ぼくのニワトリは空を飛ぶー菅野芳秀のブログ

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蔵王に行ってきた。スキーは15年ぶり。
これでも大回転の選手だった。高校のクラス対抗での話だけどね。
昔のウェアも何とか着れて、大平コース(4km)をノンストップで滑り下りる・・わけにはいかず
何度か、焼けるようになる太モモの筋肉を休ませながらの行程だった。

上の文章をフェースブックに載せたら短い時間にたくさんのコメントが寄せられた。「こっちの運動もやっていたのですね。」とか「ニワトリもびっくり」だとか。つまり俺とスポーツのとりあわせがしっくりこないようなのだ。このコメントに黙っているわけにはいかない。そこで書いたのが下の文章だ。

みなさま、コメントをありがとうございます。で、気づいたのですが、多くの方は私をなめていませんでしたか?スキーの滑り方、大概のものはこなしていましたぞ。生まれも育ちも雪国です。小、中、高と、冬の体育の時間はすべてスキーでしたし、校内大会ではいつも選手でした。
 スキーだけではありません。40代まで、野球ではピッチャーで4番、30代にはバレーボールの地区大会でエースアタッカーを務め、優勝。
 いっそのことスポーツで身を立てた方がよかったのかな・・とはいってもどちらかと言えば相撲かプロレス系ですが・・・とすら思っていたぐらいです。 百姓よりよかったんじゃないかなぁ。向いていたかも。その後は「政治家」という道も前例としてはあったわけだし(笑)。ま、この人生でも充分ですけどね。」




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寒い日が続いている。
数日前、友人の百姓が一升瓶を下げて訪ねてきた。
いまは冬の盛り、外はマイナスの世界だ。
「熱燗がいいね。」
いい酒があり、いい友がいて、いい時間が流れていく。
やがて彼は懐から封書を取り出し、照れくさそうに私に読んでくれとさしだした。
そこには彼の笑顔と一対の、彼がいま精魂を傾けている取り組んでいる世界が書かれていた。以下、彼の承諾を得て、その抜粋を掲載する。ちょっと長いがぜひお読みいただければありがたい。

               以下

置賜自給圏
―農民からの手紙(一)・その抜粋

「いま、山形県の南部、置賜〈ルビ=おきたま〉地方(3市5町)で「置賜自給圏」と名付けられた地域づくりが始まっている。それを「静かな革命」と言った人がいるが、それは大げさだ。そのような大それたことは考えてはいないし、それに、まだスタートラインに着いたばかりなのだから。
この自給圏を端的にいえば、「暮らしに必要な資源を、同じ置賜の田畑や森や川に求めることで生活全般の地域自給を高め、あわせて地域経済の再生や健康増進を促進しようとする」ということになろうか。
自給圏の対象は大きく分ければ「食と農」、「エネルギー」、「森と住宅」、「学び」の4つだ。
エネルギーは豊かな水や森林など再生可能エネルギーに着目し、地産地消を進める。食は生産者と消費者の距離を縮め、圏内農民の経営安定と安全、安心な食料の安定供給を目指す。住については一般住宅での地元産材の利用を促進する。教育では置賜の優れた歴史と伝統を学び、先人の知恵を今に活かし、ふるさとに生きる誇りを取り戻す。
また、一般の人が土や農にかかわる機会を増やし、生き甲斐づくり、健康づくりを通じて医療費削減の世界モデルを構築しようとする。「世界モデル」というのは大きすぎる話しかもしれないが、私たちの気負いとして受け止めてほしい。さらに、この事業は、同じ地域の人と人、人と地域のもう一つの出会いを創りだすこと、地域に根差した新しい文化を創り出すことでもある。」(以下略)

