最上義光プロジェクト
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矢口氏忠(やぐちうじただ)
生年不明~慶長十九年(1614) 矢口氏広 の子。父の跡を継いで川口楯(鮭川村川口)の楯主となる。子に氏益があり、川口楯は氏広、氏忠、氏益の三代が楯主であった。 最上義光 の跡を継いだ 最上家親 の命により、 清水光氏 が攻め滅ぼされた際、清水の興源院で自害したという。
2017.11.02
矢口氏広(やぐちうじひろ)
生年不明~没年不明 庄内砂越氏の一族という。内記、内膳、讃岐守を称す。清水城主・清水氏に客将として迎えられ、川口楯(鮭川村川口)を預かったという。1千石を領した。
2017.10.30
木戸周防守(きどすおうのかみ)
生年不明~慶長十九年(1614) 清水城主・清水氏の重臣。馬上衆で筆頭家老であったと伝わる。八向楯(新庄市本合海)の楯主として1千石を領す。熊野楯(鮭川村佐渡)の楯主であったとも伝えられている。
2017.10.21
角沢伊勢守(つのざわいせのかみ)
生年不明~慶長十九年(1614) 最上義光 の三男・ 清水光氏 の傅役。光氏が清水家に養子に入った際に同行し、清水家臣となった。角沢楯(新庄市角沢)を築いて居城としていた。義光の跡を継いだ 最上家親 の命により、清水家が攻め滅ぼされると、念仏坂と呼ばれる地で自害したという。
2017.10.17
丹政直(たんまさなお)
生年不明~慶長七年(1602) 与惣左衛門。天正年間に仙北地域の小野寺氏に対する備えとして金山城を築城した。金山城(金山町金山)3千石を領したと伝わる。慶長出羽合戦では金山城を守備した。上杉征伐のため山形城に参集した奥羽諸将が自領に戻ろうとするのを、寡兵にて足留めしたという逸話が残る。
2017.10.15
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