日

 

豊田村が町村合併促進協議会に加入

 

昭和29年8月

 

水害で野川橋が落橋、後に仮橋ができる

 

昭和29年9月14日

 

 

この日の合併協議会において、1町5ヶ村を廃し、「長井市」を設置する案等を協議し、満場一致で決定

 

 

昭和29年9月17日

 

1町5ヶ村の各町村議会で合併案を議決

 

昭和29年11月14日

 

 

ミス長井コンクールで栄町の佐藤美佐子18歳が選ばれる

 

 

 

昭和29年11月15日

 

 

長井市誕生。県下9番目。長井中学校で開庁式行う。5課1室1事務所と旧村に支所を置く。29年度一般会計暫定予算34,630,000円。長井線全線でジーゼル化気動車に、試乗会催す。市制施行祝賀式と気動車開通祝賀式挙行(長井中学校で)。学童の旗行列、市民の提灯行列仮装行列あり。人出3万人。ミス長井コンテストで新市の誕生を祝う。人口37429人、面積216.03平方辧7環村会館で初議会。議長遠藤利吉、副議長竹田源芳。市議会議員数89人。長井市体育協会結成。連合青年団組織される。団長鈴木慎吾、副団長大場弘夫、事務局長小松興一

長井公立病院を長井市立病院と改める

 

  • 長井市制施行官報報告示 総理府告示第978号

地方自治法第7条第一項の規定により、山形県西置賜郡長井町、長井村、西根村、平野村、伊佐沢村および豊田村を廃し、その区域をもって長井市を置く旨山形県知事より届出があった。右の廃置分合は昭和29年11月15日からその効力を生ずるものとする。

            昭和29年11月15日

内閣総理大臣臨時代理 国務大臣 緒方竹虎

 

 

 

昭和29年11月17日

 

長井市誕生祭の仮装行列に人出3万人

 

昭和29年12月

 

8月に流された野川橋の仮橋が完成

 

昭和29年12月5日

 

初代市長に斉藤弥助(旧長井町長)、無投票当選

 

昭和29年12月19日

 

長井市報創刊。毎月15日定期刊行として市内全戸配布

 

昭和29年

 

 

長井川柳会発足。明治中期の「長井培柳社」、大正の「長井川柳倶楽部」、昭和2年の「長井川柳社」など経る

 

 

昭和29年

 

本町通り舗装工事完成

「昭和の長井 5」の画像

元禄7年(1694)に最上川舟運によって宮舟場が設置されて以来、飛躍的に商人町へと変貌し、。大正期を経て昭和に入る。舟運で培ったエネルギーが昭和となり、どのように長井は変わっていったか、年譜形式で紹介する。

 

 

昭和20年8月15日

 

終戦

 

昭和20年9月1日

 

国民学校再開

 

昭和21年1月8日

 

長井町東京芝浦製作所長井工場(マルコンの前身)全焼

 

昭和21年1月15日

 

市内各学校、天皇の御真影を奉還。5月奉安殿撤去

 

昭和21年1月19日

 

NHKのど自慢放送開始

 

昭和21年2月

 

 

日本蚕糸製造株式会社が、元の郡是製糸長井工場に戻る

 

 

昭和21年10月9日

 

文部省、男女共学の実施を指示

 

昭和21年11月7日

 

長井町会条例を制定

 

昭和21年

 

創画会発足

 

昭和22年3月31日

 

 

教育基本法・学校教育法公布

 

昭和22年4月1日

 

義務教育の六・三制発足、国民学校の名を小学校に復旧

 

昭和22年4月5日

 

初の公選、長井町長に斉藤弥助

 

昭和22年5月25日

 

海外引揚者住宅に充てるため十日町に新生寮建設

 

昭和22年7月

 

オキタマ新聞発刊

 

昭和22年8月5日

 

天皇、東北巡幸。3日間にわたり山形県下を巡幸

 

昭和22年8月11日

 

簡易裁判所創設(小出青年学校校舎提供)

 

昭和22年8月

 

長井新聞発刊

 

昭和22年8月

 

 

つつじ公園地均しに着手。あやめ公園も明春復活の予定

 

 

昭和22年8月

 

協同薬品工業株式会社設立

 

昭和22年10月6日

 