「批判と反対」から「対案」へ
―農民からの手紙(二)・その抜粋

「TPPに象徴されるグローバリゼーションの中で日本の農業の多くは斜陽産業と化し、農家は果てしなく減少している。数千年の歴史を刻み、多くの人材を世に送ってきた村は高齢化し、その機能すら維持できなくなりつつある。私たちはこの流れに全力で「NO」を訴えてきたが、それだけではもちろん十分ではない。よしんばTPPを潰したとしても、右肩下がりの現状はかわらない。求められているのは「反対」を越えた私たち自身の「対案」であろう。今のようでないもう一つの農を織り込んだ暮らしや地域を築いていく道。 
TPPやグローバル化の中にあっても、なお暮らしていける地域のあり方や人と人のつながり、仕組みを考えて行く。考えるだけではなく、それらを「対案」として実際に築いてこうとすることが求められているとおもうのだ。
希望を織り込んだ新しい「対案」を山形、置賜から全国に。この気概をもって置賜自給圏を創造しようと思う。
ここで肝心なのは、地域の「総論」は永田町、東京などに握られていて、地域は彼らの幸せづくりの「各論」、「部品」となっているかのような現実があるけれど、地域の「総論」を地域に取り戻し、その上で各論をみんなの力で創りだそうとすることだ。この立場にお立つことがこの事業の基本だろう。地域の決定権は地域住民にあるということだ。」(以下略)

対案の前提条件
―農民からの手紙(三)・その抜粋

「その上に立って、TPPへの道とは違う、もう一つの農業、地域を築く上での前提条件を考えたい。

【前提1】〝土はいのちのみなもと〟の上に立って
我々は土に依存して生きる。政治や行政の最大の課題が、人々の健康、すなわちいのちを守ることであるとすれば、そのいのちを支える土の健康を守ることは第一級の政治課題でなければならない。この土といのちとの関係を抜きにし、面積、規模、効率性だけを追うケミカル農業と、その前提の上に立った農業政策はすでに過去のものとされなければならない。目先の経済性よりもいのちの世界を優先させること。土は未来の人たちと共有するいのちの資源。その土の健康を守る。これが前提の第一だ。

【前提2】国民(市民)皆農を織り込んだ新しい道
家族農業か然らずんば企業農業かではなく、たとえば、農を志す都会の若者たち、農を織り込んだ暮らしを実現したい市民や、自給的な生活を望む人たちにも広く農地を解放するような仕組み。農民的土地所有(利用)だけでなく、市民的土地利用を可能とするシステムへの転換。望めばできる市民皆農への道作りなどを織り込みながら、新しい生産のあり方、暮らしのあり方を創造する。「健康」、「福祉」、「医療」、「自給」、「教育」などを織り込んだ新しい農(土)と人々の関係をもう一つの農地利用の柱として政策化すること。これが前提の第二の条件だ。

【前提3】自給的生活圏の形成を
「地域自給」が基本。国家的自給はその集合体として考える。地域農業が地域社会に健康な食材を提供し、地域社会が地域農業の農作物を積極的に活用することでこれに応える。農地が近くにあることではじめて実現できる豊かさを地域の中に取り戻すこと。
当然のことながら農作物を地域外に売ることに反対しているわけではない。それは「外貨」を獲得するうえで必要なことだ。地域ごと自給自足のタコツボに入ろうと呼びかけているわけでもない。そうではなく、地域の田畑と人々の暮らしとをもう一度つなぎなおすことで、本来持っている地域の豊かさを取り戻し、それを全国に開いていこうということである。今までのような産業政策一辺倒ならば、グローバルな市場経済の浸透とともに、地域経済が衰弱し、村の消滅が始まっていくだろう。村の崩壊は日本農業の再生基盤の崩壊につながり、やがて日本自身の崩壊へとつながっていくに違いない。
人々の暮らしと地域の中の田畑が有機的、自立的につながること。これが第三の条件だ。」(以下略)


