最上義光プロジェクト
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滝沢惟次(たきざわただつぐ)
生年不明~没年不明 滝沢政範 の長男。信濃守を称す。初め主膳を名乗り、最上家改易後に五郎兵衛に改めた。最上時代のころから父の元を離れて 本城満茂 に仕えていた。最上家改易後も満茂と行動を同じくし、前橋藩酒井家に仕えた。
2017.12.18
滝沢政範(たきざわまさのり)
生年不明~寛永四年(1627) 滝沢政道 の弟。兄の死後、その遺領を継いで滝沢城主となり、1万石を領す。兵庫頭を称す。最上家改易により浪人となり、のちに仁賀保家から五十石の扶助を受けたというが、寛永四年に自害した。
2017.12.10
滝沢政道(たきざわまさみち)
生年不明~慶長十四年(1609) 滝沢氏は由利十二頭の一つ。政道の祖父・政家が矢島(大井)氏に攻められ討死、以降は最上氏を頼った。刑部(兵部)少輔を称す。慶長出羽合戦において軍功をあげ、旧領である由利に1万石を与えられた。家老職を務め、滝沢城(由利本荘市前郷)を築城。慶長十四年正月、黒沢の地において年頭御礼にきた家臣に殺されたという。
2017.12.09
関三郎兵衛(せきさぶろうひょうえ)
生年不明~慶長五年(1600) 慶長出羽合戦に際し、鳥屋ヶ森城(朝日町新宿)を守備した。主力が山形城防衛のため不在の中、上杉軍の攻撃をよく防いだものの、衆寡敵せず落城。討死したと伝わる。
2017.12.07
小栗正吉(おぐりまさよし)
生年不明~没年不明 頼母介。義光分限帳によると2千5百石を領していた。一説には、鳥屋ヶ森城(朝日町新宿)の城主であったとも伝わる。最上家改易後は、府中藩徳川家(徳川忠長家)に仕えたといわれている。
2017.12.05
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