当用漢字音訓・当用漢字別表を発表

 

昭和22年10月16日

 

長沼孝三、日展に「スタイル」出品。後に長井小学校に寄贈

 

昭和22年11月19日

 

農業協同組合法公布、12月15日施行

 

昭和23年1月1日

 

新戸籍法・新郵便法施行

 

昭和23年1月11日

 

 

自治体警察発足

自治体警察庁舎。現在の市役所第2庁舎、旧商工会館の場所

 

 

昭和23年2月15日

 

長井ジーフ発刊。立原和一

 

 

昭和23年3月1日

 

あやめ公園整備。あやめを明治神宮・安行等から分譲。橋や水路の復興始まる。東京の北村徳太郎の設計により、県・国の補助80万円で、失業対策事業として始める。

 

 

昭和23年6月

 

あやめ復興祭開かれる。

栄町、料亭三清前の看板

 

野川堤防沿いの桜も植えられる

現あやめ公園北駐車場側堤防

 

 

 

昭和23年3月15日

 

 

学校制度、新制高校を入れて六三三制発足につき、新制長井中学校校舎新築

 

 

昭和23年4月

 

伊佐沢村、西置賜郡に編入

 

 

 

 

昭和23年4月

 

 

 

長井市中央保育園の前身、顕桜会が主体となり私設幼稚園として開設。

昭和26年6月:長井町宮保育所として開設認可。長井町小出1614に移転開所

昭和29年11月:長井市保育園と改称

昭和39年8月:新築落成

昭和49年3月:清水保育園の新設により、長井市中央保育園と改称

 

 

 

 

昭和23年7月15日

 

教育委員会法公布施行

 

昭和23年6月

 

 

文化協会が発足。アメリカ映画上映

 

昭和23年9月15日

 

豪雨により松川橋流失

 

昭和23年9月22日

 

長井町国民健康保険条例制定

 

昭和23年10月20日

 

長沼孝三、日展に「おとめ」出品。後に「少女」と改題し、昭和30年長井北校校に寄贈

 

昭和24年1月1日

 

官公庁の勤務時間週48時間制実施。家庭裁判所発足

 

 

 

昭和24年

 

 

平野小学校の分校として、桂谷分校設立。昭和39年8月31日で廃校。子供がいなくなったため。

 

 

 

昭和24年6月4日

 

 

野川ダム起工式並びに同協力会発会式を長井町で挙行

 

 

昭和24年7月25日

 

 

栄町新栄町にスズラン灯点火

 

昭和24年8月8日

 

総天然色映画「若草物語」長井映画劇場で3日間上映

 

昭和24年8月

 

東芝長井工場が東芝から分離することが決定

 

昭和24年8月15日

 

長井町内4箇所で、戦後初めて盆踊り復活。

 

昭和24年11月1日

 

対面交通(車は左、人は右)実施。

 

昭和24年11月3日

 

長井簡易裁判所庁舎成る

 

 

「昭和の長井 4」の画像

元禄7年(1694)に最上川舟運によって宮舟場が設置されて以来、飛躍的に商人町へと変貌し、。大正期を経て昭和に入る。舟運で培ったエネルギーが昭和となり、どのように長井は変わっていったか、年譜形式で紹介する。

 

 

昭和15年

 

支那事変貯蓄債権・金15円

 

 

昭和15年1月7日

 

 

長井町が内務省の最上川上流改修工事の附帯事業として、日本電興長井工場の敷地埋め立て工事を要請し、その負担金として町で2万5千円支出

 

 

 

 

 

 

昭和15年2月11日

 

 

桑島五郎、「大楠公銅像」を長井小学校奉安殿前に寄贈

昭和32年5月3日に設置された「慈愛の像」だが、 この台座の上に「大楠公銅像」が設置されていた。台座は上下逆になっている

 

 

 

昭和15年4月22日

 

生活必需物資配給、切符制となる

 

昭和15年5月1日

 

 

長井小学校玄関前に「大松」樹長8m、重量1500貫を植える

 

現在の正面前の松の木

 

 

昭和15年

 

 

第1校舎前に樹木植栽、グラウンド廻りにプラタナス植栽

 

 

 

 

 

昭和15年

 

 

 

長沼孝三、あやめポスター制作する