置賜自給圏推進機構の結成へ
―農民からの手紙(四)・その抜粋

「構想を実現させるにあたって必要なことは、①かつての保守だ、革新だ、あるいは〇〇党だというような政治的な枠組みにとらわれない生活者・住民の事業としての広がりをもち、②市民と関係団体、行政が相互に連携する共同事業として育てて行かなければならないこと。③単なる同好会のような同じ色合いを持つ者同士が集まって、何かをしようとしてもこの構想は実現できない。④それぞれ異なった考え、異なった価値、異なった生き方をしてきたものたちが、相互の違いを認め、尊重しながらつくり上げられていく連携。この中から「自給圏」が生み出されていくということ。
 仲間たちとの議論の中では、この構想の必要性に疑問を投げかけたものはだれもいなかったが、実現しようという事業の大きさと、「構想案」を囲んで話し合っている自分たちとの落差に話が及ぶたびに、楽天的な笑いが生まれていた。どんな事業もここから始まる。
そしていま、1年間の準備を経て、昨年4月の立ち上げ総会には3市5町の市長、町長を始め、各界から約300人が参加。8月には一般社団法人「置賜自給圏推進機構」として出発し、今は8つの部会において、その現実的な展開に向けて協議が進んでいる。」(以下略)


余計なひと言
―農民からの手紙(五)・その抜粋

「希望はどこかで我々がやってくるのを待っていてくれるということはない。希望はだれかが与えてくれるものでもない。それは自分たちで創りだすものであって、それ以外の希望はけっしてやっては来ない。」(以下略)


 これで手紙は終わりだ。微笑みながら静かに酒を飲んでいる彼の顔をみる。来年度から彼を含む彼の仲間たちが、日々の時間を削りながらの地域づくりが始まっていくのだろう。身体に気を付けてほしい。心からそう思った。
  彼は「自給圏を作ろうと集まった人たちにはそれぞれに、それぞれの背景や動機があり、物語がある。俺はその中の一人でしかない。でも、すばらしい仲間たちの一員でいることがうれしい。」と繰り返し話していた。
 やがて二人はべろべろによっぱらっていった。家の外は厳しい寒さをともなって、しんしんとふけていく。







新年にあたって我が農園からのご挨拶。
題して 

        「ニワトリたちが空を飛ぶ日」

我が家の農業は1000羽の自然養鶏のニワトリと4ヘクタールの水田の循環農業。
 何にでも、どこででも経済効率優先のモノサシが跋扈し、人が軽んぜられ、いのちが軽んぜられ、食も、農も、社会もいびつにゆがめられているかのように見えるこの日本。当然のことのようにニワトリたちはゲージの中に入れられている。
 そんな日本の一隅の空を、我が家のニワトリたちは飛ぶ。駆ける。遊ぶ。
こんなニワトリたちとともに暮らしている我が農園が立ち行かなくなったとき、そのときは日本農業のみならず、社会全体が窒息するときだと思っている。
 たかが一個の玉子と軽んずることなかれ。一個の玉子を通して、私たちの社会が見えてくる。そして・・・だ。空を飛ぶニワトリたちが多数派になったとき、食も農も社会のあり方もきっと大きく変わっていくに違いないのだ。

 野に遊ぶ我が家のニワトリたち。今は雪、鶏舎の中で遊んでいる。一方、絵はないがカゴに入れられた苦しそうなニワトリたち。もちろん我が家の養鶏ではない。彼らをゲージから解放しよう!その時には我らもまた経済効率の見えないカゴから解放される時だ。





民主党の代表選に出ている三人とも、普天間から辺野古への米軍基地移転を容認するという。ここを容認してどんな日本の未来かと思う。
 TPPにしても、原発にしても、沖縄にしても、日本の根本問題は悉くアメリカと日本の関係に行きつく。植民地・日本からの脱却!これを見据えた政党の政策こそ求められるところだ。これなくしてはどんな日本の前進もないのではないか。
  いま、この現実(壁)に沖縄の人たちは島を挙げてたたかっている。民主党代表者にそれが見えないのか?





餅に干し柿に栗。
元旦の朝は家じゅうの神様にお供えをすることから始まる。
重ね餅は暮れの28日に準備していたもの。
これらは農家でも昔からそろえることができたものだろう。
今年は栗がなくみかんで代用した。
 孫たちを連れ、台所、作業所、鶏舎、車・・などあわせて15ケ所の神様にお供えし、感謝と安全を祈願した。
こんなにあると感謝の言葉も最後の方はいい加減になってしまう。






新年あけましておめでとうございます。
元旦の朝、今年も我が家の裏にそびえる朝日連峰の麓におもむき、
山の神様(地元の微生物)たちに初詣に行ってきました。
太古の昔より、生きとし生けるものたちを土に戻し、新たな生命体へとつないできた山の神様たちの途絶えることの無い営み。いのちの循環。この方々の働きがなければどのような生物も存在できない。いのちの源。


真っ白い森は、気品すらたたえ、凛とした静寂の中にありました。
今年もよろしくお願いいたします。

<森・・雪があってここまででした。>





 置賜自給圏運動にかかわっている長井の仲間たちと忘年会をやった。その時の料理は友人の作った菊芋の揚げ物、煮物、てんぷらなど菊芋ずくし。

 菊芋ってあまり聞かない作物だが、糖尿病、動脈硬化、便秘にとてもよく効くという。来年から私も植えてみよう。作りやすくたくさんできるというから糖尿病の仲間にも分けてあたい。
 自給圏運動はこのような小さな融通を幾重にも広げて行こうというものだ。友人から菊芋の講釈を聞きながら、なぜか豊かな気分になっていく。

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http://www.youtube.com/watch?v=gVrKxDl5Lfw

を、コピーして検索してみてください。
「大きな壁が」という題名になっているかと思います。


私が若いころ、と言っても1960年代の後半なのですが、街には「フォークソング」があふれていた。ジョーン・バエズの「We shall overcome」もその中の一つ。この歌の精神を今に活かし、メロデーに自分で歌詞をつけて歌っている中川氏。下に続く文章もいい。文章の上で左クリックし、そのままスライドすると読みやすくなる。運動の中に再び歌が帰ってきた・・のか。 

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田んぼはもうじき雪の下に。
私たちの地方は毎年150cmほどの雪が積もる。
見渡す限りの田園がどこまでも、どこまでも・・・
白一色の幻想的な風景。
この静寂の世界の中で、田んぼの土たちはゆっくりと眠りにつく。


土はかつて生きていたものたちが死んでくれてできたもの。膨大ないのちの堆積。
2014年の稲の茎、草ぐさや虫たちのいのちを新たに加えながら、
まっ白な雪の下でしずかにしずかに・・眠りにつく。

<こんな風景ももうすぐだ>





下の文章は私のモノではありません。FBからの転載です。さもありなん。やっぱり食は国際市場にゆだねてはいけない。「置賜自給圏」の運動によけい拍車がかかります。
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たった今、ものすごくショッキングな記事を読みました。

驚きで、震えるほどですー。 ちなみに、この記事のさらに元記事は、最初に違うドクターが研究発表したのを、Dr. Davisが"Wheat Belly(邦題:小麦は食べるな!)”を出版した後に知って書いたようですから、その本には盛り込めなかったみたいで、アメリカ内でも今頃ショッキングなニュースとして出回っているようです。

とにかく、内容をざっと訳して書きますね―。
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”この本では、現代小麦自体の生化学的異常さが紹介されているが、おかしいのはそれだけではない、現代小麦への農法もまた、劇的に変わってきているのを知らないのか”(ある農家へのインタビューで)

米国での小麦を収穫する際の基本手順は、収穫する日の数日前にラウンドアップ(主成分:グリフォサイト)を散布することです、そうすることで、早く、簡単に、より多くの収穫を得ることが出来ます。

これは、1980年にはもう行われ始めていたようで、それ以降ずっと、小麦の『乾燥剤』としての収穫前のラウンドアップの使用は、当然の手順として、1990年代後半には、有機小麦以外には全国的にされるようになりました。

小麦にグリフォサイトのような化学物質をかけると、実際には小麦の収穫量が上がるのです。小麦は、不思議なことに、しかも可哀想なことに、毒で死ぬ、というその直前に、青息吐息でより多くの種を放出するのです。

また小麦畑は、普通は不揃いに成熟します。それを、ラウンドアップをかけることによって、まだ畑の緑の部分を、無理やり収穫できるレベルまで成長を促進させるのです。

これは国からのお墨付きをもらっているわけではありませんが、農家は普通に『乾燥化』と呼んで行っています。 これを食べる消費者は、間違いなくラウンドアップの残留を口に入れています。 
不思議なのは、ビールに使われる大麦麦芽はラウンドアップが散布されているなら、市場には出せません。豆類もそうです。それが、小麦はOKなのです。 

この工程は、アメリカに限ったことではありません。イギリスでも、ラウンドアップを使ったあとの小麦で作ったパンに、グリフォサイト成分が毎回見つかっています。他のヨーロッパの国は、この危険性に気づいているので、例えばオランダではラウンドアップの使用は完全に禁止されています。フランスももうすぐそうなるようです。(日本は、残念ながら大半がアメリカからの輸入小麦です)

このように、ラウンドアップの使用は、小麦農家には農作業の手間を省き、より多くの収益をもたらすかもしれませんが、これを日々食べている消費者には致命的な健康被害をもたらします。
事実、ここ10年のシリアック病や小麦アレルギーの急激な増加は、この工程と無関係ではないだろうと思われます。[表②参照](日本へは、輸入時の船内で、この小麦にさらにポストハーベストがかけられますから、一体何重でしょうね 恐)

ラウンドアップは、腸の中の善玉菌の活動を著しく悪化させ、腸壁の透過性を激しくし(穴だらけ、つまりリーキーガット)、これが数々の自己免疫疾患の症状へとつながっていきます。

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どうですか、これは、もう小麦をあなたはそれでも食べますか?食べませんか? という選択肢を選んでいる場合ではないぐらいです。

これは、あなたがたとえセリアック病でなかろうと、小麦アレルギーでなかろうと、

”You Must Avoid Toxic Wheat No Matter What”(何があっても毒小麦は避けろ)
ということです。少なくとも、私の中では決定打となりました。

良かったら、これをあなたの家族やお友達にも教えてあげてください。 この事実は、拡散させるべきです。日本には、こんな情報はまず入ってこないし、例え入ってきたとしても、マスコミは絶対にこの手のことは語りませんから。


アメリカの農業団体から日本農民への連帯のアッピール!
この9月下旬、日米閣僚協議の開催中に会場のUSTR前で抗議行動を行い、日本の農家への連帯を現わした米国の全国家族農業連合National Family Farm Coalitionの行動を伝えるもので、パブリックシチズンから送られてきました。
パブリックシチズンとはアメリカ政府の外交政策を監視するNGO。世界の反TPPの先頭に立っている団体だ。

<写真はダブルクリックで大きくなります>





 今年の農家の米売り渡し価格を称して「首をくくって死んでしまえ」と言われているような価格だといった。もう少し砕いてみてみよう。
  今から30年前の1984年(S59年)、一俵あたりの農家の売渡価格は平均で18,668円だった。自主流通米では22,000円ぐらいだったと記憶している。それが仮渡価格とはいえ今年は一俵あたり8,500円。一年後の「精算金」を含めても1万円を超えることはないに違いない。
 一方、今年の2月に農水省は米の2012年産(H24年産)の生産費を発表した。その全国平均が1俵/60kgあたり15,957円。今年は油代の高騰もあってもう少し高くなるだろうが、それを8,500円で販売なければならない。
 仮にその生産原価に含まれている36%分、5,744円の労働費をゼロにしたとしても、今年の販売価格には遠く及ばない。農家が一年間のタダ働きしたとしても追いつけない安値。これでどうやって暮らしていけるというのだ。「首をくくる」しかないではないか。
 その背景に、山形県米生産量のほぼ倍に匹敵する年間80万トンの輸入米がある。GATT-WTOで約束させられたものだ。TPPの締結はこの傾向を更に増大させ、6,000円代にまで米価を押し下げるだろうと言われている。これに対応できるのはごくごく限られた条件をもつところ以外になく、日本の米作りはほぼ壊滅だろう。私がTPPの先取りだと言った理由はここにある。自民党安倍政権の「成長戦略」が農業を滅ぼして行く。
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